12.再び …

〜 デトロイト 〜

月明かりがその背に差していた。


パーペストが現れた建物の上空に着くと天眼の視野を開放した。

…広域に灯るのは浅ましき人間の心色だけだ。やはり無理か…

いつの世も代わり映えしないモノだと眉を顰めると、天眼で探るのは止めて飴色の石を取り出した。アニマコンパスの中核を成していた石である。

天界に広く分布している方舟の壁樹・ノアの樹液から作り出された石で、元々は耳飾りか装飾品の一部だった物だろう。矩形に加工された一方の先端に小さな穴が開いていた。


天力を傾けて送り出した石は身の回りを穏やかに回り始めると、エルフの気配を探って灯火の光をあげた。辺りからは少し目立ってしまうが、気にする様子もなく探索飛行は始まった。

エルフの気配はとても感知しにくい。それは天使にも当てはめられるのだが、時折何かしらの起伏を見せる我々とは違い、際立った力のないエルフはある意味で足はつかなかったのである。

夜の暗がりに荒れ果てた廃墟群の上空。大きな円を描き外へ外へと左回る。

……

………

程なくすると遠方の中心街の異変に気付き何食わぬ顔で流し目をやった…

徐に静止したルシファーはその特異に気づくと直ぐに飛び出していった。

普段なら人間社会の問題には決して干渉しないのだが、まさか向こうから動き出そうとは予想だにしなかった。


ルネサンスセンターの影に、嘆きの焔が重なる…


事が起きていたのは少し前かららしい。グングン近付いて行くといくつもの銃声がこだましてきた。消音したサイレンの光が回り辺りを忙しなく染めている。パトカーは通りを塞ぎ、人々を襲っているパーペストへ警官達は応戦していた。廃墟で遭遇したヤツらがまだまともだと思える程その姿はおぞましいモノで、墓から這い出した腐った死人のようである。


パトカーに設備されたアサルトライフルやショットガンの銃火器は有効に働いていた。だが、それはまだ腐りかけのパーペストに限られ、程度がまだ人間モノにはその俊敏さから手をこまねいていた。出動している警官の人数もそんな事態に拍車をかけ、事態の収拾はつかずに近辺の建物に入り込んだヤツらは野放し状態だった。

何体かは仕留めていたようだが、防衛ラインの崩壊はまさに目前。車両に叩き付けられた衝撃で自由を失った婦人警官。迫り来るパーペストの裂けた口からは同僚を噛み殺した鮮血が滴る。

腕を吹き飛ばされようがその狂気を剥くパーペストに姿に、車両のもう一台で応戦していた一人は、呻くように悲鳴を上げながら腰を抜かして地べたを這った。生きながらに喰い殺される恐怖に打ち震えていた。

こうなれば突然に命を奪われた方が楽だったのかも知れない。断末魔の悲鳴を上げた彼女の前に、矢の如く降り立ったルシファーはパーペストの身を真っ二つ両断した。ずり落ちる左右の身を縫い止めるように打ち込まれた咎は蒼炎をほとばしらせ、飛び去る翼を青く染めていた。


この肉塊は疫病の媒体ともなり得る。警官が撃ち倒した一体に咎を打ち込み、逃げ惑う人々の頭上を流した。

…この周囲に七。少し離れたダウンタウンに十二。

掃討戦に舞う姿をひた隠す事はない。

不浄なるモノを切り裂く天からの使い。窮地を救われた敬虔な信仰者の一人は膝をガクリと落とし、天を仰ぎ見るのだった。


どの個体も意図されていないようだ。本能のままに人々を襲っている。ホテルのラウンジ、酒場、通りに逃げ出してきた人々。ルシファーは止める事なく斬り伏せてはまた一体、また一体と焼失させていった。

傷を負いながらも命を取り止めた者、蘇生が可能な者には天使の輪をかけて傷を癒した。

間接的にとは言え今回の騒動の引き金は自身にもあるのだろう。感謝される謂れなどない…

最後の一体に咎を打ち込むと、羨望と悲劇が渦巻く渦中を…道沿いから飛び立っていった。

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