11.眠れる女神たち

買い出しから戻って来たアナスタシアは、玄関先まで来ると安心したようにため息をついた。いくら天眼の力を抑いしているとは言え、間近に接する不快な人間の干渉は心色を通して感じ取れてしまう。生理的に受け付けないのだ。

ラファールに言わせれば天眼の制御が拙いらしいが、他の天使達に比べれば「よく出来てるわよ」らしい。

天使の中にはその異質を疎い、見取る星(地球のような世界)にすら降臨しない者が居ると聞く。

まあ、星を観る者、魂の守人としては支障はないのだが。

北欧神話に登場するワルキューレの伝承もあながち間違ってはいない。


息をつくのも束の間、足速にリビングに向かうと買い物袋を両手にその顔はちょっと睨みを効かせていた。

''どうしたの?"と、ラファールは言う。

"どうしたの?"ではない。寝室で私の子ネコちゃんと戯れているはずの彼女が、事もあろうかラファールの膝枕でスヤスヤと寝息を立てているのだ。

暴虐の限りに、痛くも痒くもない牙を振るう通称・ベロちゃん(ケルベロス)も、その傍で小さな背をもたれかけている。

買い物袋を置いて、子ネコを挟み、ラファールの隣に着くとその肩先に額を寄せた。小さく喉を鳴らす。そんなアナスタシアの振る舞いに悪い気はしていなかった。元々こう言う気質だったのだろうが、地上に降りて来て拍車がかかったのだろう。

「悪い夢を見ないように見てあげてるの。降天した影響で一種の過眠症ね」

顔を上げたアナスタシアは間延びした様子で"ふ〜ん"と、鼻を鳴らすとアイレーナの頭を撫でてやった。


21時6分

目を覚ましていたアイレーナはおやつを食べていた。美味しそうに口に運んでいる。買い出しの甲斐もあったと言うものだ。もっと頑な性格だと思っていたが、意外と素直な反応に何だか肩の力が抜けたようだ。

…電話のベルが鳴り響く。

足を運んだアナスタシアはディスプレイをサッと見た。ルキアである。

ルシファーとラファールが覚醒した事は言わずとも感じ取って居るだろう。人として暮らしている彼には、事前にルシファーが向かう事は伝えておいたのだが、一体なんの用だろうか?

「な〜に?」

気兼ねなく電話口にでたアナスタシアの表情は曇るのであった。


どうやら一人で行ってしまったらしい。ここからシンシナティまでは、往復時間を考えてもそろそろ戻って来てもいい頃合いだと思っていたが、最初からそのつもりだったのだろうか?。

まぁ、何にしろ。今の状況を鑑みてもエルフに遅れを取るようなルシファーではない。

状況を知りえないもどかしさはあるが、彼なら大丈夫だろう。

アナスタシアは後を追うかどうか悩んだ様子だったが、ラファールの言葉に大人しく待つことにした。

そうなると、もう起きて待つ必要もない。アイレーナに歯を磨かせシャワー浴びさせる。天使には必要のない習慣のためラファールは手取り足取り教えてやる。天衣の下は産まれた間々の姿である。

降天使として陥いろうとも、天使の名に恥じぬ美しい姿であった。

同性である二人には恥ずかしがる様子もなく、キョトンとシャワーの使い方を教えられている。気まぐれに使用していたため、最初はサビが出るかもしれないとアナスタシアも世話を焼いていた。

そうして寝支度は完了。

夢守りの手伝いをすると言いだしたアナスタシアと三人、プラス一匹は眠りへとつくのであった。

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