10.怪物
リビングでは何かの番組が気を紛らわせるように音を立てていた。
ティーカップに注がれた紅茶の熱気はいつになく心地よい。客人にお茶をもてなしていた。あいにくとお茶菓子はない。淡々と紅茶を啜るラファールを間に、ソファーで硬くなっている彼女に問いかけた。
「生まれはどこなの?」
「ケルテよ…」
アナスタシアは目を大きくした。
セフィロトの超空間内に存在する十一球のセフィラーには、大小の違いはあれ、それぞれに生命の樹・ユグラシドが根を下ろしている。
小さなものでも地上幹直径三百メートル。高さ一千メートルにも達する超木であり、そのハズミ枝から生まれ落ちるのが、地上で天使と呼ばれる存在である。
第一球から
ケルテ
コクマ
ビナー
ケセド
ゲブラー
ティファレト
ネツァク
ホド
イェソド
マルクト
ダート
この内もっとも出生率が少なかったのが、始まりの球ともされるケルテなのである。多くの天使が一対又は二対と翼を成す中で、四対もの翼を成しているのだ。 やはりケルテの生まれの天使は何か特別なのかも知れない。
(…さてと)
空にしたティーカップを受け皿に戻すと、立ち上がったアナスタシアの目つきは変わっていた。
「アイイエル、いいえ、今からアイレーナって呼ぶわよ。付いて来なさい」
「…」
言われるがままにその背を追うと、案内されたのは閉ざされた白いドアの前だった。腕組みして振り向いた彼女にアイレーナは目を泳がせた。その表情に先程のような柔らかな印象は感じられなかった。
「暫くは置いてあげるけど、タダでは済まさないわよ」
「…」
「私はこれから少し出かけてくるの。その間、ケルベロスの相手をしてもらうわ」
「!!(ケルベロス‼︎)」
「心して開くといいわ…」
言葉を失った彼女を尻目にアナスタシアは立ち去っていった。
ウラヌスより背光を継承されたゼウスの先代であるクロノスに手傷を負わせたと記される獰猛な魔物。他のセフィラーから隔絶されている第十一球・ダアト。知識の庫、永劫の牢獄とも呼ばれるその領域から解き放たれたと言うことか?。
だとするならば、同領域内に存在すると言われるシズやニーズヘッグなどと言った魔物も手駒に加えている可能性すらある。
…やはり、ウワサ好きの精霊達が実しやかに囁いていた創世記時代の反乱を今再び画策していたと言う事か…
これが肉体に支配された私の恐れ。ドアノブに差し伸べた左手が震えている。ゴクリと飲み込んだ唾の音が耳元で響いた。
…だが、私はもう後には引けないのだ。
意を決しドアを開けると、矮小空間に転換された陰湿な空間に双頭を唸らせた巨大なケルベロ……
そんな光景はどこにも広がっていなかった。
ベッドの上には、かわいらしい尾っぽを立てた一匹の子猫が、見知らぬアイレーナの姿を見て仁王立ちしていた。
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