9.ペントハウス
ペントハウスに住まうアナスタシアは、久しぶりの天言を嬉しく思っていた。待ち切れずにロビーに降りてくると、間もなくして現れた二人の姿に目を大きくした。足先は軽く、ベージュがかった白色のパンプスを心地よく鳴らす。目の前に立つとスカートの裾を手にして腰を落とした。
「ご機嫌よう。ルシファー、ラファール」
頭を垂れお辞儀をする様に、ロビーに居合わせた何人かの住人は思わず見惚れていた。あんな綺麗な人、ウチのマンションに住んでたかしら……
などと口々にそう思うのであった。
(後ろに居るのは誰だろう?)
天言で頼みがあるとは聞いていたが、詳細など御構いなしだったアナスタシアは、ラファールの天言が響くと子供のよう目を輝かせていた。尊敬し敬愛すべき二人の連れ、頼みならばと、訳を聞く事もなく招き入れた。まあ、その出で立ちと心色の光を窺えば、降天使である事くらい直ぐに察しはつく。エレベーターで最上階へ向かう最中、天言領域で事の経緯を視認すると、表情を素直に曇らせたが直ぐに気を返した。思うところはラファールと同じである。
光を多く取り入れられるようにデザインされたペントハウスはとても開放的だった。傾斜した天井の一面がガラス張りになっている。あいにくの夜でなければ、開放的な青空が広がっていたのだろう。
(私が住んでた所とは大違いね…)
そんな事を思っていたラファールの傍らで、ルシファーとアナスタシアは話を進めていた。顔を合わせるのはこの大陸に渡ってきて以来二百年ぶりだろうか?。相変わらずの物腰で年の離れた私にも偉ぶるでもなく、対等に接してくれている。天界にいた頃は話す機会さえなかったが、こうして接してみると穏やかな人物であった。要するに気が合うのである。共に堕天したウィゼル(アザゼル)とは大違いである。
「もう出発するの?」
アナスタシアは寂しそうに言った。これだけ素直に感情を表す大人の天使も珍しい。
「コイツの調整が済んだら戻ってくるよ」
ルキアの所在を知ったルシファーはパーペストから回収したアニマコンパスを手に素っ気なく出ていくのだった。
(まぁ、いいわ…)と居直ると、早速ラファールの目の前に立ったアナスタシアは、その出で立ちにご立腹である。天生に要した肉体の影響で身体が小さいのは分かるが、服だけはいただけなかったのである。花柄のカーディガンも、首元まで掛けられたストールのボタンも、白いソックスも悪いとは言わないが…
十代の様相を呈している可憐な容姿とは裏腹に、威厳に満ち溢れたその銀眼は輝いている。さすがに『年寄り(ババ)くさい格好』などとは言いだせずに、足のつま先から頭の天辺まで少し睨みを効かせると、それはさておき。ワガママを言うように唇を尖らせた。
「も〜、ちっとも会いに来てくれないんだから」
「仕方ないでしょ。接触はなるべく避けようって決めてたじゃない」
「…そうだけど〜」
「これからは一緒に過ごせるわよ」
「…はい」
浮かない様子で返事をしたアナスタシアは、淡々としたラファールの言葉に表情を曇らせている訳ではなかった。
ルシファーはこれからどうするつもりなのだろうか?
天概の深き眠りより目覚め″その時″が来たと言うのに、世話をやくのは天命を受け送り込まれた見も知らぬ彼女の事である。意思を同じくしてこの世界に堕天した身の上としては、アストラルをその手にしてまで、地上人類の殲滅を掲げたゼウスに異を唱えたルシファーの動向には、言わずとも関心は寄せられていた。
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