8.車中にて…
「(どうかしたの?)」
それは可憐な少女の様に。ルシファーの天言領域(仮想領域)に前触れもなく現れたラファールは取り留めた起伏もなく、青ざめたように淡々としていた。それから程なくして姿を現わすと、へその高さ辺りで浮いている彼女を横目に、天言領域で事の経緯を視認したラファールは灰色の瞳をもたげた。
「状況は分かったは。これからどうするつもり?」
「エルフを探し出そうと思う」
「…」
「このままじゃ夢見が悪い…」
そう言うと手にしたハズミ柄の神器を見下ろした。弾道に乗せた剣身が結晶剣ではなく、この柄の剣身であれば、あのセレエの石に似た形質の赤石は透過せずに弾かれていたはずだ。ラファールは少し言い渋ったように返事を溜めたが「分かったわ」と、返す言葉は一言だった。
天概(休眠状態)から目覚め、半日と経たないうちに差し向けられた使者。そんな事を当の本人よりも気にしていたラファールだったが、人と成り果てたこの若い天使を置き去りにするようなマネはしなかった。
「この子は連れて歩くの」
「いいや、出来れば君に預かってもらいたいんだが」
「私は無理よ。戻るつもりはなかったから、住んでいた所で天生したの」
「そうか…」
「少し走るけど、アナスタシアの所に行きましょう。その頃にはあなたの痕跡も無くなるわ」
一行は一路、アナスタシアの住まうオハイオ州・コロンバスへと向かい直走るのであった。
車中は眠り続けている彼女のおかげで静かなものだった。走り出して程なく目を覚ますだろと思われていたが、降天した影響からか、寝返りは打つもののなかなか目を覚めなかった。彼女はラファールの細い腰に片腕を回し、気持ち良さそうに膝の上で眠りについている。
もしこれがタダの人間だったとしたら、身の毛もよだつ不快感に苛まれただろうが、彼女の心色は美しく純粋だ。まるでユグラシドより生まれ落ちた幼天使の光を抱いているようだ。
その明髪をまたひと撫でしてやると、記憶・経験・知識から連なる悪夢を見ぬように、自身の記憶を投影していた。それはセフィラー第八球・ホド。レーシェの入江に澄み渡る穏やかな湖を…
冷めた物腰と語気とは裏腹に、心優しいラファールに抱かれて目を覚ましだした彼女は、足元を窮屈そうに鼻を鳴らすと、抱き心地の良い懐に顔を埋めてふと我にかえるのだ。
膝元から見つめ合った二人…
慌てて身を起こした彼女はパニックを起こし始めたが、そんな事は折り込み済みである。天眼で見入るとその体はピタリと硬直した。
俗に言うメデューサの邪眼である。実際には石化などと言われる顕著な状態には至らないが、生体機能に干渉してその動きを支配するのである。全身の筋肉を収縮、痙攣させて激しい痛みを与え、内臓器官を暴走させ死に追いやる事すら可能である。
無論、そんな仕打ちをしようもないラファールは優しく見入ってやった。身動きの取れない体を行儀よく座らせて髪の毛を整えてやる。口も聞けず彼女は目を瞑る事しか出来なかった。髪をといていったラファールの指先が離れていく。恐る恐ると目を開ける。
「落ち着きなさい。分かった?」
愛想のない表情と瞳の異彩を目にすれば、それが人でない事は直ぐに察しはついた。
硬直が解かれた彼女は、半ば茫然と俯いていた。
「私はラファール」
「…アイイエルよ」
降天した私にもはや語る名などありはしない。
「… 一体私をどうするつもり⁉︎」
その声は震えていた。ポロポロと泣き出していた彼女は自らの死を望み、呟くように懇願するのだが、ハンドルを手にしたルシファーの背に語る言葉はない。少しだけ押し黙っていたラファールが口を開くと、彼女にとって思い掛けない答えを返した。
なぜ私に救いの手を差し伸べるのだろうか?そもそも失った力をを取り戻す事など可能なのだろうか?。憶測と疑念に駆られるも、今の彼女にとっては、その言葉にすがるより他ならなかったのは言うまでもない。
・・・
降天した身の異質にいつの間にか馴染んでいた感覚に悲嘆し、その瞳は何処とも知れぬ窓の外の夕刻をいつまでも眺めていた。
「(ああは言ったけれど、本当にいいの?)」
「(…その時がくれば、オレが始末をつけるさ)」
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