7.エルを失いし者
…赤石と結晶剣の面は一切の干渉を起こす事なく透過してしまった。もう避ける術はない…
口惜しさの中で天眼を瞑ると、捉えていた時の流れは流動しその世界は動き出した。
赤石はいやはやて…
アイイエルは息を詰めた。背中に突き抜けてゆく感覚だけが全ての意識をさらった。一瞬、身体中の感覚を失い糸の切れた操り人形のように。崩れ落ちた彼女は言いようのない喪失感に満たされながら、その細い首筋の腱を立て、後ろを振り向いた。
身体を支えた手の平の穢れを厭う事も、息つく事すら忘れ…
形骸を失っていく翼の向こうで、静止した光球体が浮かび上がっていた。
…私の翼が消えていく
…全てを見通せていた感覚が消えていく
それはまるで、底しえぬ闇へ落ちていくようだった。収縮し何処かへ消失していく光球体。目的を遂げたパーペスト達は陰湿な笑い声を上げていた。それはその身を断たれ、咎の蒼炎で焼かれるまで止むことはなかった。
手の内を広げ刃を受け入れる様に、ルシファーは苛立ちを覚えていた。
重力に引かれた心と身体…
見下ろした両腕はまるで自身の一部だとは思えなかった。地辱に落ちた膝の感覚も、この震えている唇も何もかも…
両手で顔を覆った彼女はルシファーの立てた足音にある意味で気を取り直してしまった。命を損じ剰え、天翼を失った自身に救済の道はない。グレゴリの子孫に枷られた運命は悲劇として綴られている。魔女狩りや異端審問など、才覚を妬み、恐れ、理解できぬモノを拒絶する人の業は深い。
そんな世界で人として生きてゆくのならば、私はここで死を選ぼう…
埃を被った大きなガラスの一面に向かって彼女は走り出した。悲痛と高潔に彩られた彼女の心色を、天眼で目にしたルシファーは何も出来ずに立ち尽くすだけだった。
ドゴン!!
くぐもった厚い窓ガラスの振動音が蒼炎の残火に通った。窓を突き破り身を投げ出すには事足りず。打ち付けた衝撃で意識を失った彼女は、窓際の下でピクリともしなくなった。
…肉体に縛られた魂の堕落は必定であり、彼女も例外ではない。
人の身に落ちた天上なる心は、地に落ちゆくばかりなのだ…
ルシファーは彼女を置いて立ち去る事はしなかった。歩み寄りながら意図すると、その横たわった頭上に天使の輪は輝く。すると身体はフワリと浮き上がり、天衣に至るまで、薄汚れた全身の穢れは消え去った。額に浮き上がっていた痛々しいコブも治癒していった。
そして、ルシファーは静かに呟くのだった。
「( はやく来てくれ、ラファール…)」
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