4.パーペスト
八翼の智天使・アイイエル
その比類なき天装衣を構成しているのは三対の副翼である。
一対は頭部から右胸腕部
一対は左胸腕部から腹部
一対は下衣両脚部
そして、盾とゆう希有なアストラルを有した彼女に、敗北の二文字などありはしなかった。
[道を無くしたこの世界]
そんな世界に堕天した天使に天力を回復する術はない。
嘗ては主たるゼウスの右に立ち、十一天球を統べ、数多の戦場を駆け抜けたそうだが、目の前にする姿に見る影はない。天装衣さえ纏えぬその身で自身の一撃を受けようとゆうのだから、ある意味では滑稽ですらあった。
それはアイイエルの驕りなどではない。関門の天使から学び得た周知の事実なのである。
だが…二人の戦局は彼女の意に反し、一方的なものといってよかった。
差し向けられたアドラスティアの切っ先に膝を落としたアイイエルは、己の非力さに肩を震わせていた。
天装衣には無数の亀裂が走り、腹部の刺傷は背中まで貫かれていた。
「アイツも焼きが回ったようだな。お前のような半人前を寄越すとわな」
「私は命乞いなどしないぞ!」
その物言いに白面の内の眼光が見て取れるようだった。
この後に及んでも尚その意を返さぬとは、気丈さだけは買ってやろう。
その気などハナからなかったが、後をつけられては面倒だ。
冷めた眼差しを向け無言を返すと、傾げたアドラスティアの切っ先を跳ね上げ、アイイエルの方翼をその折り返しから切断したのだ。
「ーーーー」
今まで経験した事のない激痛に彼女は声にならない悲鳴を上げた。それは肉体を傷付けられた比ではない。悶え苦しむその反動で、天装衣に変化させていた副翼はその背に立ち消え、白面は消え去る。
気を失い床に伏せったその横顔は薄汚れていた…
「・・・」
「コイツは〜驚いたぁ…」
アドラスティアを収めた手の内の残光が消えぬ間に、投げ掛けられた気だるい声。ふと目をやると刺青を施した奇抜な輩が闇から抜け出したように、誰も踏み入れていない南側の建物から現れた。
薄らい笑いを浮かべた一人は拳銃をちらつかせいる。交戦に集中して人間の接近を見落としたのかと思いもしたが、その眼で捉えた不気味な感覚に、それが何かを直ぐに理解した。
「まさか、アニマコンパスが天使を指し示すとは思わなかったぞ。ヒッヒッヒッ」
どうやら、我々の存在は理解しているようだ。…そう、確か楽園を追われたハイエルフが作り出した操り人形の一種だ。
「パーペストか…」
「ほぉ〜、随分と詳しいなぁ。まさか、堕天した七天使の一人じゃないだろうなぁ〜」
冗談めいた陰湿な声に、床に落ちていたハズミ枝の神器を手元に引き寄せると、力強く構成された剣身にシダのエッジは流れた。
言葉を口にするリーダーらしきパーペストは、少し慌てた様子で取り繕ってきた。敵対していた天使ならば、すんなりと引き渡してくれるのではないかと。わざわざわ危険を冒してまでやり合う必要はないのだ。
「まぁ、待て。別にアンタに用はない。あるのはそっちの女の方だ」
その目はけがわらしく、不気味にひしゃげていた。
「同族を引き渡す選択肢はない」
そう言った男の眼光は鋭く、パーペストを睨みつけていた。
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