2.廃墟

アメリカ合衆国

ミシガン州・デトロイト

2009年、自動車産業の大手であるゼネラルモーターズと、再開発を担っていた同業界・クライスラーの経営破綻により、街の経済は破綻状態に陥っていた。

近年においてこそ同業界であるフォードを含め、再建されたゼネラルモーターズとクライスラーの業績回復は望めてはいたが、一度落ちたデトロイトの経済を立て直すには及ばず、貧困層から連なった治安の悪化により、職を求めた多くのヒスパニック系アメリカ人はデトロイトを離れていった。

そうして、デトロイトを埋め尽くす廃墟群は生まれていった。

倒壊の危険があるにもかかわらず放置されているビルや商業施設。投げ捨てられた家屋は数万棟にも達し、まさに世紀末の様相をていしたその大空の片隅で、ひとひらの光は瞬いた。

流れ落ちた影は目標の反応を確認すると、下方にある建物へとゲートを開く。そうして再び現れたのは光の乏しい階層の一角だった。


足先から静かに降り立つ…


背には純白の翼を成し、あまりの潔白さにその薄明でさえ輝いて見えた。

すでに自身の存在は感知されているはずだが、微動だにしない反応に一瞬眺めるように立ち尽くした。

侵食していた雨漏りにより空気は淀んでいる。通路まで倒れ込んでいたマネキンの脇を抜け、崩れ落ちた天井の瓦礫を踏み越えていく。姿勢制御に広げられていた翼は既に小さく畳まれ、その内なる白面の素顔は地上世界での感覚に顰まっていたが、長居する気などないと口端は噤んでいた。


男は影の入間から現れた天使の姿に驚くでもなく、呆れたように背を起こすとため息を覚えた。差し向けられた柄から構成される剣。そして、白面の内でくぐもる事なく名乗りを上げた天使の声に一点の曇りなどありはしなかった。

「我が名はアイイエル。主の御言葉によりその命運、貰い受ける」

身に纏いし鎧・天装衣は高位天使の証である。だが、その名にもその翼にも見覚えはなかった。

(まったく、ヒマな奴らだ…)

男は鋭い眼光を返した。

差し向けられた剣の柄・ハズミ枝の神器は窺い知るだけでもかなりの代物ではあるが、自身最大の矛たるアストラルを用いないとは一体どう言う了見か測りかねていた。

「従うか、否か!」

事も無げにアストラルを構成した男の返答にアイイエルは俄然と剣を振るうのだ。

「では致し方ありません…」

翼を広げ突進するアイイエル。

後ろ手に剣を構えた男の背には切れ長の翼が羽ばたき、いざよく振るわれんとする剣の名はアドラスティアと言った。

(さぁ、どれ程の手合いか…ヤツが寄越したとあれば相当な手練れだろうが、よもや見も知らぬ天使を使わそうとはな…)

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