第三章

ある老人ホーム。入居している老人たちが、若者たちと会話している。毎日の生活のこと、趣味のこと、はたまた家族と離散したこと、、、。聞いている研修生たちは、あくまでも資格を取るための研修なので、しっかりと傾聴しているとはいいがたく、老人の中にはうんざりしているものもいる。

その中に交じって公平がいる。

公平「つまり、お孫さんからも見捨てられてしまったんだね。」

おばあさん「そうなんだよ。話が通じないとかで。最近のパソコンとかスマート何とかとか、わけのわからないものを引き合いに出されても困るだけなんだけどね。でも、若い子はそうしなければいられないから、これからは、若い人がこっちを向いてくれる時代は来なくなるだろうね。」

公平「そんなことないですよ。そういうときのためにこういう仕事があるんです。おばあちゃんは、誰も話せる人はいないのかもしれないって悩んでいるようだけど、話せる若者もいますから、安心してください。」

おばあさん「そうかい。でも、おばあちゃんって呼ばれるのは好きじゃないな。せっかく、曾根田って名前があるんだから、それで呼んでもらいたいよ。」

公平「わかりました。曾根田さん。スマートフォンとかパソコンは、確かに嫌ですよね、でも、もっといやなのはきっと、

パソコンを使えないで馬鹿にされるのが嫌なんじゃありませんか?」

おばあさん「だって、若い奴らは、使えなければいけないってよく口にしていうじゃないか。なんでもかんでもパソコンでやるからいいって言って、孫に絵手紙やっても煩わしいからやめろって言われちゃった。」

公平「だったら、こう言い返してやりましょう。お前だって、好きな人に、パソコンでプレゼントを贈ったりはしないじゃないか、だから同じだ。と。」

おばあさん「好きな人?」

公平「そうそう。彼氏ですよ。好きな人にパソコンで作った粗末な絵葉書を送る人はいませんよ。それと同じだからって言い返しちゃってください。若い人は自信がないから年寄りをからかってるだけです。それは、ある意味傷つけることにもなります。だから、年寄りをからかうんじゃないと、伝えたほうがいいですよ。」

おばあさん「へえ、あんた、そこいらにいる子たちとは違うね。」

公平「違うって何がですか?」

おばあさん「だって、今まで来た若い人は、若い人もそういうものをやむを得ず使っているんだからいいじゃないか、といって、こっちのほうは何一つ向かないのが普通だよ。」

公平「ああ、例外のないルールはありませんからねえ。」

おばあさん「でも、珍しいよ。こっちの主張をよくくみ取るとは。あんたも、何とか事務所ってのを開くのかい?」

公平「いずれ、そのつもりではいます。」

おばあさん「そうだよね。そのためにあたしたちを利用してるんだもんね。でも、私はあんたが気に入ったよ。あんたが合格して事務所を開いたら、あたし、できれば行ってみたいもんだよ。」

公平「まあ、できれば出張カウンセリングのスキルも持ちたいんですけどね。」

おばあさん「ぜひ、もって頂戴よ。私は、応援する。」

公平「あ、ありがとうございます。じゃあ、一時間たちましたので、これで終了といたしますが、また来ますのでね。」

おばあさん「どうもありがとう!また来てね!」

職員「曾根田さん、今から焼き芋焼くから裏庭に出て。」

公平「わかりました。じゃあ、お邪魔虫は帰ります。」

おばあさん「ええ?焼き芋食べていかない?」

公平「この後用事がありますので、、、。」

職員「あら、次の訪問先があるんですか?」

公平「いや、そういうわけではありません。」

職員「だったら、焼き芋食べて行ってあげてくれませんか。悲しがり屋の曾根田さんが、こんなに笑ったのは久しぶりなので、私たちもお礼をしたいのです。」

公平「いや、その、あの、、、。」

職員「おい、早くしないと、火をつけますよ!曾根田さん、早く裏庭へきて!」

公平「火!」

おばあさん「あら、火が何かまずいの?」

公平「火はだめだあああ!」

と、頭を抱えて、机の下にもぐってしまう。

おばあさん「何、どうしたの?」

公平「ううう、怖い!早く、早く、火が、お父さん!」

おばあさん「お父さんって、もしかして、」

職員「なんか変な人ね。おばあちゃん、この人きっと、どこかおかしいのよ。こんな人にカウンセリングしてもらって気持ち悪かったでしょ、行きましょ。」

と、おばあさんの車いすをおして、その場を離れてしまう。やがて、バチバチという音が聞こえてきて、まるで子供のように公平は震えだす。外では楽しそうにたき火をする声がしているのに、まるで耳にも入らず、涙まででてくる始末。

声「ちょっと!いつまでもいないでくださいよ!」

はっと周りを見渡すと、そこは老人ホームの中で、職員たちが、彼を取り囲んでみているのである。

公平「な、なにがあったんです?」

職員「もう、たき火は終わりました!あなたがずっと泣いていたから、何も楽しくなかったじゃないですか!」

公平「あれ、俺、何やっていたんだろ、こ、こんなところで、あれ、あれ?」

一生懸命考えるが、思い出せないのである。

職員「思い出せないのですか?これだけ人に迷惑をかけておいて、子供みたいに何をやっているんです。そんなんじゃ、カウンセリングの勉強をする資格なんてありませんよ。さっさと出て行ってください。そして、二度とこないでくださいね!」

公平「はい、わかりました、、、。」

と、しょげかえって立ち上がる。

公平「すみませんでした。申し訳ありません。」

と頭を下げ、すごすごと部屋を出ていく。


数日後、障碍者施設。

知的障害のある人たちが集まって、何か作品を作っている施設である。一人の男性の隣に公平がいる。

男性「今日は何を作るのかなあ。」

公平「なんだろうね。いずれにしても楽しいと思うよ。」

男性「この前の、機織りは終わってしまったし。」

公平「機織りをしたの?」

男性「そう。」

公平「何を作ったの?」

男性「バスマット。」

公平「誰かにあげたりした?」

男性「うん、母さんにあげた。」

公平「喜んでくれた?」

男性「うん、喜んだ。」

公平「どんな風に喜んでくれたの?」

男性「涙流してた。」

公平「なんで喜んでくれたのかな。」

男性「わかんない。」

公平「それはね、君が、一生懸命作ったからだとおもうよ。」

男性「なんで一生懸命作ったの?」

公平「だって、一生懸命やろうと思ったのは君だもの。」

男性「そう?」

公平「そうだよ。それは、お母さんにとってはとっても喜ばしいことなんだ。だから何回も同じように一生懸命やって、お母さんを喜ばせてあげような。そうすれば、いつか君が言っていた、どこかで働くこともできるかもしれないよ。」

男性「できるの?」

公平「そうだよ。ただ、一生懸命やらないとだめ。それを、この工作を通して、身に着けようね。今日から新しい工作が始まるから、頑張ってやろうね。」

職員が、二人の前に一つの箱を置く。

男性「今日は何を作るのですか?」

職員「ガラス細工のネックレスです。今日は、火を使うから、ちょっと難しいかもしれないけれど、頑張ってくださいよ。」

公平「火ですか!」

職員「はい、その箱の中に、カセットボンベ式の簡易バーナーが入ってるから、それを使うことから始めましょうね。」

公平「火は怖い!」

机の下に飛び込み、頭を抱える公平。

男性「どうしたの?」

公平「家が、火が、どうしたらいいんだ!」

男性「せんせい、なんかおかしい。何とかしてあげて。」

職員も驚いて、

職員「どうしたんですか?」

公平「お父さん、お母さん、俺も助けてくれ、熱いよ!熱いよ!熱いよ!」

職員「ちょっと、こんなところで叫ばないでくださいよ!一体何があったんです?」

公平「わあ!熱いよ!熱いよ!助けて!」

その声があまりに大きいので他の利用者も彼を見つめている。そこへ、この施設の施設長がやってくる。

施設長「どうしたんだ?」

職員「この人、急に何か思い出したらしくて、いきなり叫び始めてしまったのです。」

施設長「うるさい奴だ、帰ってもらいなさい!」

職員「ちょっと、立っていただけないでしょうかね。」

男性「せんせい、この人は悪い人じゃないよ。火が怖いだけだよ、だから、ガラスつくりはやめようよ。ほかのものにしよう。」

施設長「その必要ないよ。この人は、君より頭の悪い人だから。」

男性「でも、かわいそうだよ、すごくやさしいのに。」

施設長「優しい?そんなことないよ。君よりもっと、頭の悪い人だから、放っておきなさい。おい、ちょっとあんた!」

公平は泣きっぱなしで答えない。

施設長「ちょっと!」

職員「あまり刺激しないほうが、他の利用者にも安全なんじゃないですか?何をするかわかりませんよ。」

施設長「いや、こういう甘ったれた人間はどうなるべきなのか、しっかり見せたほうがよっぽどためになる。出てってください!」

公平は答えない。

施設長「出てけ!」

と、彼の襟首をつかみ、引きずり出すような形で机の下からだす。

施設長「立て!」

男性「やめて!」

施設長「立って歩け!この甘ったれめ!」

公平は、施設長に引きずられて玄関のほうへ引っ張られて行き、

施設長「二度と来るなよ、くそったれ!」

と、外に放りだされる。

バタン!とドアが閉まる音。

公平は幼児のように泣きじゃくる。施設に金も靴もおいてきてしまったので、現在借りているアパートには帰ることができない。

公平「そうか。そういうことか。寝太郎はいつまでたっても寝太郎のままだ。もう、こうするしかないんだ。」

とぼとぼと歩きだす。


道路。

はだしのまま、歩いている公平。歩道橋の袂までくる。

公平「ここでやろうかな。」

声「すみません。」

無視する。

声「すみません、お願いがあるんですが。僕、どうしても向こうへ渡りたいんです。でも、横断歩道がどこにもなくて。」

公平「、、、この歩道橋を行けばいいでしょ?」

声「僕、できないんです。」

公平「できないって、まさか?」

後ろを振り向くと杉三がいる。

杉三「公平君じゃないか!こんな時に裸足でどうしたの?」

公平「なんで俺は、こうなってしまうのかな、何かしようとすれば必ずなにか邪魔される。」

杉三「何かするって?」

公平「ああ、そうじゃなくて、僕になんの用があるんです?」

杉三「尋ねるのは僕だよ。何かするって何を?」

公平「いやいや、それはいいから、杉ちゃんの用はなんなの?」

杉三「質問に答えてもらった後で言う。何かするって何を?」

公平「もう、解決したよ。」

杉三「してない。僕は、答えを教えてもらってない。」

公平「言えないこともあるよ。」

杉三「いやだ、僕が邪魔したなら謝罪をしなきゃいけないから、まず何をしたかったのか教えてほしいの。」

公平「杉ちゃん、君にはかなわないよ。僕が実習をしていた施設に君がいてくれたらどんなにいいだろう。高齢者施設、障碍者施設でカウンセルの実習してたんだけど、僕自身がそのことを僕自身の弱点のせいでつぶしてしまうんだ。だから、もう生きたここちがしないんだよ。」

杉三「わかった。じゃあ、僕を向こうへ渡してくれ。」

公平「杉ちゃん、あんなに聞きたがってたのに、答えを得たらすぐそれかい?」

杉三「いや、僕のうちでゆっくり聞くよ。蘭もいるよ。カレーも作るよ。」

公平「そうか、、、。なんだか、障害のある杉ちゃんに励まされるなんて、なんという情けない男だと思うが、今はそれしか行く場もないから、連れて行ってくれ。」

杉三「ありがとう。まず、僕を向こうへ渡して。」

公平「わかった。」

と、杉三を車いすごと持ち上げて、歩道橋を登り始める。体の大きな公平は、杉三も楽々持ち上げてしまうほどの力持ちだった。

歩道橋を降りると、公平は、彼を地面におろしてあげた。

杉三「ありがとね。」

公平「家は近いの?」

杉三「うん。」

と、車いすを動かして通りを移動する。そうしてしばらく行き、小さな一軒家の前で止まる。

杉三「ついた。」

中には人がいるらしく、電気がついている。


杉三の家

台所では杉三がカレーを作っている。食堂で、蘭が公平と話している。公平の目は涙でいっぱいである。

蘭「そうですか。大変でしたね。僕たちは、否定はしませんよ。だってそれはあなたが悪いわけじゃありませんよ。」

公平「いえいえ、自分で自分をコントロールできないなんて、社会人として一番いけないことです。」

蘭「自分を責めないで受け入れてやってください。それが第一歩なんじゃないでしょうか。」

公平「受け入れるなんてできませんよ。こんなにたくさんの人に迷惑をかけて、何が受け入れるですか。できなくちゃいけないことができないわけですから、僕はやっぱり寝太郎です。だから、もう死ぬしかないんです。」

蘭「でも、パニック、いや、フラッシュバックといったほうがいいのかな、それを起こすのも自分ですから。それが起きたら、自分を抱きしめてやるとか、慰めてやるとか、文献にはそう書いてあるじゃないですか。」

公平「そうですけど、そんなことできるもんですか。できないことをできるようになったときだけですよ。自分を褒めるなんて。」

蘭「でも、誰だってできることとできないことがありますよ。」

公平「そうなんですけどね、できなきゃいけないことというのも存在するでしょう。それができないというのはやはり、社会人として失格ではないでしょうか。」

蘭「社会人にならなくてもいいじゃないですか。僕も杉ちゃんも、歩けないから、いろんな人の力借りて生きてますよ。それなら、僕たちは、さらに失格ということになりますな。」

公平「お二人は、障害があっても、そうして自身の感情をコントロールできるから、歩けなくたって許されるんです。僕が、実習の場から追い出されてしまうのは、やっぱり、生きていてはいけないということだと思うんです。」

蘭「どんなひとでも、生きていることをやめてはなりませんよ。」

公平「いや、死ななければ救われない人間だっているんじゃありませんか?久野久子とか、金子みずずとか。」

蘭「いえいえ、あの二人だって、どっかで気を付けてれば、いきていてよかったと必ず思えたのではないですか。自殺なんて、いい結果を残すもんじゃありません、現にあなたのご両親はどうなるのです?」

公平「あの人たちには本当に申し訳なく思っております。だから、これ以上親に迷惑をかけないためにも死にたいんですよ。僕は、生きているだけで、親に迷惑をかけている、本当にダメな男なんですよ!」

と、テーブルを握りこぶしでたたく。

杉三「カレーができたよ!深刻な話は、一日で解決はできないだろ。だったら少しだけ休もうよ。」

と、トレーの上にカレーを乗せてやってくる。

杉三「さあ、食べな!」

公平の前にもカレーがドン、と置かれる。

蘭「食べてください。杉ちゃんは、料理に関しては天才なのです。」

といい、匙を彼に渡す。公平は黙って受け取って、カレーを口に運ぶ。

公平「う、、、。」

杉三「お味はいかが?」

公平「うまい!」

杉三「今日は、力をつけてもらいたくて、本格的なビーフカレーにしたんだ!」

がつがつと食べ始める公平。

蘭「やっぱり、杉ちゃんのカレーはすごいな。」

公平「本当!ホテルのカレーよりうまいですよ。これ、どこのルーを使ったのですか?」

杉三「適当。僕、文字読めないんだ。」

公平「ええっ!それでこんなうまいカレーができるんだ!」

蘭「ある意味、一種の超能力かもしれないね。」

公平「ああああ、俺は完全に敗北者だ!」

蘭「杉ちゃんは、他人には迷惑をかけるかもしれないけど、こうしてうまいものを食べさせてくれるわけで、憎めないものですよ。」

杉三「公平君だって、自信があるものないの?」

公平「でも、弱点を克服しなければ、自信なんて生まれては来ませんよ!」

蘭「本当に凝り固まってるな。何を言っても糠に釘だ。」

杉三「ちょっと待って。なんでそんなに、人に迷惑をかけるほど、火を怖がるの?」

蘭「杉ちゃん?」

杉三「何か理由があるんだろ?それほどまで火を怖がるって。」

蘭「杉ちゃん、こういう人はせめてはいけない。」

杉三「ううん、心配しているの。心配するのと責めるのとは全く違うよ。どうしてそんなに火を怖がるのか、水穂さんも不思議がってたよ。」

公平「水穂さんには迷惑をかけすぎて、合わせる顔がありません!」

杉三「そんなこと関係ない。理由があるだろ!」

公平「そうか、さっきもそうだったけど、杉ちゃんは一度疑問に思うと、答えが出るまでやめないですからね。実は、答えが僕にもわからないのです。」

蘭「わからない?」

公平「ああ、すみません、こういうとまた甘えているように見えるでしょうから、やっぱり、」

杉三「絶対ダメ!答えを言わないほうがよっぽど甘えだ!」

蘭「いや、杉ちゃん、PTSDの人にはよく当てはまる答えだよ。暴れるキーワードはわかってるのに、その理由がわからない。僕も、聞いたことがあるよ。それでますます、悪化させちゃうんだよね。そうなってもらいたくはないな。」

杉三「そうかあ、きっとあまりに辛すぎて消そうと思っても消せないから、そうなるんだろうな。」

蘭「自分の力では消しきれない、よほどつらいことがあったんですね。僕たちでは、答えを見つけ出すことはできないし。」

公平「俺、帰るところもないですよ。財布とか、みんな追い出された施設にあるし。」

杉三「うちに空き部屋あるから使っていいよ。本当に。」

公平「でも、俺、」

杉三「いいよ。だって、大事なものまで落としてほしくないもん!」

蘭「杉ちゃんのいうとおりにしたほうがいいですよ。杉ちゃんありとあらゆることで、お手伝いが必要だから、仕事はなんぼでもあると思いますし。」

公平「わ、わかりました、、、。」

と、涙を拭く。杉三が彼の肩を優しくたたいてやる。








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