第46話 か

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 バイトだ練習だって忙しくなっていく日々の合間にも、俺は愛香ちゃんとメッセージのやり取りをした。内容は当たり障りのない世間話が主で、おばあさんの皮を被ったオオカミ作戦。呼び出されて告白が日常茶飯事の愛香ちゃん。本人は興味ないって言ってるし、さりげなく、そういう奴らは怖いよって刷り込む。でも俺は優しいよっていうのは匂わせる程度に止めておく。――そうやって気付かれないようじわじわ、囲い込むんだ。

「翔平さん?」

「あっれー? 愛香ちゃん、学校帰り?」

「そうです。翔平さんは?」

「俺はバイト」

 偶然を装って遭遇してみたりもする。気付かない愛香ちゃんはまるで、森で花を摘む赤ずきん。オオカミさんは君を狙っているんだよ。

「そういえば、連城洸がクリスマスに帰って来るみたいです。朔って子、大丈夫かな?」

「どうだろねー? あいつにポーカーフェイスとか不可能だから」

「あれ以降、千歳ちゃんに何かしてないんですか?」

「んー……お姫さんに気付かれないようにやってるかなぁ」

 車で、寝ているお姫さんを抱き寄せたり。眠るお姫さんの頭撫でてみたり。髪にキスしたり。

 見てるこっちが切なくなる。

「中々諦められないものなんですかね?」

「愛香ちゃんには、わからない?」

「わからないです、愛とか恋とか。告白されても私の上辺だけを見られてる気がして、なんだかなって感じ」

「そっかー。愛香ちゃん、実は男前だもんね?」

「そうです。だから、可憐な君が好きとか言われると鳥肌が立つ」

 親しげに声を上げて俺は笑う。

 俺は君をわかっている。直接言葉にはしないけど遠回しで刷り込まれている事に、君は気付いてる?



 クリスマスが過ぎてもうすぐ今年も終わる。そんな時、朔はまた切ない詞を書いた。

「朔さぁ、お前そんなにお姫さんが好きなの?」

 事務所の外にある喫煙所。寒くて誰もいないそこへ朔を連れて来て、俺は煙草に火を付けた。俺が吐き出す煙を眺めている朔の眉間には、深い皺が刻まれている。

「……好きだ」

「望みねぇって、わかってんだろ?」

 壁に背中を付けて、朔はずるずる座り込む。俺は黙って、灰皿へ煙草の灰を落とした。

「邪魔する気は、ない。でも、俺なら側にいてやるのにって……思う」

 ジリジリ近付く煙草の火を眺めつつ深く息を吸い、俺は煙で輪っかを作った。

 朔の恋は叶わない。お姫さんは監禁彼氏をマジで好きだ。朔にはきっと応えない。どこかで踏ん切りつけないといけない、横恋慕。蹲って顔伏せた朔を、俺は見守ってやる事しか出来ねぇんだ。朔の事は可愛い。でもそれ以上に、俺にとってはお姫さんの幸せが最優先だから。


 撮影現場へ顔を出したそいつは確かに一見爽やか王子様。だけど朔の視線に気付いた瞳は鋭く冷たい。笑ってるくせになんつう瞳をする男だよって、俺は内心で呆れた。あからさまな朔への挑発。朔がお姫さんへ向ける感情に気付いてわざとやってる。これは自分のものだって、そいつは見せつけやがった。

 仲の良い恋人達の姿を見せつけられた朔は、泣きそうな顔になって目を背ける。朔のその顔が周りに悟られないよう、俺と旭さんで囲って隠した。

 帰りの車中、朔は眠るお姫さんの名前を呼ぶ。なんて愛しそうに呼ぶんだよって、俺の胸まで苦しく痛む声だった。そっと抱き寄せて、大切なものに触れるみたいに髪梳いて、眠り姫への口付けはどこまでも切ない恋の味だろうに。

「涎、垂れてた」

 目覚めたお姫さんへの誤魔化しの言葉。本当にバカで、どこまでも愛しいバカだ。俺の隣に座る旭さんも気付いていて何も言わない。

 他人が周りからどうこう言ってどうにかなるような想いなら、朔はここまで苦しんでいないと思う。お姫さんも朔の想いに気付いていて動かないって事はきっと、彼女も朔の気持ちの整理が出来る時を待ってくれているんだろう。だから余計に何も出来なくて、見守る事しか出来ない俺達はいつも、顔を見合わせて苦い笑みを浮かべるんだ。

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