第47話 ず
3
香水のCMがテレビで流れてすぐ、愛香ちゃんからのメッセージが届いた。俺達だって気付いたみたい。曲もCMもカッコ良かったってべた褒めしてくれた。
「やっほー」
駅の改札を抜けてすぐ、周りを見回し俺を探す愛香ちゃんに手を振って声を掛ける。俺に気付くと花開くような笑みを浮かべ、愛香ちゃんが駆け寄って来た。
「こんにちは。まだ普通に出歩けるんですか?」
「CMは仮面してるしねー。知り合いしか気付かないっしょ」
「それもそうですね。ライブのチケット、本当に私、もらって良いんですか?」
「良いよ。友達と来てよ。お姫さんも喜ぶ」
「最近忙しそうですよね? 千歳ちゃんも大変だって言ってました」
「そりゃね、どんどん忙しくなりたいもんだ」
「売れると思います。すごく良い曲でしたから」
「だと良いな!」
こうやって、愛香ちゃんとはよく遊ぶ。朔とお姫さんの事を心配している愛香ちゃんに報告って口実で、デートだと気付かれないようなお出掛けを繰り返してるんだ。デートって言っちゃえば愛香ちゃんは来ない。俺といる事を楽しませて、こっそりじっくり、俺への好きを育てていく。
デビューして忙しさに拍車が掛かるにつれ、俺は普通に出歩く事が難しくなって行った。それは嬉しい事なんだけど、俺の赤ずきんがまだ捕獲出来ていない。でもね、無防備な赤ずきんちゃんはオオカミの住処へ自ら足を運ぶようになってるんだ。
「もう! 煙草ばっか吸って、ご飯はちゃんと食べてるんですか?」
世話焼きな愛香ちゃん。メッセージのやり取りの中で訴えてみた体調不良。それを心配してここに来てくれて以降、彼女は頻繁に俺の食事の世話をしに来てくれる。
ねぇ、まだ気付かないかな? いつ気付くかな? 君が俺を好きになっているんだって。
「俺料理出来ないもん。ロケ弁は食べてるよー」
「ダメです、そんな冷たいものばっかり。だから体調崩すんですよ?」
白状すると、俺は健康が取り柄で体は強い方だ。体調不良なんて嘘で、風邪だって滅多に引かない。
ぷりぷり怒りながらも飯の支度を整え俺の前に並べてくれた愛香ちゃんは、机を挟んだ向かい側へ腰を下ろした。
「それで? 朔と千歳ちゃん、何があったんですか?」
口実の報告はまだ続いてる。愛香ちゃんがお姫さんを心配しているのは本当の気持ち。でもこれが、君が俺に会いに来る為の口実になって来ている事に本人は無自覚だ。
「朔さ、お姫さんにベロチューしたらしい」
途端顔を真っ赤に染めた愛香ちゃん。初心な反応に愛らしい表情。ねぇねぇ、オオカミさんは腹ペコだよ?
「それ、千歳ちゃんは?」
それで思い出した、お姫さんと朔の様子。俺は小さな唸り声を上げて首を捻った。
「なんていうかあの反応……どうやら嫌悪は感じていないみたいなんだよね」
というよりもむしろあれは――でも、本人が必死に目を逸らそうとしている心を俺が安易に口に出す訳にはいかない。
「連城洸、捨てられちゃう?」
愛香ちゃんがあまりにも嬉しそうに顔を輝かせるもんだから、俺は噴き出して笑った。愛香ちゃんってよっぽど監禁彼氏が嫌いなんだな。
「どうなんだろねー? 最近は連絡もあんまり出来てないみたいだし? お姫さん、朔とバカやってんのは楽しそうだよ」
「私は千歳ちゃんが幸せなら相手は誰でも良いけど……朔の方が、優しそう」
「愛香ちゃんってさ、お姫さんを大好きだよね?」
俺と会っていてもお姫さんの話ばかり。軽く嫉妬を覚えるくらい。
「千歳ちゃんは良い人だから。大好き」
俺も、君にそう言われたいよ。
君はいつ自覚してくれる? もっともっと絡め取るから早く自覚して、自分から飛び込んでおいで。
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