終章

第44話 エピローグ

 やっと私は、大人と言える年齢になった。パニックを避ける為に地元の成人式へは出席出来なかったけど、Rエンターテイメント内で同じ年の子達と一緒に振袖を着て神社へお参りに行った。一般人のままでは経験出来ないような成人式もなんだか楽しかったな。

 洸くんは、帰国した時にはなんとパパになっていた。その衝撃で私が抱えていた色んな緊張も吹っ飛んで、洸くんの帰国は大騒動だった。どうやらおばさんにだけは事前に相談していたみたいで、例の彼女を連れて帰国した洸くんは一時悟おじさんと険悪な雰囲気になり勘当されかけた。私にも寝耳に水だったけれど、悟おじさんだってとっても動揺していた。その動揺にはもしかしたら私への配慮とかも含まれていたのかもしれない。でも、私が幸せに過ごしているのに洸くんが幸せになっちゃいけないっていうのもおかしな話だよね。たくさんたくさん話し合って、最後は結局、悟おじさんは受け入れた。

「あなたのこと、私、しってる」

 私が鉢合わせしたラテン系の彼女、名前はファビオラっていうんだって。お腹の中に洸くんの子供を宿している彼女は片言の日本語で、私に話し掛けて来た。

「わたし、洸が欲しかった。だから、しってたけど、ほしかった」

 互いに腹を割って話せるよう、英語で私達は言葉を交わした。

 彼女は最初から、洸くんに日本に残して来た相手がいる事は知っていたんだって。洸くんはいつも指輪を大切そうに嵌めていたし、友人達に私の話もしていたから。鉢合わせしたあの時にも、私がその相手だとすぐに気付き、ファビオラはわざと何も知らない振りをしたらしい。

『洸みたいな人に一途に思われるひとってどんな人かしらって思ったわ。嫉妬もたくさんした。でも洸の笑顔に段々陰が生まれて、寂しそうにしているのを見て、腹が立ったの。だから手を伸ばした。そして絶対に返すものかって、決めたの。洸が、私を選んでくれたから』

 ファビオラが洸くんに向ける瞳には、愛が溢れてる。洸くんも、愛しそうにファビオラに触れる。失いたくなかった私の大切だった人は今目の前で、本当に幸せそうに笑ってるんだ。そうやって洸くんは、幼馴染のお兄ちゃんに戻った。

 私と同じく前世の記憶を持っている愛香ちゃん。実はなんと、翔平さんとお付き合いしているらしい。ナンパ事件で出会ってから翔平さんがアタックを続けて、愛香ちゃんが大学を卒業する時にようやく頷いてもらえたんだって。今の愛香ちゃんはOLさん。夢と呼べるようなものは特に見つからなくて、平凡でも幸せになりたいって言う彼女に私と同じ考えだねと告げたら正反対の道を爆走中の私の事を愛香ちゃんは笑っていた。

 旭さんはいつの間にか広瀬さんとお付き合いしていたみたいで、そろそろ結婚を考えていると言ってたからお祝いの曲を考え中。そして私と朔はというと――――帽子で顔を隠し、役所へ向かっている途中なの。

「……ただの紙がそうじゃない」

「そう? ただの紙だよ」

 ひらひら私が振って見せる封筒の中身はなんと、婚姻届け。世間に私達の関係は知れ渡っているけれど、入籍の発表は時間が経ってからにしようと会社と相談して決めた。入籍の前と後じゃどうしても仕事の内容に変化が出てしまうんだって。それに二十歳になったばかりの私と二十二歳の朔の結婚は、ファンはともかく世間の目が厳しいだろうと言われた。私と朔にとって公表するとかしないとかは問題じゃないから、仕事に影響がなければそれで構わない。

「ねぇ朔。これは決して、朔を縛る鎖じゃないよ」

 手続きをしてしまう前に、言っておきたいと思っていた事を私は朔へと告げる。

「俺はお前を縛りたいと思って書いた」

「そうなの?」

「こいつは俺のだ、手出しするなって、叫びたい」

 繋いだ手を、朔がぎゅっと握った。同時に心臓までもがぎゅっと掴まれ、私の顔には笑顔が溢れる。

 私と朔の薬指に指輪はない。仕事上ずっと嵌めているのが無理な私達。私も指輪はいらないと言ったから、朔が私にくれたのは、曲だ。作詞も作曲も何もかも朔が一人で作り上げた、私への愛の歌。

「朔」

「なんだ?」

「ご主人!」

「何かご用ですか、奥様?」

「夫人と呼んでくれても構わんよ」

「それ、なんか違うだろ」

「そうかな?」

「あぁ」

「……これからもよろしくね、朔」

「よろしく、千歳」

 照れて恥ずかしそうに笑う朔。時々ちょっと意地悪で、不愛想だけど笑顔が可愛くて、子供っぽいけど包容力のある男の人。仕事の仲間であり、人生のパートナーとなった彼と手を繋ぎ、私はこの人生を歩んで行く。

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