第41話 育む 3
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学生の役者さんも多いから、撮影は夏休みに集中して行われた。私は自分のシーンじゃない所もメンバーの出番があれば一緒に行って見学させてもらう事にしてる。勉強の一貫。だから結局、毎回四人揃って現場へ行ってるんだよね。
今日の撮影は海の側。幼馴染のバンドメンバー四人が散歩して、海に向かって夢を叫ぶシーンを撮る。これぞ青春ってやつだね!
「なるべく日陰にいろよ。あと水分取れ」
「お姫さん白いんだから、真っ赤になっちゃうっしょ? これ着る?」
「姫、暑くないか?」
みんな過保護です。
「ちゃんと対策してるし、大丈夫! みんなの方が長時間日の下に出るんだから、水分補給ちゃんとするんだよ?」
私の頭をそれぞれ好き勝手に撫でたり小突いたりしてから、呼ばれた三人は離れて行った。出番のない私は邪魔にならない日陰でみんなの撮影を見守る。
日向さんは女優さんなだけあって、本番になると顔付きが変わった。リテイクだって彼女は絶対に出さない。プロって感じでそこは素敵。でも演技が絡んでいない時の日向さんは、ちょっと怖い。
「やだぁ! 朔くんってばぁ!」
撮影の合間、何かと日向さんは朔へちょっかいを出す。さりげないスキンシップに女性らしい仕草と可愛らしい笑顔。どうやら日向さんは朔を狙っているようで、私を敵視している様子。
「毎日練習してるの?」
「はぁ。まぁ……そうですね」
「朔くんて無口だよね? 普段もそんな感じなの?」
「そうですね」
面白がってはいられない立場ではあるんだけど、見ていると面白い。あからさまにアピールしている日向さんと、仕事相手だからと邪険に出来ず顔を引き攣らせた状態で応対している朔。
「あれ、放置で良いの?」
離れた場所で日向さんと朔を観察していた私に近寄ってきた翔平さんの眉間には皺が寄っている。
「朔と姫の事って彼女も知ってるんだよな? それなのにあれって……すげぇな」
旭さんも渋い顔。二人の手が肩と頭の上に置かれ、私が浮かべたのは苦い笑み。
「撮影はまだまだ続くし、ここで変に拗れても面倒かなぁって思うんだよね。だから、今は我慢かな」
「なんて健気な子なんだろう! お姫さんは俺が慰めてあげちゃう!」
翔平さんからのハグと頬擦りに、私は笑って身を任せる。横からは旭さんの手が私の頭をぐりぐり撫でている。そんな私達のもとへ帰って来た朔は、不機嫌丸出しだ。
「お前らはそこで何をしてるんだ」
朔の後ろには日向さんもくっついて来ている。
「メンバー愛の確認だよ」
私の答えに、朔は余計に不機嫌になって顔を顰めた。それを見て苦笑した旭さんと翔平さんは、すぐに私から離れて朔にじゃれつく。
「朔も確認したいならおいで?」
わざと笑顔で両手を伸ばしてみると、朔はちょっとの間悩んだ。
「残念締め切りー」
「時間短いだろ!」
両手でバッテン作った私に朔が怒鳴る。意外と本気でショックを受けている気がしたから、私は朔を手招きで呼んだ。今度はすぐに寄って来た朔の耳へ唇を寄せて、囁くような内緒話。
「確認したい?」
「……したい」
「お家でね」
ふっ、と耳に息を吹き掛けたら朔が真っ赤になった。可愛い奴め!
「マジ、悪女」
呟いて蹲った朔を見下ろし、私は笑う。そばでそれを見ていた日向さんが貼り付けた笑顔を浮かべているけど、今のは牽制に入るのかな?
「ホリホックって、皆さん仲良しなんですね!」
「そだねー。一緒に暮らしてるし」
「シェアハウスって事ですか?」
「そんな感じかな」
日向さんの事はどうやら、翔平さんと旭さんが引き受けてくれたみたい。解放されて、朔はほっとしてる。
「さっきの」
「ん?」
「約束だからな」
「確認?」
「あぁ」
「どうしよっかなー」
「おい、悪女」
「はいはーい。悪女でーす!」
不満気な朔に、私はくすくす笑う。見えないように隠して、指を絡めて手を繋いだ。
「朔がリテイク無しで今日の残りの撮影がんばったら、ね?」
「やってやろうじゃん」
私の隣で手を繋いだまま台本を読み始めた朔って、負けず嫌いな上に意外と真面目なんだよね。
あの後朔は本当にリテイク無しでやり切った。
「千歳。約束」
家に帰って寝る前の時間。朔は私の部屋に来た。忘れてなかったんだね。
「何を確認したい?」
無言で視線を彷徨わせる朔。わざと意地悪するの、結構好き。でもこれは朔限定。
「メンバー愛? 友愛? ……それとも、私の愛?」
「最後の」
ベッドへ上がり私を押し倒した朔に笑みを向ける。舌を伸ばし、舌先で朔の顎を舐めた。
「どうやって確認する? 言葉? それとも行動? ……朔は何が欲しい?」
首に腕を絡め囁いたら、朔の顔が真っ赤に染まり困った表情になる。
「なんでお前、そんな悪女レベル上がってんだよ?」
「役作り。礼奈っぽい?」
「ぽいな。でも俺は素のお前が良い」
「朔って無自覚たらしだよね?」
「はぁ?」
出来た隙をついて上下を入れ替え、今度は私が朔を見下ろした。戸惑いつつも朔はじっと私を観察しながら言葉の真意を探ってる。私はその視線から逃げたくて、朔の体を下敷きに脱力する。顔は朔の胸の上。耳を押し付けて、朔の心音が乱れる音を聞く。
「重い?」
「重い」
「どいた方が良い?」
「いや、このままで良い」
朔の手が私の髪を撫で、無言の時が過ぎる。こういう、何にもしない時間がひどく愛しいと思う。
「朔が、好き」
溢れる気持ちのままに、言葉を零す。
「知ってる」
それを朔は、受け止めてくれる。
「今日はお疲れ様」
「うん。千歳は、大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃないよ」
「そうか」
大丈夫な訳ない。嫉妬したよ。でも外では見せられないから、二人きりの時間に独り占めさせて。
「千歳」
朔の声で名前を呼ばれると、幸せが生まれるの。触れる唇、熱を確かめ合う手。朔の全部が私をぐずぐずに溶かすんだ。――ねぇ朔。私は不安なんだよ。諫早でもファンがたくさんいて、女優さんにまで狙われちゃって。奪られたらどうしようって、不安になるの。
「朔」
本人には伝えられない、この気持ち。愛しさも何もかも全部を込めて名前を呼ぶと、目の前で蕩けるような笑みが花開く。
「俺は千歳以外、興味ない」
気付いているのかたまたまか、朔がくれる言葉は私の不安を溶かしてしまう。どんどん私は、朔に溺れていく。
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