第36話 いろいろな、恋の歌 5

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 悟おじさんは、洸くんから聞いて私達の関係が終わった事を知った。アメリカから戻った私の様子がおかしい事に気が付いて、ずっと一緒にいた三人に聞いても誰一人として何も答えなくて、でも朔が捨て台詞みたいに「自分の息子に聞けば良い」って言ったんだって。社長に対してするには大胆な発言で、旭さんは肝を冷やしたと言っていた。そうして、事のあらましを知った悟おじさんがパパに連絡を取り、私の両親が帰国する事になった。しかもなんとパパは、悟おじさんから私達の休暇を勝ち取ったらしい。

『辛い事はね、仕事で忘れるよりも楽しい事をして忘れなさい』

 そう言ったママは、旭さんと翔平さんと朔の三人を招いてパーティーを開くと言い出した。ママは料理をしないからケータリングを頼もうとしたんだけど、久しぶりに料理をしたかった私の提案で手作り料理を振舞う事に決まったの。

「千歳、料理出来るんだな」

「お姫さんの手料理ならまずくても完食するよー」

「翔平さん失礼! ちゃんと作れるもん!」

「美人で料理も出来るなんて姫は理想の女性だ。俺と結婚しちゃう?」

「しないよ。旭さんのおバカ」

 私と一緒に久しぶりの休暇を得た三人は、暇を持て余していたみたい。連絡したらすぐに集まって、今は三人揃ってキッチンを覗いている。

「なんか手伝う?」

「朔、料理出来るの?」

「出来ない」

 朔の返事に私は笑った。意外な特技発覚かと思ったのに。

「俺も出来なーい。旭さんの炒飯は激まず」

「翔平てめぇ! ずっとそんな事思って食ってたのか!」

「やばい! 心の声が漏れ出た!」

 キャーってムンクの叫びみたいなポーズを取った翔平さんを旭さんがヘッドロックで拘束した。朔はそれを呆れた顔で眺めるだけで参加はしない。でも翔平さんに絡まれて、三人でじゃれて遊んでいる姿をよく目にする。私はいつも、それを見て声を上げて笑っちゃうんだ。

「千歳。それ何?」

「オーストリアの料理、牛肉煮込みみたいなやつ」

「ふーん。うまそう」

 みんなに振る舞うのは、日本の料理よりもオーストリアの料理が良いかなって思った。三人共、お肉大好きだし。

「そのスープもオーストリアの料理?」

「そう。小麦粉のお団子が入ってるんだよ」

 出来た料理をお皿に盛り付けると、朔が運ぶのを手伝ってくれた。パパとママはいつの間にかワインを開けて旭さんと翔平さんに勧めてる。実は前世の私はお酒が大好きだった。だからちょっと羨ましい。でも未成年だから、私と朔はジュースだ。料理はみんなに好評で、べた褒めされた。もし貰い手が無かったら、旭さんと翔平さんがお嫁に貰ってくれるんだって。美味しいワインを飲んでほろ酔いの二人は上機嫌。朔は朔で、楽しそうに笑っていた。

 食事の後でママとパパがプチ演奏会を開いてくれる事になった。これも久しぶりだから、二人が側にいるんだなって実感出来て涙が滲む。ここの練習室に集まって練習する事もあるから、みんなが使う楽器のセットも置いてある。だから私達もママとパパだけの為にプチライブをした。

「良い音だ。君達が千歳の側にいてくれて、良かった」

「そうね。人を頼れない子だから……泣けてすらいないんじゃないかって、心配したわ」

 喉の奥、涙の気配が込み上げて唾を飲み込み必死に堪える。最近私は泣き過ぎだ。涙腺が壊れたのかもしれない。

「バカだな。泣けよ」

 朔は、どうしてそんなに優しい瞳をして私を見るんだろう。気持ちに応えないって突っぱねたのに、弱ったら縋り付いてしまう勝手な私なのに。

「朔」

「ん?」

「バカ」

「俺は、お前が笑うならバカにだって道化にだってなる」

 笑った朔に片腕で頭を抱えられ、私はまた泣いてしまった。



 次の日は、家の窓を全部開けて汗を掻きながら大掃除。ママとパパは練習室に篭って二人で演奏してる。家事能力の無い両親。前世の記憶が無かったら、多分私は料理も掃除も出来ないと思う。二階の部屋の掃除が終わって一階の掃除に取り掛かったら、玄関のベルが誰かの訪れを告げた。

「汗だくだな? 何してたんだ?」

 玄関先で片手を上げているのは朔。どうしたのって聞いたら、暇なんだっていう答えが返ってきた。

「迂闊に出掛けたらさ、なんか追っ掛けられそうじゃん」

「それ、実はトラウマなの?」

「だな。マジ怖かった」

「それなら、暇人の朔にお仕事をあげるね!」

 雑巾押し付けて、窓拭きを任せた。ブツブツ文句を垂れ流しながらも結局やる朔。よっぽど暇なのかも。二人で掃除をしていたら、また誰かがやって来た。

「おひーめさん。やっほー」

「姫、何かしてた?」

「翔平さんと旭さんも暇を持て余してるの?」

「いやねー、休暇って突然言われてもね、何したら良いやら」

「結局引きこもるしかなくてさ。姫の所に来てみたんだ。どうせ朔も来てるんだろう?」

「正解。今大掃除してるの。暇なら手伝ってくれても良いよ」

「マジでー? 手伝おうかなぁ」

「俺もやる。暇と暑さで溶けそうだ」

 二人にもお仕事を与えてみんなで我が家の大掃除。クーラーは付けていないから、四人揃って汗塗れになった。掃除が終わった後で順番にシャワーを浴びる。

「ねーぇ? 大掃除を頑張ったあなた達に提案があるの」

 全部終わった頃に練習室から出て来たママが、みんなを見回した。なんだろうと首を傾げる私達へにんまり笑い掛け、とんでもないことを言い出す。

「三人共、この家にうちの娘と一緒に住まない?」

「僕達の拠点はオーストリアだからね。娘一人は心配なんだよ」

「そうなの。どうかしら?」

 ママとパパの提案に驚きつつも、三人は自分達の現状を口にする。旭さんも翔平さんもアパートで一人暮らし。朔は実家。旭さんと翔平さんは家賃が浮くなら助かると言って乗り気になってるみたい。

「それに、四人纏まっている方が仕事も楽なんじゃないかしら? 一人暮らしの二人はともかく、サクはご両親に相談してみてくれない?」

「あー……多分、問題ないです」

「あら、なら決定ね! 今すぐでも良いわよ? 部屋も空いているし、丁度みんなで掃除したんだから住んじゃいなさい」

「千歳も、その方が寂しくないだろう?」

 どんどん話が進んでしまう状況に唖然としていた私に、パパが言った。もしかしたらパパが三人を観察するように見てたのって、みんなの人となりを見極めようとしていたのかな。確かにこの大きな家に一人は寂しい。本来なら年頃の娘の親が出すような提案じゃないけど、これが私の両親だ。ママとパパらしいと私は笑い、みんなが良いなら構わないと返事をした。

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