第6話 繋がりの結末 3
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結末はどうあれ、私が日本へ来た目的は完全に達成されてしまった。しぶる両親を説得して帰国したのは、ここがゲームの世界だと気が付いてそのゲームに意味を見出そうとしていたからなのかもしれない。きっと私も、桃園さんと違う形で「恋歌」のゲームにこだわっていたんだ。前世の記憶がある事を気にしていないふり、受け入れたふりをして実は、不安だったのだろうと思う。
「ダメだよ。帰さない」
両親の元へ戻るとなると、洸くんとは遠距離恋愛をする事になる。だから相談してみたんだけど……洸くんの返事はこれだった。そのまま激しいキスをされる。責めるように彼の舌が口腔で暴れまわり、あちこち舐められて吸われる所為でとても苦しい。
「こうくん……くるしっ」
「ちぃ。俺が六年の間どれだけさみしかったと思う? やっと手に入れたのに……離れるなんてダメだよ」
洸くんの舌が滑って私の耳を絡め取る。大きな掌が存在を確かめるように触れてきて、体が震えた。
「わかった! 帰らない! 日本にいるからっ」
「今度帰るとか言ったら、ちぃの事閉じ込めちゃうからね?」
言い方は甘く優しいのに、彼の瞳は本気だ。わかったと伝える為首を小刻みに揺らしながら頷いた私は、彼と絶対に離れない事を約束させられた。
「こ、洸くん。私中学生……」
「うん。でも元大人なんでしょう? しかも彼氏、いたんだよね? 何人?」
「いや、あの……それは前世の話だからね?」
「前世だってちぃだろ? ムカつく」
這い回る舌と唇から何とか逃れようとしてみても体格差があり、抑えつけられている所為で無理だ。いたずらな掌も止めようとしてみたけど勝てそうにない。
「洸くん」
努めて、私は落ち着いた声を出す。洸くんが不安になる気持ちは理解出来る。でも記憶について、私にはどうしようも出来ない。
「前世ではね、確かにいたよ。でも今の私は洸くんの彼女で、私も洸くんが好き」
私に覆い被さっていた洸くんの体が少しだけ離れ、両腕で自分の体重を支えている洸くんと私の間に空間が生まれた。そのお陰でやっと、顔が見えた。彼が浮かべている表情がはっきりと見える。
「どうしたら、洸くんの不安を溶かしてあげられるのかな?」
両手を伸ばし、洸くんの後頭部をそっと包み込んだ。私が導くまま、抗わずに洸くんは身を寄せてくれる。
「余裕、なくてごめん」
先を促すように、私は洸くんの頭を撫でた。
「焦るんだ。ちぃは時々とっても大人で」
肩口に彼の顔が埋められる。甘えるようなその仕草に愛しさが募り、私は目を閉じ彼の耳元へ頬を寄せた。
「……キスも、され慣れてるよね?」
剣呑になった声。私は苦笑を浮かべ、子供をあやすようにして彼の背を叩く。
「この体では全部洸くんがはじめてなのに。それじゃ、いや?」
子供扱いをされた事が不満だったらしく、身を起こした彼は拗ねていた。私から離れた洸くんがベッドの上で胡坐をかいて頬杖を付く。
「嫌な訳ない。けど前世も全部、欲しかった」
彼の動きに合わせて起き上がった私は、拗ねた表情の洸くんへ微笑み掛ける。
「欲張りさん?」
「うん。呆れる?」
「ううん。嬉しいよ。……でも前世は、最後はガリガリになっちゃったから。見なくて良かったんだよ」
「そんな事ない。どんな姿だろうと全部好きだ」
ここまで好いてもらえるなんて、なんて幸せな事なんだろう。嬉しいと思った。彼の想いに、答えたいと思った。だから私は洸くんを悲しませない為にも、寂しい思いをさせない為にも日本へ残ろうと決めたんだ。でも――この時の私は知らなかった。悟おじさんの会社を継ぐ勉強の為に必要な留学を、洸くんがしないと言い出していた事を。
悟おじさんは、Rエンターテイメントという音楽系の会社の社長さん。歌手やバンドにアイドルなど、幅広く実力派のミュージシャンを揃えている音楽業界の大手。洸くんも会社を継ぐために勉強していて、諫早学園へ入ったのもその一貫なんだ。売れそうな人を発掘したり、人脈作りが目的だったみたい。
「洸くん最近変だよ。何かあった?」
私は今、自室のベッドで洸くんに押し倒されている。
寝ようと思ってベッドに入った所で窓がノックされ、開けたら洸くんが窓を越えて私の部屋へ来た。何かお話かな、なんて呑気に考え言葉を待っていた私を襲うようにして押し倒し、洸くんは私を食べようとしているみたいにして唇へ喰らい付いて来た。洸くんの唇と舌が、私の首筋や耳を這う。手は、まるで縋るみたいにして私のあちらこちらを撫でていく。
文化祭の騒動が終わってしばらくして、こんな事が増えた。何かを思い悩んでいるような顔で、それを振り切ろうとするみたいなキスをされる。何かに焦っている様子の洸くん。
「悩み事、聞くよ?」
宥めるように頭を撫でれば、両腕でしがみ付かれた。
「……どうしたの?」
洸くんの柔らかい髪を撫で、もう片方の手では背中をとん、とんと優しく叩く。話してと、囁くようにもう一度告げたら洸くんは体を起こしてベッドの上で胡坐をかいた。私も手を引かれて起き上がり、暗く沈んだ表情の彼の前で正座する。
「ちぃと離れたくないんだ……アメリカ、行きたくない」
私の両手を握った洸くんは、泣きそうな顔で少しだけ震えている。膝立ちになって、私は洸くんの頭をぎゅっと抱えて頬を寄せた。洸くんの手が背中へ回り、隙間を埋めるように抱き締められる。
「私の所為で洸くんが夢を諦めるのは、いやだな」
「だけど! 行ったら最低四年はまともに会えなくなる!」
「電話するよ。休みには会いにも行く」
「足りない! 俺は足りないんだ! ちぃがオーストリアにいた時だってすごく、辛かった……」
知らなかった。私が呑気にオーストリア生活を満喫していた間、洸くんがこんなにも私を想ってくれていただなんて。……でもね、一時の感情で重大な道の選択を変えちゃうのはダメだと思うの。
「我慢だよ。お勉強頑張って、洸くんが戻ってくるの、私は待つよ?」
囁くように告げた私の腕から逃げ出して、洸くんは不機嫌そうに顔を歪めた。
「ちぃは大人で、余裕だね。ねぇ……今すぐにでも溶け合っちゃったらこの不安は無くなるかな?」
狼化した洸くんがのし掛かるように身を寄せて来て、再びベッドへ押し倒された私が浮かべたのは苦い笑み。
「ダメだよ。それはただ虚しくなるだけで不安は消えないよ? いい子でお勉強してきた時のご褒美に取っておいてあげる」
にこっと笑って、触れるだけのキスをした。体の内に溜まったものを全て吐き出すような大きな溜息を吐いた洸くんが、べたりと力を抜いて体重を預けてくる。
「前世の記憶があるって、やっぱりそんなに大人なの? 俺の方が年上のはずなのに……俺ばっか余裕無くて、悔しい」
「まぁ、色々経験した記憶があるしね。――私も、洸くんにこうやって抱き締めてもらえなくなるの、ほんとは寂しい。だから早く帰って来てね?」
「ちぃ、それずるいよ」
今度は優しいキスを交わし、顔を見合わせた私達は同時に笑った。
*
アメリカの大学は九月からだけどギリギリまで日本にいたらさみしくて行けなくなっちゃうからと言って、四月になるとすぐ、洸くんは飛行機に乗って行っちゃった。でもお見送りの時、私の大好きな甘くて優しい顔で笑ってくれたんだ。
「ちぃ。これは俺の代わり。ずっと付けていて? 帰って来たらちぃの全部をもらうから」
洸くんが私の首に付けたネックレスには、シンプルなシルバーリングがぶら下がっていた。洸くんの左手薬指にはそれとお揃いの指輪がはめられている。洸くんの気の早さに笑っちゃったけど待っている事を約束して、いってらっしゃいのキス。名残惜しそうに何度も振り返りながらゲートの向こうへ消えた洸くんの背中を見送って、さみしくて、私は泣いた。それでもお別れじゃない。だから、私が彼におかえりと迎えられた空港で今度は私が、旅立つ彼を送り出したんだ。
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