2-3:二章 半径0センチの沈黙

「そんなわけで、改めまして自己紹介です。

北原真央、十八歳。

身長155センチ、体重は……秘密です。

趣味は絵を描くことで、あ、デザイン系の専門学校に通って絵本を描いてます。

家族構成は父母姉に弟の五人家族ですね。

でもいまは一人暮らししてます。

休日の過ごし方は絵本かゴロゴロしてるかバイトかストーキングです。


バイトは久瀬さんも知っての通り居酒屋ですね。

あれはまさに運命だと思うんですけど、久瀬さんはどう思いました?」

「死ぬかと思った」

「わあ! そんなに嬉しかったんですか、光栄です」


「そんなことより昔のエピソードとか話してくれ。危険度を測りたい」

 これだけぶっ飛んだ奴だ。さぞかし頭の悪い昔話があるに違いない。


「昔は……そうですね、大人しい方でしたよ。

クラスの隅で本ばっかり読んでる感じです」

「何がどうあったらそこまで退化できるんだ」

 そのままでいてくれりゃよかったのに。どうして内気な文学少女からパンツを漁るまでの行動力を手にしてしまったんだ。

両親も育成失敗と嘆いてるぞ。


「いえ、期待されるような面白いエピソードや劇的なことは何もありません。

ただ、友達とかいなかったりで、ほんのちょっぴりだけ自分を主張してみたくなって。未成年の主張です」

 過激すぎるわ。若けりゃストーカーが許されるってわけじゃねえんだぞ。


「って言うと、もしかして絵本描き始めたのも最近なのか」

「まだ一年くらいです。元々絵は好きでしたけど、恥ずかしくて表に出せなくて」

 こいつにも恥じらいという感情があったのか。

いや、そういえば言ってたな。声をかけられなかったって。むしろ内気だからこその行動力ってわけか。厄介この上ない。


「それで専門学校って、色々と大丈夫かよ。親は」

「もちろん大反対でしたよ。大学じゃないとお金は出さないって。お陰ですっからかんです」

 そう笑って言い、真央はガラケーを見せつける。

なるほど、スマホじゃないのは月額料金が安いからってわけだ。

読まずにスルーできるのは助かるよ。


「そういうわけでバイト生活に環境も一転、夏休みも実家には帰れないので、わたしの居場所は久瀬さんの隣だけというわけですね。納得していただけましたか?」


 絵本なぁ、大人しく家で引きこもって描いててくれればよかったのに。どうしてそこで、現実での自己主張を試みてしまうんだか。


「……あの、いまコンクールに向けて描いてるんですけど、出来上がったら読んでいただけませんか」

「いいのか」

「はい。久瀬さんには、一番に読んでもらいたいんです」

 夢を語る彼女の目は、俺のことを話すときより輝いて見えた。

ちょうど、昔の自分を見ているみたいで、随分と馬鹿らしく映った。


 目に見えて大変な日々を送っていて、別の道も腐るほどあるだろうに。絵本作家の稼ぎを知ってるんだろうか。

いや、知らない訳がない。

それでも自分から崖道を目指すんだから、やっぱりどこか外れてるに違いない。

それだけの情熱と自意識が彼女にはある。


 そして、そんななにかを持っている彼女を見て、俺は少しだけ羨ましくも思った。

 俺にはやりたいことなんてないから。


「えへへ。じゃあ次は久瀬さんの番ですよ。ほらー」

 そう言って肩を揺すりちょっかいをかけてくる。

話すのも離すのも面倒くさかったが、口だけ動かす方がマシだったので適当に喋ることにした。


「……久瀬直樹、二十歳。趣味は寝ること……以上」

「うわあ! もの凄くつまらない自己アピールでしたね。でも大丈夫です。

そんなどうしようもない久瀬さんでも、わたしは大好きですから。

そこで代わりに、わたしが久瀬さんの個人情報を漏出させちゃいますね。

ええっと、こほん。


小中学校までは帰宅部所属、高校からはオカルト研究会を自分で立ち上げて部長になっていますね。

座右の銘は『人生一度きり』、カッコいいですね。

恋愛経験は全くの0。

でもきっと大丈夫です、空っぽの方がたくさん愛を詰め込めますから。

なんとかなります」


「…………」

 どうやって調べたんだコイツは。


 いくらストーキングを繰り返してきたとはいえ、こんなくだらない情報まで知り尽くしているとは。

なにが彼女をここまで駆り立てるんだ。それとも愛か、愛ってやつなのか。


「それと、家族構成についてですが」

「なぁ、真央」

「はい、なんでしょう?」

「全部一人で調べたのか?」

「もちろんです。探偵を雇うお金などわたしにはありませんから」

 重要なのはおそらくそこではない。


「愛があれば人間大抵のことはできるものなのですよ」

「あぁそう……」

 思いっきり個人情報保護法に触れているような気もしたが、もういいや面倒くさい。今さら気にしたところでもう遅いのだ。


「久瀬さんは背後から視線を感じるようなことはなかったでしょう、そうでしょう。

わたしは尾行に関するあらゆる知識を得ることで、もはやプロ級のテクニックでストーキングをすることが可能なのです。

それはもう素人なんかには判断できないのです」

「なんで自信満々なんだよ……」


 けれど、なにかが引っかかった。なんだかついさっき似たような話をした気がする。


 探偵、尾行、ストーキング……


「あ」


 点が繋がり線になる。

そうか、こんな偶然もあるもんだな。


 さすがにやり過ぎか? いいや、判断するのはどうせ俺じゃない。

 それに面白くなりそうだ。暇潰しにはちょうどいい。


 他人の修羅場に首を突っ込むよりくだらなくて最高なことなんて他にあるか。


「真央、お前に頼みたいことがあるんだ」

「久瀬さんの頼みならなんでもしますよ。AからCまでばっちりです! どんとこいです」

 目を瞑るな、唇をすぼめるな、近寄るな暑苦しい。


 夜の公園は静かだった。涼しげな空気を吸い、一呼吸置いて言う。


「ストーカーをやって欲しい」

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