1-4:一章 俺の全裸を覗くな
翌日、俺は桜井の家で酒盛りをしていた。
一応今のところ背後から視線を感じるようなことはない。
もっとも、これまでも尾行をやっていたのなら、俺は全く気づいていなかったのだ、今も気づけていないだけかもしれない。
とりあえずはこれまで通り、なんの変哲もない普通の日常だ。
という訳で昨日の美少女ストーカー告白事件について事細かく話してやる。
「……でな、つまりはそういうことなんだよ」
「つまらん妄想だな」
一刀両断である。
「これが嘘をつく人間の目か、よく見ろ、澄み渡ってるだろうが」
「釣られて三日目のアンコウの目の濁り方だな」
あの後、あらゆる思考を放棄し寝て、起きて冷静になり、貴重品が盗まれていないか不安になって調べたりもしたが、別に物が減ったり増えたりはしていなかった。
だから通報しようにも、警察になんて言えばいいのか分からない。
『昨晩とびきりの美少女が僕のパンツを漁ってたんですよ!』
『なるほど、被害は?』
『フルチンを見られました』
『そうかい、それはよかったね』
なんて言われるのが関の山だ。あるいは頭がマジカルハッピーな人だと思われるだけだ。
しかし昨晩の出来事は現実だ。それは俺の頭がおかしくなっていない限り間違いない。
北原真央は、実在する美少女ストーカーなのだ。
「へ、羨ましいから僻んでるんだろ」
「現実味がねえんだよ。ムー大陸と同レベルだ」
ムー大陸とは一万年前に太平洋に沈んだ大陸のことであり、由緒正しきオカルト雑誌月刊ムーの名の由来でもあり、ジェームズ・チャーチワードの吐いた大嘘である。
桜井がなぜムー大陸を引き合いに出したかといえば、やはり俺の影響だろう。
入学したて、まだムーの幻想を諦めきれないでいる俺に声をかけた彼は災難だったに違いない。
死ぬ間際の蝉がうるさく鳴くかの如く、俺はオカルトを語り続けた。
それはもう三日三晩毒が抜けるまで続き、しまいには宇宙人の話をすると殴られた。
俺としてはその痛みが決定打となったのだが、中途半端な知識だけが彼に残ったのだ。
だから俺が、「まぁ仮定の話として考えてくれよ」なんて言おうものなら、呆れ顔でゲームを起動されても文句は言えないのだ。
「お前がイケメンなら宇宙人の存在確率くらいには可能性あるんだが……その顔じゃあな」
「男は顔じゃない、心だ」
「じゃあなおさらダメだ」
憎たらしいことに、こいつにはどういう理由か彼女がいる。
高校時代から付き合っていて、進学先まで同じにするラブラブ具合だ。図書館で二人が机の下で足をつつき合っているのを目撃して以来、どうしてか殺意が抑えられない。
「でもな、お前が信じようと信じまいと、俺のことを愛してやまない美少女がいるという事実は変わらないんだ。いいかげん現実を直視しようぜ」
「分かった分かった。で、いたらどうすんだ」
「そりゃあ……その……」
言葉に詰まる。そう言えば、これからどうすればいいんだ。
ストーカーだったら今後も付きまとわれ、会う機会もあるだろうに。
「な、仲良くなる」
「ストーカーで統合失調症なんだろ」
「いや、でも」
「どっちにしろマトモな女じゃねえだろ」
桜井の言うことは全くその通りだった。
ちょっとくらい名前の前に美少女がついても彼女は明らかに普通じゃない。
ましてや付き合うなんて馬鹿げた話だ。ムー大陸の妄想みたいなもんだった。
「でも……案外いいやつかもしれないだろ」
「……刺されて死んだら信じてやるよ」
……笑えねえよ。
「そんなことより、お前テストにも来ねえけどさ、単位大丈夫かよ」
桜井が作り話のような実話に飽きたのか話題を変える。ゴミみたいな話題だ。
「単位くらいなんとかなるさ」
「願望にしか聞こえねえけどな」
実際必修科目も落としている以上なんともならない訳だが、全ては心の持ちようなのだ。悲観的な考えを持ってもいい方向には決して転ばないのである。
まぁ、だからといってなんとかなるわけでもないのだが。
「明日はどうすんの」
「明日? そうだな、飯食って寝るかな」
「なんだ飲み会行かねえのか」
「飲み会?」
「サークルで連絡回ってたろ」
「………………」
「ま、行かねえならいいんだけど」
「あ、あぁ。俺はそんな世俗的なイベントには興味ないんでね」
「桃花先輩も来るぞ」
「仕方ねえなぁ!」
時間と集合場所を聞き、オフホワイトな手帳にみみっちく書き足す。
「まぁ精々頑張ってくれ」
「来ないのか?」
「遥とデート」
桜井はそう言ってゲームの音量を上げた。
五杯目の酒を飲もうと顎を上げ天井を見た。文目がぐにょぐにょに曲がりくねっていた。
ふと窓の外が覗けた。
梅雨は明けたというのに嫌味ったらしく雨が降っていた。
雨粒の一つ一つがベランダの笠木天端に跳ね飛ぶ。
聞き慣れない変な音。
画面の中で爆発音が鳴り響く。
世界が随分回転していた。
頭が痛かった。
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