ビジネス百合でJKを買っちゃうMな寂しがりやのお姉さんと、そのお姉さんをドロドロに落とす小悪魔ナマイキ系JKのおねJK百合(微エロ)


 ビジネス百合。わたしがやっているのはそういうものだ。


 夜の八時。晩ごはんを食べた後に呼び出されたのは、駅前のファミレス。すでに相手は待っていて、わたしは「待ち合わせなんで」と店員さんに断ってから席につく。


「あ……」と対面のわたしに気づいたお姉さんが、顔を上げた。


 お姉さんは黒髪を後ろでまとめて、スーツじゃないんだけど固めの服装。いかにも仕事帰りですという雰囲気を醸し出している。薄化粧で顔立ちを整えているから美人モードなんだけど、すっぴんはたぶんかわいい系。で、恋人ができたら依存しちゃうタイプ。これは間違いなく。


 不器用で、人付き合いがニガテで、笑顔がぎこちない。そんな美人のお姉さん。そんなお姉さんだから、わたしのオモチャになっちゃうんだよ。


 わたしは来てそうそう態度の悪い子を演出するために、テーブルに頬杖をついた。


「お姉さん、どーしてファミレスなんですかぁ?」


 できるだけ甘く、馬鹿っぽく話す。わざわざ年下の子を買うようなオトナは、こんなのが好きだから。


「どうして、って……。別に、場所はどこだって」

「うそだぁ」


 すっごく緊張してるのが見て取れるきれーなお姉さんに、わたしは顔を近づけた。テーブルにだらしなくべたっと上半身を預け、見上げながらささやく。


「ほんとーは、ホテル、行きたいくせに」

「そっ、そんな! そんなつもりあるわけ!」


 お姉さんはまるで怒ったように顔を赤くして、首を振った。この人はいつもそう。自分で呼び出しておいて、わたしがその欲望を逆撫でると怒る。


 それが、すっごくウケる。


「声、大きいですよ。他の人に聞こえちゃいますよ。お姉さんが買春してる……ってこと」

「……ち、違う。……だって、こうしないと、あなた、会ってくれないから」


 お姉さんは唇を閉じて、ぎゅっと眉を寄せた。その切なそうな顔に、わたしはゾクゾクする。


 やっぱり、いい。この人は──宮沢詩織(みやざき しおり)さんは、いい。


「別にわたしじゃなくても、この時間なら、うちの『倶楽部』けっこう人いると思いますけど」


 ビジネス百合は、ようするにサポだ。うちの規則はカラダなしご飯だけ。同性相手に限定しているのは、罪悪感のハードルを下げるためなんだろうけど、別にそんなのどっちでも変わんないとわたしは思う。


 つまり売るわたしも、買う詩織さんも、同じぐらいクズってこと。


「私は……、別に誰でもいいってわけじゃないから」

「どういうことですか?」


 察しの悪い女を演じると、詩織さんはわたしをちらりと見て、二十代も半ばのくせに頬を赤くしながらもじもじとつぶやく。


「……キサラちゃんのことが、心配だから」


 心配。心配と来ましたか。


「なんですか、それ」


 マジなに言ってんの? 頭大丈夫? をオブラートに包む。バカにしたニュアンスは伝わらず、詩織さんはさらに恥ずかしそうに。


「だって、キサラちゃん、私が買わないと……他の人とこういうこと、するんでしょ」

「まあそりゃ、お小遣い足りないですし」


 嘘だけど。貯金とかぜんぜんあるけど。


「……キサラちゃんのこと、心配だから。まだ子どもだし、目を離すと危なっかしくて、それで……」

「はあ」


 ホントになに言ってんだか。


「違いますよね?」

「え?」


 わたしはいい言葉で自分をごまかそうとしている詩織さんを、薄っぺらい笑顔を浮かべながら糾弾する。


「詩織さんは、こうしてわたしの時間を買い続けていれば、いつかワンチャンあるかもって思って、そうしているんですよね?」

「……どうしてあなたはいつも、そういう言い方しかできないの? 私は本当に、あなたのことが……」


 詩織さんは眉を下げて、なんだか泣きそうな顔でわたしを見る。


 その顔が、そそる。


「詩織さんって、女の人が好きなんですよね」

「……それが今、関係ある話?」


 わたしは空気を読まずにジンジャーエールとバナナサンデーを注文する。詩織さんは表面上はなんでもない風を取り繕って、ブラックコーヒーを頼んでいた。おっとなー。


「で、わたしのこと、どー思います? しょーじきに」

「どうって……、本当は悪い子じゃないって思ってるよ。ぜんぜんそんな風には見えないし、頭の回転だって早いし」

「そういうことじゃなくて」


 ピシャリと詩織さんの言葉をまっぷたつ。でも厳しいままだと詩織さんすぐ泣いちゃうから。手を伸ばして、詩織さんの頬を優しく撫でる。


「わたしのこと、恋愛対象として、どう、見えてます?」

「そ、そんなの……。だって、私とあなたは……」

「しょーじきに言ったら、ごほーび」


 唇を舌で舐める。


「あげますよ」


 詩織さんがごくりと喉を鳴らした。でもまだ迷ってる。ほんっとに今さら。


 この人は、彼女と別れて寂しいからって理由でわたしを買ったのが始まり。詩織さんはわたしみたいな、みせーねんが来るとは思ってなかったみたいだけど。


 でも、詩織さんが後でそのことに気づいたときには、もう手遅れ。詩織さんはどっぷりわたしにハマってしまっていた。抜け出せなくなってた。


 罪悪感をごまかすために、いっつもさっきみたいなことを言う。なにそれ、って感じ。誰がトクするの? って思う。


 ま、そこがカワイイんだけど。


「……キサラさんは、美人だよ」

「ありがとーございます」


 ニッコリと笑う。よく言われます。


「目も大きくて、肌もきれいで、背が高くてスタイルがよくて、長い髪も似合ってて……。若いし、お喋りだって面白いし……」

「詩織さん、チビですもんね。でも詩織さんは、ちっちゃくてかわいいですよ」


 褒めると、あからさまに顔が赤くなった。7つも8つの小娘に褒められて、美人のお姉さんが照れてんの。かーわいい。


「キサラさんみたいな人とプライベートに会ってたら、そんなのみんな、キサラさんのこと、好きになっちゃうと思う……」

「そーですか? でもわたし、いじわるですよ」


 わたしは運ばれてきたバナナパフェのクリームをスプーンですくって食べる。甘い。食べるわたしを、詩織さんはさっきよりも幸せそうな顔で眺めてる。


「……キサラさんは意地悪だけど、でも、別に……ヤじゃないから」

「ですよねー。詩織さん、喜んでますもんね。意地悪言われて喜ぶドMですもんね」


 ぱくり、もぐもぐ、ぱくり、もぐもぐ。てきとーに言うと、詩織さんは真っ赤になって首を振る。


「そっ、そんなことない」


 ブラックコーヒーを慌てて口につけた詩織さんは、じっとわたしを見つめている。ん? クリームでもついたかな。ミラーを取り出して見てみるけど、特になにもない。ん?


「あの……」

「はいはい?」

「その……」


 ああ。


「ごほーび、ですか」

「……う、うん。正直に、言ったよ?」


 自分から催促するとか、ちゃっかりしてる。


 おねだりするような上目遣い。まるで発情顔。


「いいですよ」


 さっきミラーを出したときに、ちゃんと回りは確認した。この席はたまに通る店員さん以外、よっぽどじゃないと覗き込めない。ま、わたしは別に見られてもいいけど。


「あーんしてあげますよ」

「あ、う……。そんなの、恥ずかしいよ。回りに人いるし……」


 本気? イマドキあーんで恥ずかしいって。処女じゃないんだから。あたしは快活に笑う。おしぼりでちゃんと手を拭いてから、と。


「遠慮しないでくださいよ、詩織さん。ごほーびですから」


 指でクリームをすくう。きょとんとする詩織さんに向かって、人差し指を差し出した。


「ほら、あーん」

「……え?」


 詩織さんの顔がさっと青ざめた。あたしは笑みを緩めずに、なお強く言う。


「あーん、ですよ、詩織さん」

「む、無理無理。だってそんな、ここ、お店だし……。だめだって、キサラちゃん」


 わたしはすっと目を細めた。声にドスを利かせる。


「ああ、いらないんですか、ごほーび。ふうん。別にいいですけど。いらないんだ。せっかくあげようとしたのに、ごほーび。あっそ、詩織さんはわたしに興味ないんですね」

「なんで、そんな」

「いいですよ別に。でも、だったら次から呼ばないでくださいよ。わたしに興味がないのに時間だけ買うってなんの嫌がらせ? 陰険ですよ。恋人と別れた腹いせにわたしを利用するって、ひどくないです?」


 まくしたてると、美人のお姉さんが泣きそうになってふるふると首を振った。


「あ、あーんする、するから……、そんなこと、言わないでよ」

「そうですか」


 わたしはもう一度指を差し出す。今度は冷たい目を向けながら。詩織さんは辺りをきょろきょろと見回し、わたしの指に唇を近づけた。


 ちゅぱ。


「……ん……っ」


 人差し指をくわえる詩織さん。ファミレスで。女子高生の指を。大の大人が。顔を真っ赤にして舐めている。それがご褒美。人として終わってるのでは? 口元に笑みを浮かべる。


「んっ!? んっ、んんっ!」


 わたしは詩織さんのくわえてる人差し指を動かして、そのちろちろと動く舌を撫でる。詩織さんは目を見開いた。


 今度は指の背で舌を押しつぶすようにぎゅっとする。親指と一緒に唇を挟んでさすりさすり。また舌の表面をなでなで。どれもお気に召していただいたようで。発情顔はもうトロ顔になってた。


 それぜったいお姉さんみたいな人がファミレスでしちゃいけない顔だよ。エロすぎ。


 もういっぱいいっぱいで涙目になった彼女の唇から、ゆっくりと指を引き抜く。ちゅぽ……と。


「よくできました」

「……う、ん……」


 まだ夢見心地といった顔の詩織さんだけど、ぼうっとした中に明らかな喜色が浮かんでる。これでドMじゃないってよく言えたよね。誰に見栄張ってるんだか。さらけ出したら、かわいがってあげるのに。ま、いいけど。


 わたしは朗らかな笑みで立ち上がる。


「じゃあ、ちょっとトイレ行ってきますね」

「う、うん……いってらっしゃい」


 すれ違いざま、詩織さんの耳元に毒のような声を流し込む。


「……誰かさんがほんとーにわたしの指をしゃぶったから、石鹸で洗ってこないと汚いですもんね。。まったく、赤ちゃんじゃないんだから、恥ずかしすぎですよねえ?」

「え……、だ、だって……」


 言い訳なんて言わせない。そのまま歩き去る。


 ちらりと振り返ると、詩織さんは膝の上に手を置いていた。瞳が濡れている。悲しくて、ミジメで、でもそんな自分にどうせどうしようもなく興奮してるんだ。あの人はそういう人だから。つまりこれって立派な人助け。


 あーあ、わたしって優しい。トイレに入って人差し指をちろりと舐める。かるくブラックコーヒーの味がした。


 女子高生に逆らえないくせに、唾液だけ生意気。オトナの味。






「それで、いっつもわたしのこと怒るんですよ、その先生。ほんっと堅物で、ありえないですよねえ。わたし学校ではすっごくマジメにしてるのに」

「……」


 90分の時間が終わって、駅までの帰り道。わたしと詩織さんは並んで歩く。夜の繁華街。わたしたちはちょくちょくホストの客引きのお兄さんに声をかけられた。


 いくら童顔とはいえ、さすがに並んで歩けば詩織さんもわたしより年上に見えるだろう。私服のわたしはせいぜい大学生。本当は高校一年生だけど。


「目の敵にされてるんですよね、わたし。どこで聞いたのかわかんないですけど、なんかサポやってること薄々気づかれちゃってるっぽくて。素行なんてどうでもよくないですか? わたし出席もきっちりだし、勉強だって学年十位以内。おまけにクラスでの協調性は完璧。手のかからない生徒ですよ。なんなんですかね、ほんと」


 駅についたらふたりの会話はおしまい。なのに詩織さんは口を開かなかった。きょうの出来事がちょっと刺激強すぎたらしい。女子高生のなま指だからね。仕方ないね、詩織さん。


「あ、もしかしてわたし、その先生に目をつけられてるってより、狙われてるんですかね? 女子高生相手に恋愛感情抱くとか、やばくないですかその先生。うわー、ドン引きですよねー?」

「……ね、キサラちゃん」


 立ち止まった詩織さんは、わたしの袖を引く。駅につくと終わっちゃうからって、時間稼ぎのつもりかな? 本人は真剣みたいだけど。


「やっぱり、このお仕事、やめない? お金に困ってるなら、私が少しぐらい出すから」

「なんですかそれ?」


 わからないはずないけど、いちおー聞く。言葉を選んでうつむいてる詩織さんが、かわいいから。


「なにが起きるかわかんないし、危ないよ。ね、頭のいいキサラちゃんなら、わかるよね」

「お金出すって言いましたけど、たぶんもうわたしの方が貯金ありますよ。詩織さんわたしに費やしすぎですもん。詩織さんの方がお金ないんじゃないですか?」

「そっ、それは……例えば、その、アルバイトとか……」

「詩織さんのお仕事、アルバイト禁止じゃありませんでしたっけ。見つかったら怒られますよね。最悪クビになるかも。そんなリスク負うの、バカじゃないです?」

「でも……」


 論理に感情が追いついてないのがいっぱつでわかる。そんなにわたしのことが好きなんだ? 嬉しいなあ。これはほんと。ほんとに嬉しい。


 嬉しくなればなるほど、いじめたくなる。しょーがないよね。そんな子に惚れたの詩織さんの方だもんね。ごしゅーしょーさま。


「ね、詩織さん」


 わたしは腰に手を当てて、前かがみになって詩織さんの顔を覗き込む。


「ちょっと延長しません? わたしももうちょっと詩織さんとお喋りしたいんですよね」

「あ、えと……そう? えーっと……カードでも大丈夫?」

「なんでもいいですよ、その分はとりあえずわたしが払っておきますから。今度もらいます。で、行きたい場所があるんですけどぉ」

「う、うん。キサラちゃんの行きたいところなら、どこでも」

「わぁい。ありがとうございます、詩織さん」


 甘えるようにすり寄って、腕を取る。駅前の繁華街で女の子に抱きつかれて、慌ててる美人さん。わたしが無邪気にからかってるみたいに見えるかな。でもこの人、自分の愛欲のために女子高生お金で買ってるんだよ。


 わたしはそれを暴きたい。さらけ出させたい。自分の口から言わせて、泣かせて、甘えさせて、媚びさせたい。


 どうせ詩織さんも、それを望んでるんだしね。


 だからとってもやさしーわたしは、提案してあげる。


「じゃあ、行きましょうね」


 足を向けるのは、いかがわしいネオン立ち並ぶホテル街。さすがに詩織さんも気づいて、足を止めたり無駄な抵抗をする。


「あの……キサラちゃん、こっちって」

「そうですよ」


 オトナの遊び場、ラブホテル。


 わたしが引っ張ると、詩織さんはしょうがなくですよーてフリをしながらついてくる。オトナはいちいち言い訳しなきゃいけなくて、大変ですねー。


「だめだよ、だってキサラちゃん、高校生なのに。入っちゃだめなんだよ」

「ちょっと休憩するだけですってば。一回いってみたかったんです、わたし」

「だめ、だめだめ」


 詩織さんはしてほしいくせにやだやだ言う面倒な女みたいに、わたしを止めようとする。そんな美人なお姉さんに、わたしはつまんなそうに笑った。


「だったら別にいいですけど。詩織さんといかなくても、他の人といきますから」

「え……」

「いいですよ、ここでバイバイで。じゃあおやすみなさい、詩織さん。明日もお仕事がんばってくださいね。さて、お店に終わりましたよーって連絡しなきゃ」


 腕を振りほどくわたしに、詩織さんはむしろ手を掴んできた。


「そ、そんなのだめだって……。ね、お願い、キサラちゃん。私の話、聞いて。そういうのは大人になってからしよ? 興味のあるお年頃なのはわかるけど、あとちょっとの辛抱だから」

「はーいわかりましたー、おつかれさまでーす」


 歩き出そうとするのに、手を離してくんない。ちゃんとわかりましたって言ったのに、おかしくない?


 詩織さんはひたむきにわたしを見つめている。その熱っぽい視線は、わかってほしいって想いにあふれてた。胸がちょっとだけキュンと鳴る。


 もちろん、わかってますよ。だからこうして、強引に誘ってあげてるんじゃないですか。


「困るんですけど、詩織さん。どっちかに決めてくださいよ。駄々こねるばっかりじゃダメですよ、大人なんですから。ちゃんと。責任もったオトナの詩織さんが、みせーねんのあたしをラブホテルに連れてくかどうかを、ねえ?」

「……っ」


 唇を噛む詩織さん。ここまでお膳立てしてあげたわたしへのご褒美は、そのすっごく追い詰められてもうどうすればいいかわかんないぐらい頭ぐちゃぐちゃになって泣きそうな詩織さんの、その顔。


 これ以上されたら壊れちゃうよね。わかってるよ。わたしはちゃんとわかってるから。詩織さんの頭を撫でてあげる。いいんだよ、詩織さんはなんにも悪くない。


 ただ、わたしのことが好きなだけなんだよね? そんなの、どうしようもないよね。だから、すっごく優しい声を出す。


「ラブホ、いこうね。わたしを他の人と行かせるの心配だから、ちゃんと見張ってないとダメだもんね?」

「…………うん」


 詩織さんのまとうオトナが、また一枚剥がれて堕ちた。






 フロントカギを受け取って中に入る。ちっちゃな狭いエレベーターで四階にあがって、突き当たり左のお部屋。中は広くて、おっきなベッドがある。明かりがキラキラしてて、綺麗。思ったよりえっちな雰囲気はしなかった。


「へー、こうなってるんだー」

「うん。ね、もういいよね、キサラちゃん」


 それ、中見たからもう帰ろうってこと? ウケる。


 わたしは半分無視するみたいに、ベッドに倒れ込んだ。ふかふかのクッションと清潔なシーツがきもちいい。


「ね、詩織さんもこっちおいで。きもちいーですよ」

「もう、キサラちゃん、私の言うことぜんぜん聞いてくれない」

「今さらじゃないですかー。ほら、おいでおいで」


 仰向けになって両手を広げる。ほら、ベッドに寝転ぶ女子高生だよ。ここは誰も見てないよ。あなたとふたりきりだよ。手を伸ばせば、もうそこにわたしがいるんだよ。少し触るぐらい、大丈夫だよ。


 だって一緒にラブホに入ったんだもの。こんなのケーサツだって同意って言うよ。ね、詩織さんは悪くないんだよ。


 だけど詩織さんは乗ってこない。うつむいたまま、淀んだ声を出す。


「……ねえ、キサラちゃん。どうしてキサラちゃんはこんなことするの?」

「なんですかーそれ」

「だってこんな……。私を振り回して、楽しいの? 私は……楽しくないよ」


 あらら、ぐずっちゃった。


 詩織ちゃん、疲れてるんでちゅね。きょうもお仕事がんばってきまちたもんね。


 いいんでちゅよ。詩織ちゃんは立派なオトナだけど赤ちゃんでちゅからね。今、キサラままがいいこいいこしてあげまちゅからね。


「わたし、詩織さんのこと好きですよ」

「……」


 立ち上がる。両手で包み込むようにして、詩織さんの手を握った。少し引いて、ベッドサイドに並んで腰掛ける。


 詩織さんの頭をなでなで、なでなで。ほら、きもちいいですよね。キサラままのおてて、あんしんしますよね。


 わたしみたいな若くてかわいい女の子が大好きな詩織さんには、たまらないですよね。天国、ですよね。


「本当ですよ。わたし、意地悪は言いますけど、嘘はつかないですよね? 詩織さんのこと、かわいいと思ってるんですよ」

「でも、そんな……キサラちゃんのほうが、ずっとかわいいのに」

「わたしがどんなにかわいくても、詩織ちゃんのことをかわいいって思うのは自由じゃないですか。ほら、その証拠に抱きしめてあげますよ。ぎゅー」


 体中で右腕に抱きつく。ね、機嫌直ってきたね。ほっぺた赤くなってきたもんね。


 いいんだよ、難しいことも、余計なことも考えないで。すぐに落ちちゃったらつまらないけど、それもわたしに任せて。好きにしてあげる。


「だったら、どうしてそんなに意地悪ばっかり言うの……? 私、キサラちゃんのこと、わかんないよ」

「詩織さんのこと、好きだからに決まっているじゃないですか。好きでもない人と、ラブホに来たがるわけないですって」

「当てつけるみたいに言ったり、人前で恥ずかしいことさせたり……」

「好きだから、ですよ。詩織さんのこと、好きだからです」


 好きです、の言葉に詩織さんはビクッと体を震わせた。好きなんて言われ慣れてないから、怖いんだよね。疑っちゃうよね。


 詩織さんはわたしから離れようとするけど、わたしはその腕を抱きしめたまま逃さない。逃がすわけないじゃん。ホテル連れ込んだってのに。


 大丈夫だよ。耳に唇を近づけて、何度も繰り返し言うから。ほら、脳が溶けるまで、何度も。甘やかしてあげる。


「好きなんですよ、詩織さんのこと。好きです。好きですよ。初めて会ったときからずっと、この人いいなって思ってました」


 女子高生の胸元に抱かれながら、上目遣いでわたしを見上げる美人のお姉さん。それは騙されてるんじゃないかと不安に思ってるくせに、でもその言葉にすがりつきたい弱々しいものだった。


「……どうして、そんなこと言うの?」


 全部、本当だからに決まっているじゃないですか。


 ──だってあんな出会い、面白すぎですもん。


「ねえ、詩織さん。覚えていますか、わたしたちの、出会い」

「もちろん、覚えてるよ」

「じゃあ、仕方ないですよね。わたしが詩織さんのこと、好きになっちゃうの。あんな出会いだったら」

「……キサラちゃんの言っていること、わかんないよ。ぜんぜん、わかんない」


 頭で考えてるから、そういう風に否定から入っちゃうんだね。そうだよね、立場的にそう言わなきゃいけないもんね。かわいそうで、かわいい詩織さん。


 わたしは詩織さんの膝を撫でる。歩くように指を這わせ、少しずつ詩織さんの体をあがってゆく。腿からスカートへ。その手をワイシャツの中に入れる。「ん……あっ……だめ……」と詩織さんは声を漏らす。


「詩織さん、おっぱい大きいですよねえ……。こんなところだけ、しっかりオトナなんですよねえ」

「そんなの、ダメ、ダメだってば……」


 ちょっと間を空けちゃうとよくないこと考える詩織さんも、迫られればこの通り。お腹を見せて服従する猫になっちゃう。


 いいよ、かわいがってあげる。でもね、ぜんぶはダーメ。最後の一枚だけは、ちゃんと自分で脱いでくれなきゃ。わたしはそれが見たいんだから。


「本当に嫌だったら、突き飛ばしてくれて構いませんよ。でも、抵抗しないんだったら、そのまましちゃいますからね」

「……ダメ、キサラちゃん……。そんなの、だって、私と、キサラちゃんは……」

「ええ、そうですよね」


 体勢を入れ替え、詩織さんを下に敷く。押し倒された詩織さんの顔は上気していて、熱っぽい目がわたしを見上げる。


 彼女の胸に手を当てたまま、わたしはもう片方の手で自分の唇を撫でる。


「いけないことですよねぇ、こんなの、ぜったいに……ね、せーんせ?」




 ***




『香坂(こうさか)さん、今帰り?』

『あ、はい、そうですけど』

『ごめんなさい、ちょっと手伝ってもらっていい? 今からクラスで配るプリントを作るんだけど、運ぶの手伝ってほしくて』

『いいですよー』

『ふふ、ありがとね。香坂さんが委員長で、本当に助かるわ』

『いえいえ、宮崎先生こそ真面目で一生懸命で、生徒たちからの好感度高いですよー』


 学校のわたしは優等生。校則遵守の髪型で、ニコニコと笑っている。先生のウケはよくて、要領がいいからクラスメイトからも信頼されてる。


 ようするになんでも人付き合い。立ち回り次第。退屈な学校生活。


 生徒と向き合う真面目な自分を演じるこの先生も、退屈な人だった。


『それじゃあ、さようならです。宮崎先生』

『ええ、気をつけて帰ってね』


 だから、サポを始めた。別に理由なんてない。お金はあればあるだけ嬉しいけど、困ってないし。


 わたしは皮を被って生きてる人たちの、ほんとうの顔が見たかった。浅瀬でちゃぷちゃぷと水遊びするみたいな会話は、もうたくさん。底に沈んだその薄汚い宝物を、わたしに差し出してよ。


 そこで、出会った。


『え──』


 何人か目に会ったその人は、綺麗な女の人だった。そしてわたしの前で絶句していた。


『ど、どうして』


 事前にメールでやり取りをしていたその女性は、最近彼女と別れたばかりだという。ずっと片思いして告白して、念願かなって付き合ってくれた彼女だけど、結局合わないって言われてフレれた、とか。


 そのことをずっと引きずってて、毎日寂しそうにしてることがメールの文面からもたくさん伝わる。かまってほしい、あいしてほしい、イジめてほしい。そう叫ぶようなメールが、毎日、毎日。


 だから一緒に会ってくれると嬉しいです。さみしいから遊んでください。一緒にお食事でも……。そんないじらしくも丁寧な文面だった。


 オトナのオンナの人にかしずかれるのは好きだ。彼女たちがみっともなく欲情してる姿に、わたしは欲情するから。だからまあ、会ってあげてもいいかな、と思ったんだよね。


『どうして……香坂さんが……?』


 さすがのわたしもびっくり。そんなことってあるんだね。


 駅前に立って待っていたのは、先生だった。学校じゃ絶対に見せない、オンナの格好をした先生。自分をよく見せようと着飾って、かわいくお化粧して、わたしのために爪を整えた先生。


 こんなの、やばすぎ。


 わたしは、優等生の仮面を剥ぎ取って、ニッコリと笑った。


『へえ……宮崎先生だったんですねぇ。わたしと会うのがすっごく楽しみで、どきどきしてるってメールで言ってくれたのは……。ね、どうですか? わたし、先生のご期待に添えます?』

『あ、あの……えと……』


 面白いぐらいにキョドってる先生の手を引く。彼女は『あっ……』と声を漏らした。そこでわたしを振り払えばよかったのに、できなかったのがすべての始まりで、そして終わり。


『それじゃあ、手始めにどこ行きましょうか。ねえ、詩織さん?』


 詩織さんとわたしのヒミツの関係が、それから始まった。



 会った翌日、せんせに放課後、呼び出された。


『あのね、香坂さん……。香坂さんのアルバイトのことなんだけど、ああいうのってよくないと思うの』


 教師みたいな顔をして説教をしてくる詩織さん。だったらどうして昨日、わたしに手を握ってもらって、あんなに嬉しそうな顔をしちゃってたの?


 言ってることとやってることが裏腹。顔では清楚なフリして、腹の中ではドロッドロの性欲抱えてるくせに。ほんっとおかしい。


『それ、先生としての言葉ですよねぇ?』

『え? う、うん……そうだけど』

『だったら別にどうでもいいじゃないですかぁ? アルバイトは校則違反でもないんでもないですしぃ。それにあのおシゴト、ただご飯食べにいくだけなんでぇ、ぜんぜんケンゼンなんですけどぉ?』

『香坂さん、その、喋り方……?』

『それじゃあ失礼しますねぇ、さようならぁ』


 面食らう詩織さんの横を通り過ぎて、生徒指導室を出てゆく。少しも優しくなんてしてあげない。生徒から冷たくされるのはつらいだろうけど、でも、違うよね? だって詩織さんにとって、わたしはもうトクベツなんだから。


 トクベツなわたしには冷たくされても、構ってもらえるだけで幸せ。ううん、むしろ構ってもらえるなら、優しくされるより、冷たくされたい……そんな人だよね、詩織さんは。


 背中に突き刺さるような熱っぽい視線。ちゃんと感じていたんだから。ダメだよ、誰も見てないからって、教師がそんな目をしちゃ。


 わたしが……昂ぶっちゃうじゃん。




 ***




 ラブホのベッドに押し倒された詩織さんは、潤んだ瞳でわたしを見上げている。食べて食べて、って訴えるような子羊の目。


 ダメダメ言いながら、ここまでされるとなにも抵抗できない。オトナのくせに、学校の先生のくせに、お金でわたしを買ったくせに。ほんっとに情けないダメ人間。


「ぷっ……」


 詩織さんを見下ろしながら、わたしは吹き出した。口元に手を当てて、我慢しきれずに笑ってしまう。


「やだぁ、なにその気になってるんですか、せんせ。教え子に押し倒されて……。信じらんない、相手みせーねんですよ? ここラブホですよ? あーおかし、詩織さんって下半身でしかものを考えられないんですね」

「え…………?」


 すっと熱が引いてくような詩織さんの目に、わたしはもう、どうにかなっちゃういそう。


 起き上がろうとした詩織さんの上にのしかかり、頬を撫でる。自らの小指の先を舐め、その指で詩織さんの唇をつつく。


「いいですよ、してあげますよ、詩織さんの好きなこと。してほしいこと。ぜんぶ、ぜんぶしてあげます。でもね、認めてくださいね? 自分は教え子に欲情するようないやらしいオンナだってこと」

「そんな、そんなこと、ないっ……」

「ウソ。守らなきゃいけないはずの生徒だからこそ、余計に燃え上がってたんですよね。わたし、せんせのことわかってるんですよ。たまらない背徳感を自制して、自制して、もう脳みそぐっちょぐちょ。わたしにもてあそばれるたびに、やりきれなさで気持ちいいんですよね」


 そのまま、口づけをした。


「──っ!?」


 舌を絡めるキス。おさわり禁止、接触禁止のバイトだから、これはわたしのプライベート。わたし自身が望んだキス。客とビジネスじゃない、先生と生徒じゃない、オンナとオンナの、やらしいだけのキス。


「そんな、こんなの、キサラちゃん……。私は、教師なのに……」

「キス、またしてほしいですか?」


 額と額をくっつけて、頭蓋骨に叩き込むようにささやく。あう……と詩織さんは息を呑む。


「……ダメ……」

「次にダメって言ったら、もうぜったいしてあげないから」

「っ……」


 あえぐようにぱくぱくと息を吸う詩織さんは、引くことも進むこともできずに立ちすくむようだ。


「ねえ、詩織。寂しいんですよね? 学校であんなにがんばってるのに、プライベートはなんにもなし。好きだった人に振り向いてもらえなくて、悲しかったんですよね? いいんですよ、わたしは詩織のこと、好きですから……。生徒とか先生とか関係なし。ほら、甘えちゃいましょうよ。詩織」


 もはや呼び捨てにされても、詩織に抵抗する術はなかった。詩織は目をそらし、諦めたようにベッドに横たわる。もう好きにしてほしいと、心が折れたような顔。


 ダメなんですよ、それじゃあ。


「詩織。なにをしてほしいですか? ほら、言ってくださいよ」

「……それだけは……」


 蚊の鳴くような声を出す弱々しい詩織の耳をさする。ふぅ、と熱い息を吹きかける。震える詩織のスカートの中へと手を伸ばす。


「ね、なにをしてほしいの? 言ってよ、詩織……、ほら、言いなさい、詩織」

「やだ……、恥ずかしい……」


 もう心だって堕ちきってるくせに。


「私は……キサラちゃんに……」

「うん、なぁに?」


 剥がれる。詩織の最後の一枚が。


 今この瞬間、彼女はさらけ出される。


 欲望の沼へと、沈んでゆく。


「……抱いて、ほしい……」


 沈んだ。


「優しく、キスして……。いじめないで、優しくして……。ごめんなさい、こんな先生で……。私ね、キサラちゃんのこと、好きなの……。ずっと前から、いいなって思ってて……。でも、私先生だから、ダメだから……」


 わたしはたまらない笑顔で、詩織の頭を撫でる。


「私はキサラちゃんと違って、スタイルもよくないし、それに年上だし……。キサラちゃんを好きになっちゃ、ダメだって、ずっと思ってて……。だから、キサラちゃんが好きって言ってくれて、すごく嬉しかったの……。嬉しかったのに、私、こんな私だから、素直になれなくて……ごめんなさい……」


 まるで泣きじゃくる子どものようだ。わたしに組み敷かれて顔を真っ赤にして弱音をこぼす詩織は、もうぜんぶわたしのものだった。


「ね、キサラちゃん……。いっぱい抱いて……、私のこと、たくさん触って、キスして……。キサラちゃんに優しくされたいの……。キサラちゃんに、撫でられるの好き……。触ってもらえると、幸せで、体の奥が熱くなってきて……」


 わたしは詩織の上から離れた。わたしは自分の服の裾を直し、身を起こした詩織に微笑みかける。


「いいよ、でも、きょうはダメ。もう夜も遅いから、おうち帰らなきゃ」

「え……、そ、そうなの……?」


 突然の心変わりに、詩織は不安そうな顔をしている。優しくしてほしい? やだ。ぜったいにしてあげない。だってそういうんじゃないじゃない、詩織は。もっとさらけ出してよ。いじめられるのが好きなんでしょ。


 だから。


「はじめてのラブホ、楽しかった。詩織、また明日学校でね」

「う……うん……。そう、だよね。もうこんな時間だもんね」


 遅れてうなずいた詩織に、わたしはにっこりと笑いかける。学校でまた会えるってことが、安心感に繋がってるんだよね、詩織。そうだよね。


「じゃあ、また明日ね、詩織」

「……うん。また、明日ね……」


 それでもカラダにくすぶる火は消えず、詩織は顔を赤らめたままわかったフリをする。いい子だね、詩織。ご主人様の言いつけをちゃんと守る、ワンちゃんみたい。でもね、わたしはもっと悪い子が見たいの。


 だから──。




 ***




「え? やめる?」

「はい」


 次の日の放課後。


 生徒会指導室にわたしは先生を呼び出した。そこで告げた言葉に、先生はずいぶんとショックを受けていた。まるで、裏切られたみたいに。


「だって先生、何度も何度もわたしにやめたほうがいいって言ったじゃないですか。だから、やめたんです。あんなバイト続けていたら、どんな悪い人に会うかわかったもんじゃないですもんね。。先生の説得でわたし、目が覚めました。ありがとうございます先生。わたしを心配してくれて」

「…………」


 理路整然、優等生然として話すわたしの言葉に、先生はまるで白昼夢を見ているような目をしていた。


「そう、なんだ……」


 それきり、黙り込む。その目はきっと、彼女が恋人に捨てられたときと同じ目だ。絶望に打ちひしがれていて、自分を愛してくれる人なんてこの世界にひとりもいないって思いこむような顔。


「……そうなんだ。うん、でも、それがいいよね。キサラちゃん……じゃなくて、香坂さんは、そのほうが……うん……」


 瞳があっという間に潤んでゆく。今にも泣き出しそうだ。このままなにも言わずにいれば、きっと泣くだろう。わたしの前で、さめざめと。


 やっぱり、似合うと思ったんだ。詩織には、その絶望が。


「だから、新しくまたバイトを始めることにしたんですよ」

「え?」

「サポなんかより、も~~っと……いやらしいことするバイトです。すっごく、いやらしいの。言葉に出せないような。……だいすきでしょ、せんせ? そういうの」

「な、なに……? なんなの……?」

「ふふふ」


 わたしは窓を背に立つ。どうせ詩織は逃げない。その確信があるから。それどころか、すっかり怯えちゃってる。今度はなにされるの? って。


 決まってる。もっともっと堕ちるんだよ、先生は。


「勤務時間は朝七時から夜の18時まで。平日限定で、土日祝日休みのバイト。あ、でもせんせってその時間、ずっと学校にいますよねえ? じゃあわたしのこと、買えないんですね。かーわいそー……。ううん、ひとつだけ、方法がありますよねぇ?」

「それって、どういう……まさか」


 詩織は息を呑む。わたしはシャッとカーテンを閉じた。これで生徒指導室は誰からも覗かれることはない。


「ねえ、せんせ。わたし、まだバイト始めたばかりで、なんにも予定ないんですよ。だから──」


 自分の体を抱きながら振り返る。舌なめずり。詩織は、後ずさりをした。でもその目は期待に満ちて潤んでいる。


「だ、だめ……そんなの、ぜったい……だって、こんな、学校で……。学校でなんて、無理……ぜったい、ぜったいに、無理……っ」


 そうだよ、脱いで、もっと脱いでよ先生。


 まだまだ堕ちれるでしょう、先生なら。身も心の次は、モラルを捧げてくれるよね?


「してほしいこと、昨日の続き──。ここでなら、してあげますよ──」


 わたしのビジネス百合、せんせが堕ちきるところまで付き合ってあげて、なにも考えられなくなったら、ずっとそばにいてあげるから。


 全部、さらけだそ? せーんせ♡



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