あまりにもちゅーしたい双子姉が妹に成り代わり、その恋人の美少女に手を出してイチャラブしちゃう系の短編
最近、妹の様子がおかしい。
なんか妙に髪型とか気にするようになったし、暇さえあればスマホ見ているし、スマホ見ながらニヤニヤしてるし、スマホ見ながらとろけるような笑顔を浮かべていたり、スマホに「わたしも好きだけど……」とかつぶやいていたりする。
あたしは思ったわけだ。
ハハーン、これは彼氏ができたな、と。
まあね?
こうして高校にあがった今、男子からの猛アプローチを受けて妹に春が訪れたっていうのも、わかるわかる。
お姉ちゃんのあたしに告白やラブレターのひとつもないのは、きっとあたしが高嶺の花だからだろう。
というわけで、あたしは素直に妹の
「おめでとう、由莉奈」
「え、なに?」
リビングのソファーに横になっていた由莉奈はアイスを咥えながら返事をしてきたが、その間もスマホから目を離そうとはしない。
無防備な格好をしている由莉奈は、まあ美少女だ。茶がかったボブカットはあたしと同じ美容院に通っているからの今風スタイル。胸キュンぼでぃも男好きのするめちゃモテキュート。あたしと同じ顔をしてるから鏡を見てハッ、由莉奈? かわいい……。みたいなひとり遊びだって楽しめる。
ちょっと服のセンスがダサいなって思っているけど、まあそこは愛嬌だ。
あたしは腰に手を当てて、にこやかに話しかける。
「わかってるのよ、できたんでしょ? 彼氏」
「いや……?」
「お姉ちゃんに話してごらんよ、どこまでいったの? チューはしたの? 大丈夫だよ、恥ずかしいことなんてないんだから。チューはいいよ、チューは尊い。ほら、そういうことがしたいお年頃でしょ?」
「なんなのきょうのウザ絡み……」
胸に手を当てて詰め寄るけど、由莉奈は一向に首を縦に振らない。
「だいたいそういうことしたいの、
「なんで知ってんの!? 高一の女盛りで火照った熱をひとりで鎮めてただけでしょ!? 悪いことしてないじゃん!」
「いつか近所の子どもに『ねえねえ、お姉ちゃんとチューして、チューしてくれない? ハァ、ハァ……ねえ、お小遣いあげるから、ねえ、ハァ、ハァ』みたいなこと言ったりしないでよね。わたし身内から犯罪者が出てほしくない」
「するわけないじゃん! 由莉奈ムカつくー!」
あたしは顔を真っ赤にすると、勢い良く由莉奈のスマホを奪い取った。「あー!」という悲鳴があがる。
「どんな彼氏とLINEしてたの! ほら、見せて、見せて……って、なにこの、
「わたしのクラスの友達! 恵梨香には関係ないでしょ!」
なるほど。
話している内容は、とても他愛ないものだ。
あたしはその手にスマホを突き返すと、ポンポンと由莉奈の肩を叩いた。
「大丈夫だよ、恥ずかしいことなんてないんだから、女の子同士だからってあたしは偏見の目で見たりしないよ。LGBT検定なんてしてないけど、なにが大切でなにが尊いかっていうのは、十分わかってるんだから。そう、この心がね」
「ウザぁ!」
思いっきり舌打ちとともに睨まれて、アイスの棒をゴミ箱に叩きつけると、由莉奈は自分の部屋へと帰っていってしまった。
照れ屋さんだなあ、もう。
でも、由莉奈……、もうキスとかしているのか……。
由莉奈に負けた……。お姉ちゃんなのに、負けた……。
なんかひとりになった途端に、ものすごく虚しい気持ちになってきた。どうしよう。
子供の頃の記憶が蘇る。どっちが先に結婚するか勝負だよとあたしたちは指切りげんまんをした。ふたりで幼稚園のイケメンの男の子に告白して玉砕し、抱き合いながら泣いた。パピコをふたりで分けて、男なんてもうまっぴらだぜとあの夕日に誓った。
そんな由莉奈はまっすぐにすくすくと成長し、男なんてまっぴら宣言を貫き通し、女の子の彼女をゲットしたのか……。
別に女の子かどうかはどうでもいいんだけど、羨ましい……。
あたしも誰かとチューしたい……。
は。っていうか、由莉奈がいないんじゃ、あたしこの夏、ひとりきりじゃ……?
由莉奈は彼女と毎日お出かけして、あたしはおうちでひとり。ひたすらひとりオセロを続ける。由莉奈が打ちそうな手を想定して、ひとりでオセロを……。寂しすぎないか……?
そんな高一の青春……。
には!
おさらばだ!
「ふふふ、そうはさせないよ、由莉奈……。由莉奈の幸せはあたしの幸せ……。ちょっとはお姉ちゃんにもわけてよね、由莉奈……」
あたしは部屋に帰って通販で睡眠薬を注文した。
このときはほんの出来心だったんです。本当に。
一週間後の日曜日。
「おじゃましまーす」と髪の長い美少女が玄関をくぐってきた。
その瞬間だけうちのドアが百年続く伝統のお嬢様学園の正門のように輝いて見えた気がした。ちなみに背景には百合の花が咲き誇っているやつだ。
とても女の子っぽい正統派な美少女である。千年に一度の美少女とかそれ系のあれだ。
あれが史桜ちゃんかよ……。レベル高すぎぃ……。
制服がダサいからあたしは由莉奈と同じ高校にはいかなかったんだけど、もし行ってたらあの美少女とお知り合いになれたのかと思うと、後悔が荒波のように押し寄せてくる。
由莉奈とあたしはちょっぴりギャル入っているから、ああいう子を前にするとオーラで体が硬直してしまうのだが、隣に立つ由莉奈は自然な笑顔を浮かべていた。ヘッ、恋人の余裕ですか。いいご身分ですね。
というのをあたしは今、リビングに隠れて盗み見ている。
夜な夜な隣の部屋の壁にコップをつけて盗み聞きすること一週間。史桜ちゃんを家に招く、この日を待っていたのだ。
ちなみにあたしは友達と遊びに行っておうちにはいないことになっている。
というわけで、史桜ちゃんが由莉奈の部屋にしけこんだあとで、あたしはLINEで由莉奈をリビングに呼び出した。由莉奈は面白いほど血相を変えて走ってきた。ウケる。
「きょう家にいないって言ったじゃん!」
「言った。けれど家にいないとは言っていない。なに? あたしが家にいたらまずいことでもあるの? ん? ん? ん~~~~~?」
「ウザぁ……」
あたしは肩をすくめて、はいよ、とビンを渡した。
「なにこれ」
「まむしドリンク。効くらしい」
「なんで!? 恵梨香かんちがいしすぎだから! あたしたちそういうんじゃないんだから!」
ほれほれ、と押しつける。あたしが飲むまでここから一歩も動きませんよという仁王立ちポーズを取っていると、由莉奈は顔をしかめながらもビンを飲み干した。なんだかんだでノリがいい妹だ。
「まったく……。いい? 絶対入ってこないでよね恵梨香。史桜すっごい人見知りなんだからさ」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんかくし芸とかけっこう色々できるし。ほら、あなたはだんだん眠くなるー」
「それかくし芸じゃなくて、催眠術だし……」
由莉奈はその場でふらつく。
「っていうか、本当に眠くなって」
「うん」
あたしは倒れ込む由莉奈を抱きかかえる。
由莉奈はすでに寝息を立てていた。
さすがの即効性。医薬品じゃなくて通販で頼んだかいがあった。
「すまんな! 由莉奈! お姉ちゃんも一度ぐらいチューしたいんだ!」
あとは由莉奈の服を脱がして着せ替え、髪型をちょちょっと整えるだけ。
鏡を覗けば、そこには完璧に擬態したあたしが立っていた。
「似てる……。一卵性双生児といえど、ここまでとは……」
代わりにあたしの服を着せた由莉奈をリビングのソファーに転がす。両手を合わせて拝むと「ころす……ころす……」という寝息が聞こえてきた。怖かったので聞かなかったことにする。
「ごめんね、由莉奈……。代わりにあたしが彼氏か彼女できたら、一度ぐらいはちゅーさせてあげるから……。ふふ、くふふふ……」
やばい、笑いが止まらない。
我ながら最低なことをしている自覚はあったが、それ以上にあんなにきれいな子と初ちゅーができるなんて、それはもう、なんか、たまらない!
「最高の夏がやってきたわ……」
二階への階段をのぼり、由莉奈の部屋へと向かう。
しかし、N極に近づくN極のように、距離が縮まるごとに足取りがめっちゃ重くなってきた。
心臓がバクバクいってる。
うわあ、やばい。あたしめっちゃ緊張してる。ヘンな汗かいてるし。
だんだんと理性が警鐘を鳴らし始めてきた。
生来のビビリでヘタレな部分が全面に浮上してくる。
えっ、あたしがあんな美少女と、ちゅー? 本気? 無理じゃない? あたし前世でそんなに徳積んでなくない?
ドアの前に立つあたしは深呼吸を繰り返すものの、しかし生まれて初めて夜にやってるちょっとエッチなテレビを見てるときのように、一向に動悸が収まってくれない。
あ、だめだ、これ無理。
妹になりすますとか無理無理。あれだ。夜に思いついて書き綴ったポエムを朝に読み返した気分だ。冷静になろう。ここで回れ右して戻って意識の失った由莉奈を担いできたほうがいい。そうしよう──。
ドアが開いた。
は。
史桜ちゃんの大きな黒い瞳が、あたしを映し出していた。
見つめ合っていた時間は一秒にも満たなかっただろうけど、あたしにとっては一分以上に思えた。
にこっと史桜ちゃんが微笑む。
「どしたの? 由莉奈ちゃん、ドアの前に立って」
「あ、いや」
咳払いをする。
「ごめんねー、ちょっとドアの開け方忘れちゃってー」
「え? ……大丈夫? ノブ回すだけだよ。ちょっとやってみる?」
「いえ、大丈夫です」
思った以上に心配されて、あたしはずるずると中に入る。
はい。
由莉奈の部屋で、史桜ちゃんとなし崩し的にふたりきり。
雑誌に出てくるモデルが着るような夏のコーディネートがばっちり決まった史桜ちゃんは、硬直するあたしに小首を傾げる。
「由莉奈ちゃん、そんなに私を見て、どうかした?」
「あっ、いえ……、び、美人だなあと思いまして」
「えー? へんな由莉奈ちゃん」
くすくすと笑う史桜ちゃん。あたしの目はその桜色リップに釘付けになっていた。ガムテープを力づくで剥がすように顔を背ける。
「あっ、そ、そうだ、オセロ、ねえオセロやろ、ほら」
由莉奈の部屋の隅っこに転がっているオセロをもってきたのに、史桜ちゃんは「よしやろうぜ! 絶対に負けないぜ!」みたいなテンションにはなってくれなかった。想定外だ。
それどころか。
史桜ちゃんはくすりと笑ってこちらにちょっとだけ近づいてきて。
「オセロもいいけど、ね? ふたりっきりになったんだよ」
「え!? あ、はい、そうですね!」
ひゃあ!
史桜ちゃんの手があたしの手に! 柔らかい! すべすべ!
「それとも……」
あわわわわ。
史桜ちゃんの顔があたしに迫ってくる。
「きょうは、しないの?」
急展開すぎる。えっ、なに、世の中のカップルはこんな日常を送っているの? そこに経験値ゼロのあたしが放り込まれて、自分の無力さを知るの?
せめてこのまま史桜ちゃんがチューをしてくれたらなにかを考える余裕もなかったんだろうけど、史桜ちゃんはあたしのすぐ目の前で止まった。
「……ね、由莉奈ちゃん?」
いつも由莉奈がしているような、あのとろける笑みに似たものがすぐそこにある。そうか、これは恋人にキスをねだる顔だったんだな、と理解する。
あたしはぎくしゃくとした動きで史桜ちゃんの肩を掴んだ。ごくりと生唾を飲み込む。
史桜ちゃんがまた微笑む。
「どうしたの? 由莉奈ちゃん。いつも由莉奈ちゃんからしてくれてるよね?」
「……う、うん」
「きょうは、しないの? 由莉奈ちゃんになら、なにをされてもいいよ、私」
一言一句があたしの頭を揺らす。
こんなのテレビの中や漫画の中だけの出来事だと思っていた。
でも違う。史桜ちゃんはあたしの前にいる。すごくいい匂いがするし。
「由莉奈ちゃんがしたいなら、していいんだよ、いつもみたいに」
そんな莉緒ちゃんは艶やかに、頬を染めながら。
「もっと、……いやらしいことだって」
「──」
頭の中がスパークする。
由莉奈は、もっといやらしいことを、この子としてるのか……。
在りし日の思い出が一瞬で通り過ぎてゆく。それは走馬灯のようで、あたしの胸はなぜだかほんのちょっぴりチクッと傷んだ。
初めて子どもの作り方を知ったときのような、生々しいものに触れるような感覚。
しかしそれは。
ひどく、興奮する。
由莉奈が、この子と、いやらしいことをしたんだ。
街を歩けば誰もが振り返るような美少女の史桜ちゃんの知らない顔を由莉奈が知っている。由莉奈の知らない顔も、史桜ちゃんは同じように。
やばい。
自分がだめになりそう。っていうか、もうとっくにあたしはだめになっているんだけどそれはそうとして。本格的にだめになりそうだ。
「史桜ちゃん……」
「……んっ」
キスをし慣れているのか、自分で首の角度を調節した史桜ちゃんに、あたしは覆いかぶさるようにしてちゅーをした。
生まれて初めてのちゅー。
柔らかくて、甘くて、きもちいい。
お互いの体の境界が曖昧になるような、ふわふわとした感覚。
だけどそれは、一度食べればお腹いっぱいになるパフェのようなものじゃなくて。
飲んでも飲んでも次が欲しくなる、禁断の甘い蜜だった。
やばい。
「史桜ちゃん……史桜ちゃん……」
「んっ……あぁ……」
あたしは何度も史桜ちゃんにキスをした。史桜ちゃんはされるがままで、あたしの腕の中で仔猫のような声を漏らす。
「あっ……んっ……」
熱が体内を循環して、興奮は高まり続ける。
史桜ちゃんのくちびるをあたしだけのものにしたい。身勝手な欲求が突如として湧き上がる。
罪悪感を背徳感で割ってシェイクしたカクテルの味は、高一のあたしには早すぎたかもしれない。後悔がわずかによぎりながらも、目前の中毒的なきもちよさをもっともっと味わいたくて、とまらない。
視界の端にテーブルの上に置かれたオセロが見えて、あたしはなぜだか苛立った。
あたしがひとりでオセロをしている間に、妹はこんな楽しくて、きもちいいことをしていたんだ。
ずるい。
ぎゅっと史桜ちゃんを抱きしめる。
彼女の体は柔らかくて、まるで別の生き物のようだった。人に愛されるために生まれたみたいだ。
「史桜ちゃん」
「……ふふ」
くすりと史桜ちゃんが、あたしの目を見つめながらブラウスの胸元のボタンをひとつ外した。
「いやらしいこと、したい?」
「それは」
由莉奈に悪い、という気持ちがほんの少しよぎって。
「したいんだったら、
悪魔の誘惑って、こんな感じなんだろうか。
「……うん」
あたしは史桜ちゃんのボタンに指をかける。
下で由莉奈の服を脱がせたときは、せいぜい羊のウールを刈ってやったぐらいの気持ちだったんだけど、今はぜんぜん違う。
指先が震えるぐらい興奮している。
「ね、由莉奈ちゃん」
「な、なに?」
なにか不手際があったんだろうかと顔をあげると。
「私のこと……好き、です?」
「え」
面食らったような気分になる。
それは……。
もちろん史桜ちゃんはすごい美少女で、そりゃ誰でも好きになるだろうけど……。でも、たぶんそういうことじゃない。
史桜ちゃんはちょっとだけ心配そうな顔になった後、あたしの手のひらに手を重ねた。
「……覚えてる? 初めて会ったときのこと」
「えっと……」
「入学式の日、電車で見たんだよ。双子の姉妹さんと一緒に乗ってたよね?」
「あ、ああ」
そういえば覚えてる。あたしと由莉奈は違う高校だけど途中まで同じ電車に乗ってるから、そこで目撃されたんだろう。
「姉妹でふたりしておばあちゃんに席を譲ってて。へんなのって思ったの。でもそしたら、お姉ちゃんが由莉奈ちゃんに『あたしはお姉ちゃんだから大丈夫だよ、由莉奈座りなよ』って言ってて。双子なのに、おかしくて」
由莉奈には上下関係をたびたびわからせる必要があるからな……。
無邪気に笑う史桜ちゃんは、あたしをじっと見て。
「あの日からね、なんとなく……気になってたんだよ」
「そ、そうだったんだ。ごめん、気づかなくて」
「ううん、いいの。私もあんなお姉ちゃんいたら、毎日楽しそうだな、って思っただけだから」
史桜ちゃんはゴロンと横になると、あたしの膝に頭を乗っけてきた。長い髪の毛がふとももを撫でてこそばゆい。
下から覗き込む史桜ちゃんはあたしの手を取ると、自分の胸に当てた。ブラウス越しにブラジャーの感触が伝わる。ひえ。
「私、ホントはすごくドキドキしてるの……」
「う、うん。あたしも」
史桜ちゃんの顔は真っ赤で、布越しにも、その心臓の音が響いてきそうだった。
なんとなく、このままいやらしいことになだれ込もうという気持ちはなくなってしまっていた。
あたしは軽く史桜ちゃんの唇にちゅーをして、その頬を撫でる。
「あのさ、史桜ちゃん」
「なぁに?」
うっ……。
今しか史桜ちゃんといやらしいことをするチャンスがないなら、これを逃したくない。でも、このまま史桜ちゃんといやらしいことをするのも違う気がする……。
どうすれば、あたしはどうすれば……。
今さらいい子ぶんなよ! いやらしいことしたいんだろ! しろよ! 百合セックス! 百合セックス! という声がガンガン響く。あたしの中の悪魔がめっちゃ優勢な上に、天使は出てきてくれなかった。
とりあえず黙っているのは不自然なので、適当な言葉を続けて間を取ろう。
「えっと……その、大変申し上げにくいんですが、あのー……」
「?」
あたしが「あーうー」とうめいていると、バーンとドアが開いた。
「ちょっとお姉ちゃんさっきのドリンクになんか混ぜたでしょ──って、えええええええええー!?」
アホみたいな顔をした由莉奈が大口を空ける。
これだから通販の薬はダメだ。医薬品をもらってくればよかった。
この絶体絶命な状況を前に、あたしは乾いた笑いをあげた。
「も、問題です……。本当の広瀬由莉奈は、どちらでしょーかー……」
すると史桜ちゃんははにかんで。
迷うことなくドアの前に立つ由莉奈を差した。
「あっち」
……。
「え……」
次にアホみたいな顔をするのは、あたしの番だった。
そろそろオチが近づいてきた。
事の顛末を語ろう。
あたしたちは由莉奈の部屋で顔を突き合わせていた。
「私、前々から由莉奈ちゃんのお姉さんに会ってみたかったんです。それで由莉奈ちゃんから色々とお姉さんのことを聞いてて。あ、由莉奈ちゃんってお姉さんのこと話す時、なんだかすごく可愛い顔をするんですよ。今度写真見ます?」
「それは見るけど」
「やめろ!」
由莉奈は顔を真っ赤にして突き出したあたしの手を叩き落とす。
「遊びに来たのにお姉さんは友達と遊びに行ってるって言ってたから、ちょっとがっかりして。でも、由莉奈ちゃんは『待ってればそのうち帰ってくるよ』って言ってたから、そうだねーって。そしたらなんか、ドアの前にお姉さんが立ってて」
「バレてたんすか」
「いくら双子でもひと目でわかるでしょ」
マジかよ……。
「すごく似てたから、普通はわかんなかったと思いますよ」
史桜ちゃんが申し訳程度のフォローをしてくれた。
「え、だったら」
あたしは思いついて、由莉奈のほうをチラチラ見ながら尋ねる。
「いつも、その、……アレしてるって」
「ああ」
なんだかチューって言えなかったあたしを見て、史桜ちゃんは手を合わせて微笑んだ。
「お姉さんが私をからかおうとしているのかなって思ったから、私もお姉さんをからかってみたんです」
あたしは突っ伏した。
「死にたい……。あるいはオセロで真人間と真人間に挟まれて真人間になりたい……」
由莉奈が眉をひそめる。
「なにしてたのさ……」
「ナイショ、かな」
史桜ちゃんはあたしを見て意味深に微笑む。その笑顔はすっげー可愛かったけど、小悪魔ってこういう子のことを言うんだろうな。
わざわざあたしの隣にやってきた史桜ちゃんは、あたしに耳打ちをする。
「でも、ごめんなさい。ちょっとやりすぎちゃいましたよね」
「いや、いいんだ……。すべてはあたしの煩悩が招いた夏の過ち……」
こんなドッキリでファーストキスを捧げてしまうとは……。
きっと史桜ちゃんは遊び慣れているんだろうなー……。そりゃこんなに可愛いんだしなー……。あーもう、あたしのバカ……。
だけど、だ。
史桜ちゃんは頬を染めて、目を逸らしながら。
今頃になって恥ずかしくなってきちゃった、みたいな、か細い声で。
「でも実は私、ファーストキスだったんです……」
「え」
「まさかお姉さんがホントにしてくれるとは、思わなくて……。びっくりしました。ぜんぜん、嫌じゃなかったですけど……」
つ、つまり……?
由莉奈はヒソヒソ話をするあたしたちをなんだか面白くなさそうな目で見ているけど、とりあえず放置。
ドキドキする。
「今度は」
史桜ちゃんはあたしの耳朶に甘い声を。
「……本当に、いやらしいこと、しちゃいます……?」
間近で見つめた瞳は潤んでいて。
それはまるで食べられることを待っている真夏の果実のようだった。
しっかりとLINE交換したあとで、史桜ちゃんは「お邪魔しました」と帰っていった。
あたしは由莉奈とパピコをはんぶんこして分け合いながら、史桜ちゃんに早速スタンプを送る。
するとしばらく後に、何度も消しては書き直しましたーみたいなタイミングで「私、夏休みあんまり予定ないんです」という返信が。
うむ。
……うむ。
いくらニブいあたしでも、その意味はわかる。
「ね、史桜ちゃんって、誰かと付き合ったことあるのかな」
パピコひとつで機嫌を直してくれたチョロい妹は、ソファーに寝っ転がりながら。
「ないみたいだよ。高校までずっと女子校で。すごく人見知りだからあんまり友達もいなかったみたいで」
「へー」
あたしは立ち上がると、ポンポンと由莉奈の肩をたたいた。
「ごめんな、由莉奈。今年は悪いけど、ひとりオセロをやってくれ」
「なんなん!? ウザぁ!」
「今年の夏は熱くなりそうだわ」
あたしは両手を突き上げて叫んだ。
「夏、最高ー!」
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