かっこいいと思って経験豊富ぶっていた女の子がいとこのガチレズに美味しく頂かれちゃう話(2/3)

 うだるような暑さ……。

 あたしはきょう、ここで死ぬかもしれない……。


 炎天下のナス畑。あたしの手からぽとりとハサミが零れ落ちた。

 暑い。とにかく暑い。

 太陽さんが本気であたしを殺しにかかっているとしか思えない夏の日。


「あ、アリサちゃん、大丈夫!?」


 そんなことを思って突っ立っていると、柚子ゆずがこちらに駆け寄ってきた。


 なにをそんなに血相変えているんだか。

 もう、恥ずかしいから騒がないでよね。

 大丈夫だよ、ちょっと暑いだけだよ。

 あたしはへらへらと笑いながら、手を振る。


 柚子はあたしのひとつ年下、中学一年生だ。

 まだまだあどけなくて、ゼンゼン子どもっぽい。

 伸ばし始めた黒髪がなければ、男の子と間違っちゃいそうな。

 まあ、そんな子だ。


 しっかし、暑い。

 きょう一日で五億回ぐらい暑いって言った気がする。


 ああ、視界がぐらんぐらん揺らぐ。

 なんか頭痛いし。


「おかあさーん! アリサちゃんが、アリサちゃんが! 熱中症っぽいよー!」


 ぐらぐらと肩を揺すられる。

 あーうー、暑いー。


 あたしは麦わら帽子を脱いで、思いきり髪をかき上げた。

 首筋を伝う汗がぽたりと地面に落ちて、あたしはそのまま地面にぶっ倒れた。




 


 おじさんちのナス畑の収穫の手伝いに駆り出されたのは、突然だった。


 おかげで都会っ子のあたしは、友達の予定もすべてキャンセルさせられた。ドナドナされる牛のごとく、軽トラックで連れ去られたのだ。

 スマートフォンでSOSを求めたが、無駄だった。こんなときに友達は薄情だ。

 

 まあ日給五千円のアルバイトと思えば、なんとかギリギリ耐えられる。

 幸い、まだ夏休みの前半だ。

 この五日間の苦行をやり遂げることによって、あたしは金銭的にもリッチな夏休みを送ることができるのだ。

 そう思って、張り切ってナスをむしっていたんだけど――。


「あ、き、気がついた……?」

「むあ」


 女の子に顔を覗き込まれていた。

 ぱっちりとした目の上にあるまつげが、ふわふわと揺れている。

 誰だ、この美少女。


「アリサちゃん急に倒れるんだもん、びっくりしたよぉ~……」


 って、柚子じゃん。

 こんがり日焼けしているし、手足も細いし。

 でもこんなに可愛い顔していたのね。気づかなかった。

 会うのは一年ぶりだけど、ずっと女の子らしくなったじゃない。


 その柚子は洗面器とぬれタオルを手にしていた。

 ずっと看病してくれていたのかな。


「ありがと、柚子」

「ううん、アリサちゃんが目を覚ましてくれてよかった」

「大げさでしょ、ただの熱中症だよ」

「でもよかった」


 柚子はほっとして大きく息をついた。


 ここは一階の風通しがいい客間だ。

 ちりんちりんと風鈴の音が聞こえる。

 さっきよりはだいぶ涼しい。生き返るみたい。


「アリサちゃん、起きてもきょうはしばらく休んでなさいって」

「えっ、なにそれ、いいの? 労働に対する対価が報酬じゃないの?」

「う、うん、でも無理するなって。わたしも看病の付き添い」


 そっか、なんか悪いわね……。


 昼下がり、冷たい麦茶を持ってきてくれた柚子は、目をキラキラさせながらあたしの隣にやってきた。


「ねえねえ、アリサちゃん。せっかくだから、お喋りしようよ。アリサちゃんのお話、聞きたいなあ」

「んー、別にいいわよー」

「わーい」


 柚子は仔猫みたいに目を細めて、さらに体をくっつけてきた。

 まったく、いつまでたっても子どもっぽい甘えん坊ね。

 こげ茶に灼けた肌と、キャミソールの奥にある白い肌のコントラストが眩しい。

 健康っていいわね。


 っていうか、暑いから、暑いから。

 それにあたし、さっきまで汗だくだくだったんだから。あんまりそばによらないでよね。


「ねえねえ、アリサちゃんの住んでいるところって、すっごく都会なんでしょ?」

「そうよ、こないだ駅前にスターバックスカフェができたからね」

「スタバってあのスタバ!? テレビの中でしか見たことない!」

「バスだって一時間に二本も走っているのよ」

「わあ! こっちなんて一日三本しか走ってないのに!」


 柚子はこうやってあたしの都会の話をしょっちゅう聞きたがる。

 彼女も、高校生になったら都会に出るのが夢だって言っている。


「やっぱりすごいなあ、アリサちゃんは……」


 柚子は夢見るような瞳で、ぽつりとつぶやいた。

 フフン、まあね。


 あたしは明るく染めた髪を耳にかける。

 爪だって綺麗目に整えているのが、ちらりと見えるように。

 どう、女子力高いでしょ、柚子。

 努力の証よ。


 すると、柚子の瞳がわずかに濡れた輝きを帯びる。


「ねえ、あの、アリサちゃん、ボーイフレンドとかも、いるの……?」


 柚子のちょっぴり頬が赤らんでいた。

 あたしは軽く肩を竦める。

 ま、気になるお年頃ってことね。


「んー、別にあたしはそういうのめんどいかなって。ひとりの男に拘束されるのって、好きじゃないし」


 ふぁぁぁ……、と柚子は感嘆の息を漏らした。


「さっすが、アリサちゃんは大人だなあ……」

「ふふ、別に普通よ」


 ……まあ、男の子と付き合ったことなんて、ないんだけど、ね!

 でも大丈夫。

 そういう漫画とか体験談とかいっぱい読んでいるから、ね。

 うん。


 あたしの舌はとまらない。


「なんていうのかな。同い年の男の子とか、ちょっとガキっぽくてね。だから遊び相手はもっぱら大学生とかよ。あたしがTELしたら、みんな高級外車に乗って飛んでくるんだから」

「ふぁぁぁぁ……」


 柚子はキラキラとした視線で見つめてくる。


 まあ嘘なんだけど。


 でもそういうの体験談にいっぱい書いてあったし。

 だったらもうあたしが体験したみたいなことだし、ね……!

 あたしはアリサ。趣味はインターネットの記事を閲覧することだ。

 柚子には言えないけど。


 そう、柚子の前のあたし――アリサは、大人で小悪魔で男たちを手のひらで転がすかっこいい悪女なのだ。

 大事な夏の日を一日五千円でナス畑に切り売りするような、平凡な女子中学生ではないのだ!


 ていうか、なんでこんなことになったんだっけ……。

 きっかけはもう、今となっては思い出せない。あ、「キスなんて別に大したもんじゃないわ」とかそんなことを知ったかぶったからだったかな。


 それはともかく。


「……アリサちゃんは、やっぱり進んでいるなあ。たったひとつしか違わないのに、ずっと大人のお姉さんみたい」

「ま、まあ、そうね」


 首筋に冷や汗をかきながらも、あたしはうなずく。

 あたしは慌てて麦茶を飲み干すと、目を逸らした。

 罪悪感がないわけじゃない。でも、仕方ないのだ。あたしはこういうキャラで売っているのだから。


 柚子はすっかり信じ切っている瞳で、あたしを見つめる。


「ね、ねえアリサちゃんってそしたら、もう経験豊富、なんだよね……?」

「と、当然よ」

「キスって……し、したことある?」

「もちろんよ。やりまくりよ」

「やりまくりなの!?」

「ええ、挨拶代わりにチュッチュしているわ」

「ふぁぁぁ……!」


 柚子から注がれる羨望の念がさらに強さを増した。

 やばいわこれ。


 ――めっちゃ気持ちいいわ。


 柚子はさらに踏み込んでくる。


「ね、ねえ、だったらアリサちゃんってもう、経験済み……?」

「当たり前よ」


 よくわからないけれど、あたしはしたり顔でうなずいた。

 経験済みってなんのことかな。でもまあ、たぶん経験しているでしょ。あたし柚子より一個年上だし。うん。


 あたしは拳を握ってみせた。


「やりまくりよ」

「ふぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 思春期の柚子は真っ赤な顔を押さえながら、悶えるように体を左右に揺すった。


 その反応を見て、わずかに冷や汗が垂れる。

 よくわかんないけど、なにか変なことを言ってしまったかな。

 そこそこよ、ぐらいにしておけばよかったかな。


 いいえ、今さらよ。

 あたしはギャル。史上最強のクールなギャル。ギャルは決してうろたえないわ。


「ね、ねえねえ、アリサちゃん、ねえ……」


 さらに柚子が距離を縮めてきた。

 あたしはうろたえながら身を引く。


「な、なに?」

「初めて経験したときって、ど、どんな気持ちだった!?」

「え、えと……。そうね、甘酸っぱかったわ!」

「そうなんだ!」


 柚子はさらに詰め寄ってきた。

 おかげで暑いし、彼女の目の色もおかしい。

 興奮気味に、頬が赤らんでいる。

 柚子のこんな顔、初めて見た。


「いいなあ、アリサちゃんいいなあ……」


 羨望のまなざしは相変わらず、心地よい。

 だけど、なんだかそこに違う種類のものが混ざったような気がした。

 背筋がぞわりとする。


 ミーンミーン、と蝉の声が鳴る。

 首を振る扇風機が通り過ぎるたび、汗が噴き出た。


 あたしたちはしばらく、ふたりきりで見つめ合う。


 そのときだ。

 そっ……と、柚子の手があたしの手に重なった。

 小さな手は、汗で濡れていた。


「いいなあ、アリサちゃん」

「そ、そうでしょう」

「……いいなあ」


 アメを舌で転がすような、甘い声がしたたり落ちた。


「ね、ねえ、アリサちゃん……、わたしも、そのうちそういうこと、するのかなあ」

「そ、そうね、するんじゃない? 知らないけど」

「だったら……」


 柚子は自らの唇を舌で舐めながら、さらに身を寄せてくる。

 もうふたりは、まつげが触れ合うほどの距離だ。


 ていうか、なにこれ。

 なんでこんなに近いの。


 胸の鼓動がドキドキする。

 それは自分のものだ。

 いや、だってあたし、ホントは経験豊富じゃないしね。

 かっこつけているだけだしね。

 こういうの、よくわかんないし、ね!


 さらに、柚子はとんでもないことを口走った。


「……今、その、練習とか、したいなあって……」


 へ?

 頭が真っ白になる。


「ね、アリサちゃんにとっては、別に、やりまくりのアリサちゃんにとっては別に、なんでもないよね……、ちゅーとか、それ以上なんて……。汚れた手を拭いて捨てるティッシュみたいなものだよね……、ね? だから、ね?」

「あ、えと」


 なにを言っているのかしら、この子。

 硬直するあたしの肩を、柚子がむんずと掴む。


「いいよね、アリサちゃん……、ね? わたし、アリサちゃんのこと、ずっと、だから……あの、今だけ、ね? あ、練習、練習だから、……ね?」


 あたしの眼前いっぱいに、柚子の顔が迫る。

 そのときの柚子は――、あたしが見たこともないほどに、大人びた微笑みを浮かべていた。


「ね、アリサちゃん……。好き、わたし、アリサちゃんのこと、好き……。ずっと好きだったの、アリサちゃん……。ひと夏だけでいいから、ね、アリサちゃん……。アリサちゃん、わたしで遊んで……ね……」





 その後、あたしはナス畑のお手伝いの五日間、めちゃくちゃにされた。

 すごかった。

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