第8話 限りなく透明に近いキス

私は本当に馬鹿だ。

どうしてあんなくだらないことをしたんだろう。

少し、ほんの少しだけ勇気を出せばよかった。

彼に話しかければよかったんだ。


自殺なんて嘘をついちゃいけなかった。

死を軽く見ちゃいけなかった。


柚木くんにも迷惑をかけて、お母さんやお父さんにも……


それなのに私はまだ柚木くんのことが大好きでいる。

私に彼を好きでいる資格なんてないのに。

私は最低だ。


いつの間にか自分が死んだ場所に来ていた。

私はここで死んだ。


死から始まる恋があるんだ、なんて私は信じていた。

そんなわけがなかった。死は軽々しく扱っていいものじゃなかった。


私は本当にどうしょうもないくらい、馬鹿だ。

自業自得なのに、それなのに涙が止まらない。


泣いてばっかりだな、私。

全部自分が悪いのに。


いくら泣いてもハンカチすら使えない。

私にはハンカチすら持つことができない。


だから頬に感じた感覚は嘘なはずだった。

この暖かさは二度と私には感じられないもののはずだった。


その手は、暖かいその手は、私の涙を拭ってくれた。


「……どう……して」

言葉が上手くでない。

頭が追いつかない。


「どうしてって?」

暖かい声が聞こえた。

大好きな人の声。


「なんで……いるの……」


「探すの大変だったんだぞ。まったく、暗いところに女の子が一人じゃ危ないよ?」


そうじゃない。

どうして……


「……私に……触れるの……?」


「死んだから」


彼が何を言っているのかわからなかった。

思考が追いつかない。


そして彼の次の行動が、私の思考にとどめを刺した。


何をされているのかわからなかった。

やっと理解したときに、あったのは感触だけだった。


唇と唇が触れ合う感触。

私にはありえなかったはずの感触。


私と彼の唇は重なった。

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