第7話 狼少女
休みの日の図書室は生徒どころか、司書すら席を外しているようで誰もおらず、なんだか物寂しかった。
一年ぶり、それでも全部覚えている。
あそこに冴木が座っていて、あそこで話した。
そしてあのとき冴木が手にしていた本、『ハンプティ・ダンプティ』
たくさん並べられた本の片隅で、埃をかぶっていたその本はくっきりと俺の目に映り込んだ。
そして彼女の目にも。
「おい、どうした?」
横を見ると冴木がへたり込んで座っていた。
ハァハァと過呼吸気味に苦しそうにしている。
俺の声が聞こえてないみたいに、冴木はは呆然とただ一点だけを見つめていた。
冴木が少し落ち着いてきた頃、彼女頬を涙が伝っているのがわかった。
「……ごめ……ん」
「え?」と自然と口から漏れていた。
ごめん? 何が?
「……ごめん、ごめんね、柚木くん」
「だから、なに—— ちょっと、待っ——」
俺の言葉を待たずに冴木は走り出していた。
彼女の手をつかもうとした俺の手は、またも空を切るだけだった。
*
冴木は何かを思い出した?
だとして、何を?
死んだ理由? 俺と話したときのこと?
わからない。
答えはきっとここにある。
『ハンプティ・ダンプティ』
童謡をもとに作られた絵本だ。
俺と冴木をつなぐピースはいつだってここにあった。
絵本を開くとアレが挟まっていた。
この三日間で何回も見た冴木の手紙。
これを読むことで、いままで俺たちは謎を解いてきた。
ゲームでいうならキーアイテムってやつだ。
でも、今は読むのが怖い。
ここにはきっと全て書いてある。
冴木が死を選んだ理由。
それを知るのが怖かった。
だけど俺は逃げるわけにはいかない。
俺は二度も冴木と関わることを決めたんだ。
自分で選んだんだ。
そうだ俺は知らなきゃいけない。
あのとき約束をした冴木のために。
そしてなにより、いま走り去っていった冴木のために。
*
ラストミッションクリアおめでとう。
そして、ありがとう。
言いたいことはたくさんあるんだけど、とりあえず一つだけ、ごめんね。
私は嘘をついていました。
もしかしたら柚木くんは怒るかもしれないけど、私にはこれしかなかったんだ。
でも、そんなの言い訳だよね。
これ以上はちゃんと柚木くんと会って話したいな。というより、そうしなきゃだめなんだと思う。
本当にごめんなさい。
私は死んでない。
自殺したっていうのは嘘なんだ。
そして図々しいけど、これが本当に最後のミッションです。
後ろを向け。
以上。
*
わけがわからなかった。
死んでない? どういうこと?
なんで? どうして?
幽霊だったのは? トリック?
でも、そんなことはどうだってよかった。
考えることなんて放棄したかった。
冴木が生きてるそれだけでよかった。
だから、俺は全力で最後のミッションを遂行した。
だけど、そこに冴木はいなかった。
どうして? なんで?
理由なんてどうでもいい。
冴木が居てさえくれるなら、それなのに……
「……なんで……いないんだよ」
その言葉も届かない。
なんなんだよ。
そう叫びたかった。
何か、なんでもいいから彼女につながる手がかりが欲しい。
そう思い、あてもなく図書室を彷徨った。
そうしてたどり着いたのは、ハンプティの絵本が収納されていた場所。
この本があった上に、紙切れがテープのようなもので貼り付けられていた。
*
これはおまけみたいなものです。
そこにいる私が素直に自分の気持ちを言えるかわからないので、一応ここに書いておこうと思います。
私は柚木くんのことが好きです。
図書室で会った時から、柚木くんはずっと私のヒーロでした。
ごめんね、こんなやり方でしか伝えられなくて。自殺したって嘘ついて、好きなんてずるいよね。本当にごめんなさい。
でも、こんなやり方になっちゃったけど、この気持ちだけは嘘じゃないです。
でもやっぱりこれは自分で素直に言いたいな。
だから君がこの手紙を読むことはないかな。
柚木くんには話したいことがいっぱいあるんだ。だから自分の言葉でしっかり伝えたいです。
じゃあ、そろそろおまけは終わりです。
最後にもう一回だけ、
大好きです。
*
バチが当たったんだ。
死んだなんて嘘ついて、彼の気を引こうとしたから、だからバチが当たった。
図書室であの本を見たとき、今まで重たい何か封じ込まれていた記憶が、堰を切ったように流れ込んできて、全部思い出した。
私は図書室で柚木くんに会ったときから、ずっと彼に恋してた、
だから、二年生になって同じクラスになったときは、死んじゃうんじゃないかってくらい嬉しかった。
いろんな話がしたかった。
話したいことがいっぱいあった。
だけど、話しかける勇気はなかなか出てはくれなかった。
彼は私のことを気に留めてないかもしれない。
ただ少しだけ話したことがあるだけ、そう思っているかも。
そう思うと、話しかけることはできなかった。
そうしてるうちにチャンスが舞い込んだ。
あのとき彼に勇気づけられてから、お母さんとお父さんに話をした。
また一緒に暮らしたいって。
何回も何回も話をして、とうとうまた三人で暮らせるようになった。
柚木くんに伝えたい。
あなたのおかげで私は幸せだって、伝えたい。
だけど、やっぱり話しかけられなかった。
そうして今回の計画を思いついた。
自殺したって嘘をついて、彼に私と会ったときのことを追体験してもらう。
最低なことだってわかってたけど、それでももうこれしかなかった。
もちろん完璧に騙せるなんて思ってないから、ゴールデンウィークを選んで、学校が休みの間に、彼にだけなんとか信じてもらおうと。
そうしていろんな準備をして、最後に柚木くんの家に届ける手紙をポストに投函して、その帰り道、
私は車にひかれた。
そして私は死んだ。
*
なんだよ、これ。
ふざけるなよ。
手紙を読み終えて、俺は全てを理解した。
理解したくないのに、わかってしまった。
絶対に認めたくない、それなのに俺の頭は真実を導いてしまった。
悲劇的で最悪な真実。
自殺したって嘘ついて、本当は生きてて、でも、たまたま事故に巻き込まれて本当に死んじゃった?
なんだよ、それ。
おかしいだろ、なんで……
嘘は嘘じゃなきゃだめだろ?
本当にしてどうすんだよ。
俺は誰に怒ればいいんだよ?
冴木? 違う。事故を起こした運転手? 違う。
この世界は間違ってる。
なんで冴木が死ななきゃいけないんだよ。
そんなのおかしいだろ。
この二日間いろんな人に会った。
その人たちはみんな冴木のことが好きで、それを見ていたら冴木がどれだけいいやつかわかった。
みんなを通して俺はずっと冴木を見てた。
そして何より俺が自分自身の、この目で見た冴木はすごい輝いてて、それを見て俺は…… 俺はいつの間にか冴木のことが大好きになっていた。
一年前とは違う、この気持ちは恋だ。
気づかないふりをしてた、死んだ人を好きになってもしょうがないって。
でも、もう無理だ。一度気づいてしまったら、もう止められない。
俺は冴木 梓が大好きだった。
それなのに、なんで……
俺はどうしたらいいんだ?
もう何もわからない。
冴木は泣いていた。
最初にここで会ったとき、公園に行ったとき、しりとりをしたとき、そしてさっきも、いつも泣いていた。
俺にはその涙を止めてあげることはできなかった。
もう、何をしたらいいかわからない。
自分に何ができるのかだってわからない。
それでも冴木が泣いていた。
俺はそれを見たんだ。
いまそれを見られるのは俺だけなんだ。
だったら、何ができるかなんてどうでもいい。
俺はもう一度だけヒーロを目指そう。
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