第9話 たった一つの冴えたやり方

俺はいまから最低なことをする。

本当に最低な行為。


彼女のもとに走る最中、俺は何をしたいのか考えてた。


俺は彼女の涙を拭ってあげたい。

ハンプティみたいに壊れてしまった彼女を直したい。


それが俺の生きる意味

矛盾だな。


俺の答えは簡単だった。


俺は飛んだ。


落ちているときの感覚は、なんだか浮いているみたいで変な感じがしたな。


地面がどれだけ近づいてきても、迷いはなかった。俺が自分で選んだことだ。


記憶を失ったらまた思い出せるかな、それだけが不安だった。


そして俺は死んだ。


望み通り俺は、幽霊になれたようだった。

まあ、未練たっぷりだったからな。

幸運なことに記憶を失うこともなかった。


俺は希少なケースだったみたいだな。

まあ、忘れてても絶対に思い出したけど。


そう、忘れられない理由があった。


そうして俺は走り出す。

大好きな人に会うために。

大好きな人に謝るために。

大好きな人に大好きだって言うために。



「……どうして……どうしてそんなことしたの!」

俺の話を聞いた冴木は怒っているようだった。


「死んじゃったらもう……もう何もできないんだよ! それなのに、なんで……」


怒るのも当たり前か。

俺だって自分が間違ってるのはわかってる。

こんな形の解決は許されないって。

それでも俺は、


「冴木と一緒にいたかったから。冴木の涙を拭ってあげたかった」


壊れたハンプティの近くにいるためには、自分も壊れるしかない、そう思った。


「……だからって……」


「わかってるよ、俺だって。こんなのは間違ってるって。でも……もうだめなんだよ。俺は冴木と一緒じゃないと……」


生きる理由がない。

だから死ぬ。


椿の言っていたことがわかった気がした。

もちろんこんな受け取られかた、あいつは不本意だろうけど。


冴木がいない世界に生きる理由なんてない。

そう思ったら、もう無理だった。

生きていることが無理だった。


別に死にたいわけじゃない。

むしろ生きていたい。

それでも冴木に会うためなら、死ねる。


依存。よくないことだってわかってる。


「だめだってわかってても、冴木と一緒にいたかった。生きて得るもの全てと天秤にかけても、冴木と一緒にいられることのほうが、俺には重いんだ」


「そんなの……ばかじゃないの」

もう拭いきれないほどの涙。

俺はまた冴木を悲しませてしまったんだろうか?


それでも、もう泣いている姿すら愛おしかった。

愛おしい、全てが愛おしい。


自然と手が冴木を引き寄せていた。

そうして包み込んだ感触は、生きているみたいだった。


「そうだな、バカだ」

どうしょうもないバカだ。


「……でもね、もっとばかなのは……私。最低だよね…… 柚木くんが死んじゃったのに、それなのに、私のところに来てくれたのが嬉しくてたまらない…… 涙を拭ってくれて、キスしてくれて、抱きしめてくれて、それがどうしょうもなく嬉しいの。ねぇ、私、どうしたらいいの……」


腕の中で泣く冴木はいまにも壊れてしまいそうなくらい脆くて、それでもやっぱりそれが愛おしい。


「……わからない。でも、一つだけ約束する。俺がずっとそばにいる。どんなときだって俺がそばにいる。いさせてほしい」


だって俺は……


「冴木のことが大好きだから」


「なにそれ……ずるいよ…… 私だって、大好きにきまってんじゃん」

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