第9話 たった一つの冴えたやり方
俺はいまから最低なことをする。
本当に最低な行為。
彼女のもとに走る最中、俺は何をしたいのか考えてた。
俺は彼女の涙を拭ってあげたい。
ハンプティみたいに壊れてしまった彼女を直したい。
それが俺の生きる意味
矛盾だな。
俺の答えは簡単だった。
俺は飛んだ。
落ちているときの感覚は、なんだか浮いているみたいで変な感じがしたな。
地面がどれだけ近づいてきても、迷いはなかった。俺が自分で選んだことだ。
記憶を失ったらまた思い出せるかな、それだけが不安だった。
そして俺は死んだ。
望み通り俺は、幽霊になれたようだった。
まあ、未練たっぷりだったからな。
幸運なことに記憶を失うこともなかった。
俺は希少なケースだったみたいだな。
まあ、忘れてても絶対に思い出したけど。
そう、忘れられない理由があった。
そうして俺は走り出す。
大好きな人に会うために。
大好きな人に謝るために。
大好きな人に大好きだって言うために。
*
「……どうして……どうしてそんなことしたの!」
俺の話を聞いた冴木は怒っているようだった。
「死んじゃったらもう……もう何もできないんだよ! それなのに、なんで……」
怒るのも当たり前か。
俺だって自分が間違ってるのはわかってる。
こんな形の解決は許されないって。
それでも俺は、
「冴木と一緒にいたかったから。冴木の涙を拭ってあげたかった」
壊れたハンプティの近くにいるためには、自分も壊れるしかない、そう思った。
「……だからって……」
「わかってるよ、俺だって。こんなのは間違ってるって。でも……もうだめなんだよ。俺は冴木と一緒じゃないと……」
生きる理由がない。
だから死ぬ。
椿の言っていたことがわかった気がした。
もちろんこんな受け取られかた、あいつは不本意だろうけど。
冴木がいない世界に生きる理由なんてない。
そう思ったら、もう無理だった。
生きていることが無理だった。
別に死にたいわけじゃない。
むしろ生きていたい。
それでも冴木に会うためなら、死ねる。
依存。よくないことだってわかってる。
「だめだってわかってても、冴木と一緒にいたかった。生きて得るもの全てと天秤にかけても、冴木と一緒にいられることのほうが、俺には重いんだ」
「そんなの……ばかじゃないの」
もう拭いきれないほどの涙。
俺はまた冴木を悲しませてしまったんだろうか?
それでも、もう泣いている姿すら愛おしかった。
愛おしい、全てが愛おしい。
自然と手が冴木を引き寄せていた。
そうして包み込んだ感触は、生きているみたいだった。
「そうだな、バカだ」
どうしょうもないバカだ。
「……でもね、もっとばかなのは……私。最低だよね…… 柚木くんが死んじゃったのに、それなのに、私のところに来てくれたのが嬉しくてたまらない…… 涙を拭ってくれて、キスしてくれて、抱きしめてくれて、それがどうしょうもなく嬉しいの。ねぇ、私、どうしたらいいの……」
腕の中で泣く冴木はいまにも壊れてしまいそうなくらい脆くて、それでもやっぱりそれが愛おしい。
「……わからない。でも、一つだけ約束する。俺がずっとそばにいる。どんなときだって俺がそばにいる。いさせてほしい」
だって俺は……
「冴木のことが大好きだから」
「なにそれ……ずるいよ…… 私だって、大好きにきまってんじゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます