第5話 幽霊の唇は撃ちぬけない

「ねぇ、しりとりしようよー、しりとり」

家に帰ってから、冴木はなぜかハイテンションで、「暇ー、暇ー」と言い続け、ついにはしりとりしようとせがみ始めた。


「なんでしりとり?」

「なんとなく」

高校生がやることか?


「ほら、じゃあ、私からね、リシノレイン酸オクチドデシル。あ、後負けた方一つ相手のいうことをなんでも聞くってことで、よろしく」


二つ言いたいことがある。

一つ、リシノなんとかって何?

もう一つはなんか嫌なルールをつけたされた気がするってことなんだけど。


一つ目には「化学合成物質だよ、日焼け止めとかに使われてるやつ」なんて答えが返ってきた。

もう一つにはスルーを決め込む気らしい。


そもそも一つ目にも納得してないわけだけど、冴木が急かすので、仕方なくしりとりを続ける。


「ルーレット」

「トルバドゥール」

「だから、なんなんだ——」

「吟遊詩人」

冴木はニヤニヤ笑っていた。


そうしてしりとりはヒートアップしていったが、


ルイベ、ベンゾール、ルイ十三世、インテグラル、ルービックキューブ、ブリュッセル、ルシファー、ファーブル、ルール、ルシフェル、ルーブル、ルージュコラール。

といった具合にわけのわからない言葉を並べられた。


ちなみに、ベンゼンの別名、積分の記号、ベルギーの首都、昆虫学者、ルシファーの別名、さんご色、という意味らしい。


「いや、おかしいだろ。ネットで検索……してるわけないか……」

「携帯触れないからね」

じゃあどうやって、こんなわけのわからない言葉。


「得意なんだしりとり」

冴木は得意げにニカッと笑った。

「なんだよ、それ……」

勝ち目ないじゃん。

「なんだと言われてもねー、じゃあ私の勝ちでいい?」


「はい、参りました」

この語彙量の差で勝てるわけがない。


「じゃあ、罰ゲームね」

「それやるって言ってないんだけど」

「だめ。見苦しいよ。そうだなー……」


俺は何をさせられるんだろうか? 絶対ろくなことじゃない。どうせ一発芸とかそんなのをやらされるんだろう。


そんなことを考えてるうちに冴木が「決めた!」と声を出した。


「キスして」

冴木は俺の目をまっすぐ見てそう言った。


「は?」

「キスだよ、キス。知らない? ちゅーのことだよ」

何言ってるんだ?


「ほら、早くー」

「できるわけないだろ」

「どうして?」

「どうしてって……」


冴木は何を考えてるんだ。どうして急にそんなこと。


「そっか、できないかー、……だったら、君、私と前に話したことがあるって言ってたよね。その時のこと教えて」


ニヤニヤしていた冴木が、急に真剣な顔つきでそう言った。


そういうことか、それが知りたいからあんなことを……


俺は冴木の掌で踊らされてるな。


俺の答えはシンプルだ。

どうしても譲れないことが、俺にもある。


これは俺なりのささやかな反撃だ。


俺は冴木の唇に自分の唇を重ねた。


もちろん唇が触れ合うことはなく、空気に口づけをしているようなものだったけれど。


冴木は顔を赤くして、俺から離れた。


「……そんなに……話したくないの?」

しばらくして、冴木は目を潤ませながらそう言った。


その通りだ、できれば話したくない。

だから……

だからそんな悲しそう顔しないでくれよ。

そんな目で俺を見ないでくれ。


そんな目で見られたら俺は……


「あれじゃあキスとは言えないな」


結局、そう言ってしまった。


「話すよ、俺の負けだ。まったく、触れないんだから、キスなんてできないじゃないか」


もう観念しよう。

俺は自分の罪を認めなきゃいけない。

そうだろ? ハンプティ。

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