第4話 限定ヒーロー
「さっきはごめんね、泣いちゃったりして」
帰り道、冴木は目を腫らしていた。
「ほんっと、なんで、私、自殺なんかしたのかな。世界は、こんなに楽しいのに」
無理して笑う冴木は見てられなかった。
冴木はいいやつだった。
バイキングの店員もクレープ屋の人も、さっきの男の子や磯崎さんだって、みんな冴木のことを気に入ってるように見えた。
冴木と関わってた人と話すと、冴木がどれだけいいやつだったがよくわかる。
それなのに冴木は自分で死を選んだ。
なぜなんだ。
その理由は俺なのか?
ヒーロー、
俺が無責任にはいた言葉。
俺はなれたんだろうか。
なれなかったんだ。
俺のせい?
冴木はなぜ死んだのか?
そんなことが今更脳裏を支配した。
だからそれが目に入ったのは偶然だったのかもしれないけど、俺は必然だったように思う。
俺の目に飛び込んできたのは、ビルの上から今にも飛び降りようとしている男だった。
なぜかはわからない、でも気づいたら俺は走っていた。
*
「待てよ」
なぜ声をかけたのか?
目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから?
いつもの俺ならそうだったんだろう。
でも、いまの俺は多分違う。
「お前名前は?」
なんとなく名前を聞いておきたかった。
「椿です。木に春で椿」
男——椿は少しニヤつきながら名乗った。
歳は多分同じくらいで、健康的な顔をしている。今から死ぬとは思えない表情だ。
「なんで死にたいんだ?」
直球すぎただろうか?
でも、俺が聞きたいのはこれだけだ。
もちろん、こんなこと聞いても無駄なのはわかってる。こいつが死にたい理由と、冴木が死にたかった理由は違うんだから。
それでも、死にたいって気持ちがどんなものなのか知りたかった。
半分八つ当たりみたいなものだったけど。
「……フッ、ハハハ、いやー、なんか勘違いしてません? 僕、別に死にたいわけじゃないですよ? ちょっと景色見てただけです」
「えっ」
違うの?
「何だよ、それ」
わざわざ走ってきて、深刻な顔して、恥ずかしい。何してんだ、俺は。
「いやー、面白い人だなー、ハハ。そうですねー、死にたいって思ってた時もありましたけど、いまはもうあれですね、死ねない理由があるんで」
「あったのか? 死にたいとき」
「そりゃもう。あー、でも死にたいってよりは生きたくないって感じですかね。ほら、よく死にたいっていう人いるじゃないですか。それはまだ大丈夫なんですよ。死にたい理由がいくらあっても生きたい理由がありますから。でも本当に自殺する人って生きる理由がないんです。特に生きる理由がないから死ぬ。だから僕はどれだけ死にたくても死ねないですね、生きなくちゃいけない理由があるんで」
冴木は生きる理由をなくしてしまったんだろうか? だから死んだ?
いま冴木は何を思って、椿の話を聞いているんだろう?
俺にはわからない。
「生きる理由?」
「はい。僕はヒーローにならなくちゃいけないんです」
「ヒーロー?」
ここでもその言葉が出てくるのか。
もはや呪いの域まできてるな。
「まあ、僕的な意味でのヒーローですけど」
きっと彼には彼の事情があるんだろう。
さっきの男の子ヒーローと彼のヒーローの定義は多分違う。
それが少し気になった。
「僕のヒーローはある女の子のためだけにあるんです。すごい限定的なヒーロー。僕はそうありたいんです」
限定的なヒーロー。
いい響きだ。
少し羨ましい。
「そっか、悪かったな勘違いして。それに変なこと聞いて。答えてくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそ勘違いさせてすみませんでした。でも、会えて嬉しかったです、またどこかで会ったら、その時は宜しくお願いします」
そう笑いかけた椿には、死なんて程遠いものに感じられた。
*
「私にはなかったのかな? 生きる理由」
椿と別れてから、不意に冴木がそう口にした。
「いまはいっぱいあるのになー、おいしいものも食べたいし、いろんな人と話したいし、それに……柚木くんにも触ってみたい」
「ちょっと誤解が生じないか? その言い方」
「え、ああ、そうだね。まあ、でもとにかくいろんなことしたいってことだよ」
少し頬を赤くした冴木は、死んでるなんて微塵も感じられないくらい、生きてるように見えて、そこにも死なんてものは程遠いものに思えた。
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