第3話 空を切る右手
ゴールデンウィークだというのに、公園には男の子が一人しかいなかった。
そしてその男の子、どうやら冴木の知り合いらしい。
一人で遊んでいる男の子に冴木は必死に話しかけていた。
もちろん言葉が届くはずもなく、しばらくすると冴木はシュンとして、俺が座るベンチに戻ってきた。
「何これー?」
戻ってきた冴木は、今度は俺がベンチに置いたたまごの形をしたカプセルご執心らしい。
「お前が遊んでる間に見つけたんだよ。そこら中に隠されてた」
「じゃあ、これがたまごってこと?」
それだったらよかったんだけどな……
そう思いながら俺はカプセルを一つ開けて見せた。
『はずれ〜』
中にはウサギの絵と一緒にそう書いてある。
ニタニタ笑う冴木の顔が想像できるね。ホント、いい性格してるよ。
「じゃあ、これじゃないの?」
自分でやったくせに他人事のように冴木が尋ねた。
「そうみたいだな。もうほとんどの場所を探したし」
「じゃあたまごってなんなのかな?」
「こっちが聞きたいよ」
「ハンプティ・ダンプティ」
「え?」と思わず聞き返してしまった。
「ハンプティダンプティってあるよね? あれじゃない? あれもたまごじゃん」
ハンプティ・ダンプティ、確かにたまごだ。
そして前に冴木と話した時に出てきた言葉でもある。
いまの冴木の口からこの言葉が出るとは思わなかった。
覚えてないと思ってたけど、考えたら覚えてないのは俺との会話だけで、ハンプティ・ダンプティ自体は覚えているのか。
「だけど、ハンプティ・ダンプティをどうやって探すんだ?」
「さあ?」
またも他人事のように冴木は答えた。
手詰まりか。そう思ったとき、横から声が聞こえた。
「あの、冴木さんのお友達ですよね?」
横にいたのはスーツ姿の二十代後半くらいの男性だった。
「え、ああ、はい」
誰? としか言いようがない。
本当、誰だよ。
「あ! 磯崎さんだー」
こんにちは、みたいなポーズを冴木がとった。
「え、磯崎?」
思わず声に出してしまった。
これはまずい、とすぐに気がついたが、すでに磯崎さんは不思議そうな顔で俺を見ていた。
「ああ、冴木さんに聞いてたんですね、私の名前。それならよかった、これ、どうぞ」
磯崎さんは勝手に勘違いしてくれたようで、ここ何回かですっかり見慣れた、手紙のようなものを渡してきた。
「あれ、これ、冴木の?」
「はい、冴木さんが隠してたたまごを、探している男の子がいたら渡してくれって、私ここによく来るもんですから」
なるほど、とそう思ったが全て納得したわけではない。
「あの、冴木とはどういう?」
「あそこの男の子」
磯崎さんはそう言って、さっきの男の子を指差した。
「泣いてたんですよ、あの子が。一ヶ月くらい前ですかね。なにがあったのかはわかりませんけど。多分、子供の事情ってやつですね。私たち大人には口を挟めないやつ」
子供の社会とでもいうやつだろうか。
たしかに、そういうものはあるんだろう。
俺たち高校生には高校生のルールがあるように、きっと小学生にも小学生のルールが。
「それで、私も声をかけたほうがいいかなとは思ったんですけど、ほら、こういうのってデリケートな問題じゃないですか。さっき言ったように子供には子供の社会がありますから。それで戸惑ってたんですけど、そこに冴木さんが現れて、あの子に声をかけたんですよ、迷わずにね」
ふと冴木の方を向くと、冴木が頷いてきた。
どうやら本当の話らしい。
まあ、疑う理由もないんだけど。
「それですごい子だなと思いましたね。でもね、もっとすごいなと思ったのは、彼女はあの子が抱えてる問題には触れなかったんですよ。彼女はわかってたんですね、それは私たちが踏み込んじゃいけない問題だって。彼女は子供の事情ってやつを尊重してたんです。聡明な子ですよね」
聡明。たしかに冴木によく似合う言葉だ。
普段ふざけてても、冴木に根幹にあるのはそれなんだろう。
「そして彼女が選んだのはヒーローのなり方、それを教えることでした」
「ヒーロー?」
見知った言葉に俺は声を出していた。
ヒーロー、
かつて俺が冴木に無責任にはいた言葉。
気休めの嘘。
一度だけ、俺の人生で唯一俺がヒーロになりたいと思った瞬間。
あのときの冴木の顔が頭にフラッシュバックした。
「そう、ヒーローです。自分がヒーローになってあの子を助けるんじゃない、あの子がヒーローになれるように背中を押してあげる、そうやって彼女はあの子と仲良くなったんです。そして私はそれを見ていた」
磯崎さんがふぅと息をついた。
「こんなとこですかね、長い話ですみませんでした」
「いや、ありがとうございます」
ヒーロー、その言葉に俺は少し動揺していた。
冴木は「それで、磯崎さんとも仲良くなったんだよね! と俺にしか届かない言葉を発した。
「おじさーん!」
話が終わると、ちょうどこちらに気づいたのか、あの男の子がこちらに向かってきていた。
「おじさん、梓姉ちゃん、こんどはいつ来てくれるかな?」
少年の無邪気な言葉に、さっきまで笑っていた冴木は凍りついた。
「さあ? 君が頑張ってたら来てくれるんじゃないかな、きっと」
磯崎さんだけが平然とそう応えた。
「そっか、じゃあ、おれがんばるよ」
そう言って少年は「バイバイ」と帰って行った。
「じゃあ、私もここら辺で。冴木さんによろしく言っといてください」
そうして磯崎さんも帰って行った。
途中から冴木が涙を流していたのはわかってたんだ。
わかってたけど、俺にはなにもできなかった。
その涙を拭ってあげたかった。
だけど俺の手は空を切るだけで、冴木に触れることすら叶わない。
「……なんで、……なんで私自殺なんかしたのかな?」
冴木の悲痛な叫びが響く。
それを聞けるのは俺だけなのに、それなのに俺は……
二人が帰って、後には俺と冴木と哀しみだけが残されていた。
*
二つ目のミッションクリアおめでとう。
次が最後のミッションだね。
私は柚木くんなら大丈夫だって信じてるよ。
それじゃあラストミッションです。
学校の図書室行って。
そして私を思い出して。
全ての答えがそこにあるから。
じゃあ、またね。
*
手紙にはそう書いてあった。
意味は痛いほどわかった。
図書室、俺と冴木が唯一繋がった場所。
覚悟を決めなきゃいけないことはわかってる。
ただそれより、いま目の前で泣いている冴木を見ると、無力感が襲ってくるんだ。
俺にはなにもできないんじゃないかって、弱い自分がそう囁くんだ。
それでも行かなきゃいけないってわかってる。
明日、決着をつけよう。
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