第2話 悪戯好きの幽霊


恥、とはなんだろうか?


世の人に対し面目を失うこと。

辞書さんの答えはこれらしい。


恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心。

こんなのもあった。

こっちはなんか哲学っぽい。


ただ、俺のとは少し違う。

俺が考える恥はこうだ。


休日に男子高校生が一人でスイーツバイキングにケーキを食べに来る。


これは見事に恥を言い表してると思わない?


そういうわけでいま俺は恥をかいている。


昨日冴木の幽霊が現れて、俺はそいつと一緒に冴木の死の謎を探ることになった。


そこまではいい。なんだこれ?

なんで俺は一人でケーキを食べてるんだ?


何名かと聞かれて、一人と応えた時の店員のあの引きつった顔はしばらく忘れられそうにない。


何より一番癪なのは、目の前で冴木が笑いを必死にこらえようとしていることだ。

しかも全然こらえられてない。

他の人に見えないのをいいことに、笑いっぱなしだ。

ていうかなんで見えないんだよ。せめて冴木が他の人にも見えていてくれれば、こんな思いもしなかったのに。

それにしても、昨日までのシュンとした感じはどこにいったんだろうか?


「そろそろ笑い止んでくれないかな?」

周りに気付かれないように、小さな声で俺は抗議した。


「いやー、ごめんごめん、ほら、あまりにもあれだったから」


あれってなんだよ。という言葉は飲み込んだ。


「そういえば、君と私って前に話したこととかあったの?」

少ししてやっと笑いが収まったのか、冴木がそう聞いてきた。


冴木と話したこと、あるといえばある。

だけどあんまり思い出したい記憶ではないし、あんまり話したくもなかった。

俺は思ったことをそのまま話した。


冴木は少し聞きたそうにしてたけど、それ以上踏み込んでくることはなかった。



「あの、柚木さんですよね?」

入店から三十分くらいした頃、店員の女性が話しかけてきた。


これは、逆ナン?

恥をかいてまで来た甲斐があった?

なんてくだらないことを一瞬考えたんだけど、そんな必要は一切なかった。


「それ、柚木っていう男の子が一人で来たら渡してくれって頼まれまして。ケーキをすごい美味しそうに食べるいい子でしたけど…… とりあえず渡しましたので、それじゃあ」

そう言って店員は戻っていった。


「なるほど、これでミッションクリアってことかー、私、結構上手いこと考えるね」

冴木がどこか感心したように笑う。


まあ、でもこれでこの恥ずかしいミッションも終わるのか。

そう思って手紙を開いた。


『柚木くんお疲れ様。ケーキ、美味しかった?一人で頑張った君にご褒美があります。ここの近くのクレープ屋さんで激辛ハバネロクレープを注文してみてください。おごってあげます』


どうやら俺はまだ気苦労を背負わされるらしい。

なんだよ、ハバネロクレープって。

二つの言葉に齟齬がありすぎるだろ。

そもそもどうやっておごるんだ?


冴木はどこか申し訳なさそうに、しかしそれでまた面白そうに半笑いを浮かべていた。



「はい、激辛ハバネロクレープ」

渡されたのは、おぞましいほどの赤を赤で包んだような劇物だった。

しかも二つ。

目の前の綺麗な女性が作ったとは思えない代物だ。


「なんで二つなんですか? それにお代」

激辛ハバネロクレープを注文すると、個数も言ってないのに、二つ代金も払わずに出てきた。


「もう、もらってるから梓ちゃんに。このメニュー知ってるってことは、あんた梓ちゃんの言ってた子でしょ? 彼氏かなんか? 大事にしなきゃダメだよ、あんないい子。この前もさ、あそこで転んだおばあさんがいたんだけど、助けてあげてて、ホントいい子だよねー」


どうやら冴木から事前に話が通っていたらしく、この劇物は無料で俺に届けられたらしい。


これ以上いろいろ聞かれる前に立ち去ろうとすると、また手紙のようなものを渡された。



「大丈夫? つらい? からい? あ、ちょっと今の面白かったね、うん」


辛さで悲鳴をあげながらクレープを食べる俺に、冴木は半分心配そうに半分面白そうに声をかけてきた。

やっとの思いで一つ完食したが、まだ一つあると思うと本当に気が滅入った。


「心配するのか笑うのかどっちかにして欲しいんだけど。ていうか頼むから食べてくれよ一緒に」


「それは無理だよ。私、死んじゃってるし。触れられないし、食べれない。当たり前でしょ?」


俺はまた余計なことを言ってしまった。

寂しそうに話す彼女に俺は何も言えなかった。


その寂しさを忘れるように、俺は激辛クレープを口に入れた。



はぁぁぁー

と大きく息を吐いて、やっとクレープを完食した実感が湧いた。

誰か褒めて欲しい。なんて思っていると冴木が「お疲れー」と笑いかけてきた。

複雑な気分だ。


「でも別に食べる必要なかったよね? ほら、もう手紙もらってるんだしさ」


それは言っちゃダメだろ。俺も思ったけどさ。

それに食べないとなんか、

「負けた気がするから嫌だ」


「負けたって、私に?」


今の冴木ではないけどとりあえず頷く。


「バカだなー」

冴木がどこか嬉しそうに笑った。


「いやー、完敗です。参りました、柚木様」


「なんか、勝った気がしない」

むしろ負けた気分だ。


「まあ、いいじゃん。それより早くみようよ、次の手紙」


なんだか釈然としなかったが、言われた通り次の手紙を開いた。



一つ目のミッションクリアおめでとう。ハバネロクレープおいしかったかな? 面白い味だったでしょ?

それじゃあ二つ目のミッションです。

学校の近くに公園あるでしょ?

あそこでたまごを探せ。

以上。

じゃ、またね。



たまご。

思い当たる節はあった。

というより冴木にたまごと言われればそれしか思いつかない。

以前冴木と話した時に聞いたあれ、多分たまごはそれをさすんだろう。


だとして、それは公園にあるものなのだろうか?

目の前の冴木に聞く手もあったが、さっきあんまり話したくないと言った以上、聞くのも少しおかしい気がした。


結局いくら考えてもわからなかったので、とりあえず公園に向かうことにした。


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