第1話 死者からの挑戦状

冴木 梓の死を告げられてから三日、俺たちは微妙な空気の中、一応はいつも通りの生活を送っていた。

だけど、そんな俺の日常を壊す一手は、いとも簡単に投じられたんだ。


家に届いた手紙の中に、冴木 梓の文字を見つけた時は愕然としたよ。


なぜ彼女から俺の元に手紙が届いたのか?

わけがわからなかった。


だけどそんなことはどうでもよかったんだ。

いや、どうでもいいってわけではないんだけど、それでもこれから起こることに比べたら些細なことだった。


「お届け物です」

その声を聞いて俺はドアを開ける。

宅配便を受け取って、宅配便のお兄さんが帰って行った。


そうしてドアを閉めようとした時だ。

お兄さんで隠れていたあるものが目に映った。


俺の目が正しければ、『それ』をお兄さんはすり抜けていったはずなんだ。

比喩とかじゃないよ、文字通りぶつかったのにすり抜けた。


まあ、正直俺の目が正しいとは思えないな、だって『それ』を見て俺は目を疑った。

そして心臓が止まるかと思ったよ。


そこにいたのは冴木 梓だった。


「なん……で」

死んだはずの冴木が目の前にいる。

到底信じがたい事実に、俺はそれしか言えなかった。


「わ、私のこと、見えるの!?」

冴木が少し不思議そうな顔をした後、急に合点がいったように叫んだ。


「見えるって……何言って……」


「だって、ほら!」


そう言うと冴木は門を出て道路に飛び出した。


冴木が通行人の目の前に立った時、さっきと同じ現象が、今度はっきり、疑いようもないくらいはっきりと起こってしまった。


これはもう、さっき疑った自分の目に謝るしかないだろうな。


通行人は冴木をすり抜けると、ずっと見ていた俺の方を怪訝な顔をして見ながら、歩いて行った。


「ね!」とでも言うような顔をしながら、妙にニコニコして冴木が戻ってきた。


「どういうことだよ……これ」

「さあ? 私、死んじゃったみたい」


「それは知ってるけど…… その身体……幽霊?」


「みたいだねー」


「みたいだねって、そんな、他人事な」


冴木はあまりにもあっけらかんとしていて、死を実感するにはあまりにも悲壮感が足りなかった。


「だって、覚えてないんだもん」

「覚えてない?」

「うん、気づいたらこうなってた」


「最後の記憶は?」


「ねー、もうやめようよ、尋問みたい」


冴木はそう口を尖らせると、俺を押しのけて家の中に入っていった。


「それでさ、君、柚木…… 凛くん? だよね?」

家に入りこんだ冴木をとりあえず俺の部屋に案内すると、彼女はベッドに腰掛けてそう口にした。


「覚えてないの?」

冴木は俺のことを一切記憶にないとでも言うよな目で見ていた。


「え、ああ、うん。ごめん」

「記憶喪失ってこと?」


「違うよ、君だけ覚えてないの」


「俺だけ?」

それは少し傷つくな。一応一ヶ月くらい前からクラスメイトなんだけど……


「うん、君だけ」

「俺って存在感ない感じ?」


「違うよ、そういう意味じゃなくて、ホントに覚えてないの。君だけすっぽり記憶から抜け落ちたみたいにさ」


そんなことがありえるんだろうか?

幽霊が目の前にいるのに今更か……


「だったら、なんで俺の家知ってるの?」


「死んじゃってからね、自分の家に行ってみたの。そしたらクラスの集合写真が貼ってあって、それを見ても君だけ覚えてないの。それがなんとなく気になって、学校から君のあとつけてきたんだ」


「気になった?」


「うん、幽霊になると、死んだ理由を忘れちゃう人って結構多いらしいんだ。現に私も覚えてないし…… それで私は君のことだけ覚えてなかった。これってつまりさ……」


「俺が死の理由だと?」


「かもしれない」


まさか……


「俺が殺したなんていうわけ?」


そんなわけがない。


「そういうわけじゃないよ。君がそんなことしないのは見ればわかる」


「そもそも、なんで死の理由を忘れちゃうとか知ってるの?」


「先輩に聞いた」


「先輩?」


散々超常的な話をしといて、急にこの現実的な言葉はなんなんだ?

先輩に聞いていいのは恋愛相談とかそれくらいだろ。なんだ、幽霊の相談って。


「そう、幽霊の先輩。この街で死んだ人ってよく幽霊になるらしいよ。みんな結構簡単に成仏するらしいけど。その人も誰かに何かを教えるのが未練だったらしくて、私にそのこと教えて成仏しちゃったし」


話の筋は通ってる。

そもそも目の前で幽霊であることを半分証明されてるわけだから、今更疑う必要もないんだけどさ。


とにかく疑うのはもう疲れた。

さっきからクエスチョンマークを使いすぎたし、これで一旦やめにしよう。


「それで、冴木は成仏したいの?」


「わかんない。そうするべきかなとも思ってるんだけど…… 独りでつまんないし。でも、とりあえず自分が死んだ理由を知りたいかな。知らないままだとなんか気持ち悪いし」


その言葉を聞いて俺は決断をするしかなくなった。さっきからすごい悩んでて、できればしたくなかった決断を。


「そっか。……ごめん、さっきから質問ばっかりして…… 少し当たりキツかったかもしれない」


「しょうがないよ、急に幽霊だなんて、わけわかんないだろうし」


冴木はそう笑ってくれたけど、それだけじゃないんだ。むしろ謝りたいのこれからの方。

彼女にできれば見せたくないアレの方だ。


そんなに見せたくないなら見せなきゃいいなんて思うかもしれないけど、そういうわけにはいかない。どうもこれは俺一人で抱えられそうもないんだ。

そこにちょうどなんて言い方は良くないかもしれないけど、とにかく冴木が現れてくれたわけだ、もう見せるしかないだろ?


「それだけじゃないんだ。……これを見て欲しい」


そう言って俺は机の上に手紙を置いた。


そう、これは冴木 梓からの手紙。

彼女が死ぬ前に書いたであろう手紙だ。



柚木くんへ


突然ごめんなさい。急に手紙なんて驚いた? 死人からの手紙とか気持ち悪いかな?

実は柚木くんにお願いがあるんだ。

もしかしたら迷惑かもしれないんだけど、これは柚木くんにしかできないことなんだ。

だからお願いがあります。


私がなんで自殺したか、その謎を解いてください。


こんなこと頼んで本当にごめんなさい。

すごい勝手だけど、それでも柚木くんならやってくれるんじゃないかなって思ってます。


それじゃあ、とにかくよろしくお願いします。


冴木 梓



冴木の顔が歪んでいるのがわかった。

そりゃあこうなるだろうな。

自分が自殺したって宣告されてるんだ。

だから、できれば見せたくなかったんだ。


「……なに、これ?」

やっとの思いで絞り出したかのように冴木は声を出した。


「わからない。さっき届いたんだ、それが」

これが何かなんて俺が聞きたいくらいだ。

冴木が自殺した? まさか?

なんで、俺にこれが届いたのか?

本当、わからないことだらけだ。


「ちょっと待って……」と言って冴木は黙り込んでしまった。

仕方のないことだ。そして冴木をこんな状態にしたのは俺だ。俺には待つ責任がある。


「ごめん、ちょっとびっくりしちゃって……」


「仕方ないよ。ごめん、やっぱり見せないほうが……」


「違うよ! 知りたいって言ったのは私だから…… 君は悪くない」


なんで俺が励まされてるんだ……

本当は逆だろ。俺はなんで気の利いた言葉の一つも言えないんだ……


「これ、もう一枚あるけど、見たの?」


「いや、見る前に宅配便が来たから」


「見てもいい?」


拒否する理由なんてなかった。

あったとしても俺にはできない。




ごめん、肝心なこと書き忘れてたね。

これから柚木くんには三つのミッションに挑戦してもらいます。

それをクリアしていけば、私の死の真相にたどりつけると思います。

それじゃあさっそく一つ目のミッションだよ。


駅前のスイーツバイキングのお店に一人で行ってケーキを食べる。

以上。

じゃあ頑張ってね。



「なんなんだよ、これ……」

思わず声に出してしまった。


なんというか意味がわからなかった。

そもそもミッションってなんなんだと、仮にそれを理解したとして、ミッションってもっと……なんていうか、あれだろ? なんだよスイーツバイキングって、全然ミッションじゃないだろ。


わけがわからない。


そしてそれは冴木も同じなようだった。


「なに考えてたんだろうね、私…… こんなゲームみたいなことのために、そのために死んだのかな?」


冴木は笑いながらそう言ったけど、そこには哀しみが隠れているように見えた。


「たださ、それでもやっぱり知りたいんだよね、私が死を選んだ理由。だから、私からもお願いします。私が死んだ理由を一緒に探してください」


いやだ。

なんて言えるわけがなかった。

あんな顔で、目で見られていやだなんて言えるはずがない。


そうして俺は冴木の死の謎に踏み込むことを選んだ。

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