第7話 その男、オタクにつき

 ———一体、何を言ってるのか。自分のことが嫌いで当たり前なわけ、あるはずない。圧倒的な無理解に言葉を失う私に、北原くんは淡々と告げる。


「よくよく考えてみろよ。『自分のことが大好きだ〜!』なんて奴、目の前にいたら鬱陶しいだけじゃん」


「———」


「でも、その『嫌な自分』のままで居たくないから、必死こいて頑張るんだろ? 誰かを見下すことでしか自我を保てない自分でありたくないから、誰かの良いところを見つけては褒める。誰かを見捨てた自分に激しい嫌悪を感じるから、隣にいる人を大切にしようとする。みんな、そうやって折り合い付けてるんだって」


 はっきり言って暴論だ。自然と他者に優しく出来る人もたくさんいるし、その逆も然りだ。根拠のない、希望的観測でしかない。


 それでも、何故か心が揺さぶられる。


「私は……自分さえ良ければって考えるような人間だよ? そんな私に、誰かを大切にしたりすることなんて……」


「ま、確かに利己的なことを考えてしまうのも『桜川燈子』だと思うよ? でも、『桜川燈子』はそれだけの存在じゃないだろ?」


 決して荒げられることのない、静かな声。だからこそ、暴論を淡々と、しかし確実に心に叩き込んでくる。


 その姿が、淡々と述べられる暴論を『真実』だと肯定していた。飾りもせず、照れも恥じらいもなく自身の信じる全てを告げていたから、


「私なんかが……幸せになっても良いの……?」


 思わず呟きが漏れる。


 目の前で苦しんでいた級友からは目を背け、自己保身に走った。自分がいじめられてようやく気づくような、絶望的な鈍感さ。


 そんな私のことを決して見限らない彼がいるなら、幸せになっても良いのだろうか。


「俺みたいな、人生の大半をアニメとラノベに捧げてきた人間がいてもビクともしない世界だ。一人ぐらい、自分の幸せを追求する奴がいても問題ないだろ」


 自信に満ちあふれた、静かな声。私を救ってはくれなかったけど、私の考え方を根こそぎ覆して更地にした彼が、私でも幸せになっていいと言うなら。


「———私は、幸せになりたいよ」


「———なりたい、じゃなくて、なるんだろ?」


 そう言って微笑む北原くんの胸に飛び込む。頬は熱いし、鼓動なんかかつてないほどに荒ぶってる。溢れ出して止まらない涙を見られるのが嫌で、でも哀しい涙じゃないことに無上の喜びを感じながら、さらに強く北原くんに抱きつく。


 やっと涙の引いた私は、顔だけ上げて北原くんを見上げる。苦笑しながら優しく頭を撫でてくれるその姿に、心が締め付けられる。


「———北原くんが諦めなかった女の子が、可愛くなるのを見てて!」


 そう叫ぶ私に、おう、と言って微笑む(拓海)くん。


 その笑顔は、私の心を埋め尽くした。

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