第6話 オタクは諦めの悪い人種である

 ーーー私は醜い。


 この期に及んで、まだ私は慰めを求めてる。


 罪の告白? そんな大層なものじゃない。


 私はただ、誰でもいいから慰めて欲しいだけ。


 ほら、だから声を出しつくし、精根尽き果てた姿でうなだれるポーズをとる。

 人前で泣きわめいた羞恥と、自身の浅ましい考えに恥ずかしくて顔を上げられない私。


 そんな負け犬の、みっともない豚のような欲望しかない私に、目の前の男の子は私の望んだ言葉を


「えっと、桜川さんってバカか?」


……言わなかった。


 放たれた言葉が余りに予想外で、私は思わず顔をあげる。


 やはり、私の言葉なんてこの程度のものなんだ。私なんて、その程度の価値しかないんだ。


 そんな暗い、気持ち悪い、悲しいだけの自己規定が、


「誰だって、いじめる側の人間だろ?」


 ひたと見つめて、静かに断言する彼に木っ端微塵にされた。


        ******


「まず、第1の間違いな。私の言葉なんて誰にも届かない? んなこと、当たり前じゃん」


「ーーー」


「桜川さんは転生して俺TUEEEEなテンプレキャラのつもりなの? 現実の俺たちは、何の力もなくてひ弱な、ラノベの主人公にはなり得ない存在でしょ?」


「ーーー」


「次、2つ目の間違いな。桜川さん、曲がりなりにも小説家なんでしょ? 何で『私のせいで作品がダメになった』なんて考えるの?」


「だって……私がいじめられたせいで、大切な世界が……『おもしろい』って言ってくれた人たちに申し訳ない……」


 弱々しい弁解をする私に、北原くんは大きくため息をつきながら言う。


「はいそこ。『私のせい』って言い方にもいくらか申したいところがあるけど、そもそも『物書き』としての桜川さんは、そんな汚い言葉を投げ掛けてくる奴らのために小説を書いてんの?」


「俺は、桜川さんがそんな人だとは思わない」


 何の衒いもなく、何の気負いもなく言いきる北原くん。その瞳にはバカにした雰囲気も、茶化すような雰囲気もない。

 ただ、単に事実を伝える者の目だ。


 私はその強い口調に、強い瞳の輝きに圧倒される。

 しかし、それはただの買い被りでしかないのだ。表層だけを捉えた、上っ面だけの軽い言葉。


 だからこそ、強い不快感を覚える。


「あなたに、私の何が分かるのよッ!」


 ラノベで、アニメで使い古された台詞。でも、私の口をついて出たのはそんな言葉だった。怒りを、激情を感情のままに言葉にのせて叩きつける。


「私はッ、私の本質は醜いんだよ……いつも誰かに悪口を言われるのが怖いからってビクビク怯えて! そのくせに仲良くしたいって浅ましく考えてる! 誰かがいじめられてるのを見てもなにもしないのに、自分がいじめられてるときには助けてほしいって願ってる!」


 確かに、目の前では同級生たちが苦しんでいた。他でもない、私が作り出した『空気』のせいで。自分が標的になりたくないっていう浅ましい考えで他人を標的にする下衆さ。そのくせ、自分が標的になった途端に悲劇のヒロインぶる下衆さ。


「だから、わたしはわたしが大嫌いだよ……」


 圧倒的な自己否定。形は違えど、私のしたことは紛れもない自傷行為だ。暗い、心の奥に仕舞い込んでいた泥々した感情のままに自分を傷つけた私。

 そんな私に、とうとう眼前の男の子は……


「そんなの、当たり前じゃん?」


 見限るばかりか、淡々と理論で立ち向かう。

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