第9話 実に慈悲深い夜の魔女
これが、死んでしまった人に恋をしてしまい、その人の脳をコピーした人工知能にその人を重ねた哀れな男の話、だとしたらどれだけよかっただろう。
それなら、話は簡単だった。
でも、違う。
俺は確かに冴木に恋をした。
だけど、それだけじゃない。
それと同時に俺はサエにも恋をしていた。
ふざけているようで俺のことを考えくれていた。
悪戯好きで、でも、本当は優しくて、この二日間俺を支えてくれていたのは、いつだってサエだった。
それなのに、俺はひどいことをしてしまった。
サエと冴木は違うってわかってるのに、あんなことを言ってしまった。
つくづく最低だ。
「や、久しぶり、何してるの?」
顔を上げると、そこにはいつかの魔女がいた。
「散歩だよ、携帯も財布も持たないで気ままに散歩。たまにしたくなるだろ?」
違う、本当は逃げてただけだ。
真実に目を向けることから。
「こんな時間に、補導されるよ?」
「君もだろ?」
「私は大丈夫。魔女だからさ、魔法が使えるの」
ずいぶん便利なことだ。
羨ましい。
すべての問題が魔法で解決できたら、どんなにいいだろう。
そんな優しい世界だったら、どれだけみんな幸せなんだろう。
「俺にもかけてくれよ、魔法」
「いいよ。はい、かかった」
「早いな」
魔法の杖もいらないんだろうか?
「簡単な魔法だからね」
「どんやつなんだ?」
「素直になれる魔法」
自己啓発本のタイトルみたいな魔法を魔女は俺にかけたらしい。
「なんだよ、それ」
「最後まで聞いてよ。人の話はおとなしく聞くんでしょ?」
そういえば、いつかそんなことを言った気がするな。
「すごい簡単だよ、君が言いたいのに言えないことが言えるようになるの。どう、ほら、私に告白したくなったとか、ない?」
「ないな」
残念ながら魔女は俺の手には余る。
「そっか、残念。じゃあ、他の人に素直になったら?」
素直に、なれるんだろうか?
なれるか、魔法があるんだから。
全く情けないな。俺は魔法がないと、正直に話すことすらできないみたいだ。
「ホント、君は何者なの?」
「だから、魔女だって。頑張ってよ、私のことフッたんだからさ」
「君は優しいね」
「優しい魔女もいるんだよ」
「勉強になったよ。ありがとう」
「それはよかった。じゃあ、バイバイ、柚木くん」
そう言うと、魔女はいなくなった。
そういえば、聞いておけばよかったな、魔女はほうきに乗って空を飛べるのかってね。
そうして俺は走り出す。
大好きな人に会うために。
大好きな人に謝るために。
大好きな人に大好きだって言うために。
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