第7話 狼少女
なんで俺はこんな大切なことを忘れていたんだ。
約束して、それなのに俺は……
いや、違う、本当は覚えてた。
むりやり忘れたんだ。
俺は冴木の死を自分とは遠いものにしたかったんだ。自分とは関係ないって、だから大丈夫だって。約束も全部忘れて、彼女の死を悲しむことすら放棄したんだ。
俺は、最低だ。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
イヤホンからサエの心配そうな声が聞こえた。
いまはその声が辛かった。
同時に救われる気もした。
冴木が自殺した理由は、あの時の涙の理由と一緒なんだろうか?
だとしたら、俺は……
だけど、俺は逃げるわけにはいかない。
俺は二回も冴木と関わることを決めたんだ。
自分で選んだんだ。
「大丈夫だ、パスワードの画面を開いてくれ」
そうだ、俺は知らなきゃいけない。
「本当に大丈夫ですか? 辛いんだったら、無理しなくても……」
やっぱりサエは優しい。いつもあんなにふざけてても、大事なところではいつも優しい。
「ありがとう。でも、大丈夫だから、頼む」
「……わかりました」
『ハンプティは誰?』
今ならわかる。
ハンプティは冴木 梓。
そうして最後のビデオが開かれる。
『ラストミッションクリアおめでとう。思い出してくれたんだね、ありがとう。そして、ごめんね。私は嘘を吐いてた。もしかしたら柚木くんは怒るかもしれないけど、それでも、私にはこれしか思いつかなかったから……なんて、言い訳だよね、ごめんなさい。これ以上はちゃんと柚木くんと会って話したいな。……そうしなきゃだめだよね。本当にごめんなさい、私は死んでない、自殺したっていうのは嘘なんだ。そして図々しいけどこれが本当に最後のミッション、後ろを向け、以上』
わけがわからなかった。
死んでない? どういうこと?
なんで? どうして?
でも、そんなことはどうだってよかった。
冴木が生きてる、それだけでよかった。
だから、俺は全力で最後のミッションを遂行した。
だけど、そこに冴木はいなかった。
どうして? なんで?
理由なんてどうでもいい。
冴木が居てさえくれるなら、それなのに……
「……なんで……いないんだよ」
その言葉も届かない。
「あの……これ、続きがあるみたいですよ」
サエはできれば言いたくないといったような顔をしていた。
「ビデオ、この後何時間か撮りっぱなしになってて、最後の方に少しだけ、声が入ってます」
「聞かせてくれ」
「いいんですか、もっと辛くなるかも……」
「いい」
「……どうして、そんな、そんな辛くなる必要……ないのに……」
「ヒーローだから」
口から出たこの言葉も、あの時とは全然違う。
もう、虚勢ですらない。
俺はヒーローになんてなれなかった。
ヒーローになろうとすることすらできなかった。
これはただの自嘲で、サエもきっとわかってるんだろう。
「……わかりました」
それでも、サエは俺を尊重してくれた。
*
『えーと、これは、おまけみたいなものです。そこにいる私が素直に自分の気持ちを言えるかわからないので一応ここで言っておこうと思います。
私は柚木くんのことが好きです。
図書室で会った時から、柚木くんはずっと私のヒーローでした。
ごめんね、こんなやり方でしか伝えられなくて。不安だったんだ、柚木くんが私のこと覚えてくれているのか。
だから、自殺したって嘘ついて私のことを思い出してもらおうとしたの。
ずるいよね、こんなの。最低だってわかってる。本当にごめんなさい。
でもやっぱりこれは自分で素直に言いたいな。
だから多分このビデオを聞くことはないかな。
せっかくだしもう一つ言っておきます。
サエ、いい子だったでしょ? 今回柚木くんのサポートをサエに頼んだのは、知っといて欲しかったからなんだ、私の親友のこと。サエもきっとこれを見てるだろうから、謝っておくね、勝手なことしてごめんなさい。
もし、いつか間違えてこのビデオを見ちゃうようなことがあったら、できれば三人で笑いながら見たいかな。
じゃあ、そろそろおまけは終わりです。
最後にもう一回だけ、
大好きです』
*
なんだよ、これ。
ふざけんなよ。
理解したくないのに、わかってしまった。
絶対に認めたくない、それなのに俺の頭は真実を導いてしまった。
悲劇的で最悪な真実。
自殺したって嘘ついて、本当は生きてて、でも、たまたま事故に巻き込まれて本当に死んじゃった?
なんだよ、それ。
おかしいだろ、なんで……
嘘は嘘じゃなきゃだめだろ?
本当にしてどうすんだよ?
俺は誰に怒ればいいんだよ?
冴木? 違う。事故を起こした運転手? 違う。
この世界は間違ってる。
なんで冴木が死ななきゃいけないんだよ。
そんなのおかしいだろ。
この二日間いろんな人に会った。
その人たちはみんな冴木のことが好きで、それを見てたら冴木がどんだけいいやつかが分かった。
みんなを通して俺はずっと冴木を見てた。
みんなの中の冴木はすごい輝いてて、それを見て俺は…… 俺はいつの間にか冴木のことが大好きになってた。
一年前とは違う、この気持ちは恋だ。
気づかないふりをしてた、死んだ人を好きになってもしょうがないって。
でも、もう無理だ。一度気づいてしまったら、もう止められない。
俺は冴木 梓が大好きだった。
それなのに、なんで……
俺はどんな顔をしているんだろうか?
サエが辛そうな顔で、こっちを見ていた。
それが最低なことだって、言っちゃいけないことだってわかってた。
それでも、俺は自分を止められなかった。
俺は言ってしまった。
「……帰ろう、冴木」
画面の中の彼女は、冴木と同じ顔をしていて、同じ声をしていて、それがどうして冴木じゃないって言えるんだ?
俺にはわからない。
「……はい」
ただ、悲しそうな顔で冴木はそう言った。
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