第4話 死にたがり

帰り道、俺は彼女と話していた。

「いいやつだったんだな冴木って」

さっきの男の子も、バイキングの店員も、クレープ屋の人も、魔女でさえ冴木のことを気に入っているように見えた。

冴木と関わっていた人と話すと、よくわかる、冴木はいいやつだったんだと。


でも、それはもう失われてしまった。


「そりゃもう、私の分身ですから。いや、私が分身か」

その自虐的な笑みもまた少し悲しかった。


こいつは冴木じゃない。

似てるけど、それでもやっぱり違う。

そんなことはわかっていたけど、わかっていたけどそれでもやっぱり、冴木が死んだということを俺はどこかで忘れていた。

覚えていたけど忘れていたんだ。


もう見ることのできない輝きはある種の呪いだ。

一度その輝きに目を奪われたら、もう見られないのに、いつまでもそれを追い続けることになる。絶対に届かないのに、どこまでも。


冴木の輝きは二度と俺の目には入らない。



冴木はなんで死んだのか?

そんなことが今更脳裏を支配した。


だからそれが目に入ったのは偶然だったのかもしれないけど、俺は必然だったように思う。


俺の目に飛び込んできたのは、ビルの上から今にも飛び降りようとしている男だった。


なぜかはわからない、でも気づいたら俺は走っていた。



「待てよ」

なぜ声をかけたのか?

目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから?

いつもの俺ならそうだったんだろう。


でも、今の俺は多分違う。


「お前名前は?」

なんとなく名前を聞いておきたかった。

「柊」

男——柊はふてぶてしく名乗った。

多分歳は同じくらいで、目のクマがひどい。

ホント、今にも死にそうって感じだ。


「残念だけど、止めても無駄だよ。俺は死にたいんだ」


「勝手にしろよ」

「はぁ?」

「だから勝手にしろって言ったんだよ」


そうだ勝手にすればいい。

でも、その前に聞きたいことがあった。


「止めたのはお前だろ?」

「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「俺に?」

「ああ」


「なんで死にたいんだ?」

もちろん、こんなことを聞いても無駄なのはわかってる。こいつが死にたい理由と、冴木が死にたかった理由は違うんだから。

それでも、死にたいって気持ちがどんなものなのか知りたかった。

半分八つ当たりみたいなものだったけど。


「なんでそんなこと知りたいんだよ?」

柊が面倒くさそうに聞く。

「別に気になっただけだ」


「ふぅん。いいよ、教えてやるよ。最後に人の役に立つのも悪くない」

柊が俺の方に体を向けた。


「すごい嫌なことがあったんだ。そうだな、簡単に言うと俺はヒーローになれなかった。簡単だろ? それだけだ。すごい簡単なことだけど、俺にはとても嫌なことなんだよ。自分を消したいくらいにね。だから、俺は死ぬ。それだけの話」


もちろん彼の話を全て理解したわけじゃない。

彼の言うヒーローが何を指しているのかはわからない。それでも、彼の悲痛な叫びは死ぬだけの理由を感じさせた。


別に死ぬことを肯定してるわけじゃない。

ただ、理由があるのはわかるってだけだ。


「そっか、ありがとう」

「もういいだろ? じゃあな」

彼はこれから死ぬんだろうか?

わからないけど、やっぱりできれば……


「できれば、死なないで欲しいな俺は」

さっき勝手にしろって言ったくせにな。

勝手なのは俺の方みたいだ。


「それだけ、じゃあな、ありがとう」


返事はなかった。

ただ、彼がフェンスのこちら側に来てるのが見えた。


下に降りてからも、俺は屋上を見ることはしなかった。


「いいんですか? 最後まで止めなくて」

ずっと黙っていた彼女が声を出した。

「お前こそ、ずっとおとなしかったな」

「私はただの人工知能ですから」

俺はそれを肯定も否定もしなかった。


あの後彼が飛び降りたのかはわからない。

もし飛び降りなかったとしても、それは一時的なもので、結局俺のしたことなんてほとんど無意味なんだろう。


それでも、もし彼が飛び降りなかったことでできた一日で、もしその一日で彼に生きたい理由ができればいいな、そんな風に思った。

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