第4話 死にたがり
帰り道、俺は彼女と話していた。
「いいやつだったんだな冴木って」
さっきの男の子も、バイキングの店員も、クレープ屋の人も、魔女でさえ冴木のことを気に入っているように見えた。
冴木と関わっていた人と話すと、よくわかる、冴木はいいやつだったんだと。
でも、それはもう失われてしまった。
「そりゃもう、私の分身ですから。いや、私が分身か」
その自虐的な笑みもまた少し悲しかった。
こいつは冴木じゃない。
似てるけど、それでもやっぱり違う。
そんなことはわかっていたけど、わかっていたけどそれでもやっぱり、冴木が死んだということを俺はどこかで忘れていた。
覚えていたけど忘れていたんだ。
もう見ることのできない輝きはある種の呪いだ。
一度その輝きに目を奪われたら、もう見られないのに、いつまでもそれを追い続けることになる。絶対に届かないのに、どこまでも。
冴木の輝きは二度と俺の目には入らない。
冴木はなんで死んだのか?
そんなことが今更脳裏を支配した。
だからそれが目に入ったのは偶然だったのかもしれないけど、俺は必然だったように思う。
俺の目に飛び込んできたのは、ビルの上から今にも飛び降りようとしている男だった。
なぜかはわからない、でも気づいたら俺は走っていた。
*
「待てよ」
なぜ声をかけたのか?
目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから?
いつもの俺ならそうだったんだろう。
でも、今の俺は多分違う。
「お前名前は?」
なんとなく名前を聞いておきたかった。
「柊」
男——柊はふてぶてしく名乗った。
多分歳は同じくらいで、目のクマがひどい。
ホント、今にも死にそうって感じだ。
「残念だけど、止めても無駄だよ。俺は死にたいんだ」
「勝手にしろよ」
「はぁ?」
「だから勝手にしろって言ったんだよ」
そうだ勝手にすればいい。
でも、その前に聞きたいことがあった。
「止めたのはお前だろ?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「俺に?」
「ああ」
「なんで死にたいんだ?」
もちろん、こんなことを聞いても無駄なのはわかってる。こいつが死にたい理由と、冴木が死にたかった理由は違うんだから。
それでも、死にたいって気持ちがどんなものなのか知りたかった。
半分八つ当たりみたいなものだったけど。
「なんでそんなこと知りたいんだよ?」
柊が面倒くさそうに聞く。
「別に気になっただけだ」
「ふぅん。いいよ、教えてやるよ。最後に人の役に立つのも悪くない」
柊が俺の方に体を向けた。
「すごい嫌なことがあったんだ。そうだな、簡単に言うと俺はヒーローになれなかった。簡単だろ? それだけだ。すごい簡単なことだけど、俺にはとても嫌なことなんだよ。自分を消したいくらいにね。だから、俺は死ぬ。それだけの話」
もちろん彼の話を全て理解したわけじゃない。
彼の言うヒーローが何を指しているのかはわからない。それでも、彼の悲痛な叫びは死ぬだけの理由を感じさせた。
別に死ぬことを肯定してるわけじゃない。
ただ、理由があるのはわかるってだけだ。
「そっか、ありがとう」
「もういいだろ? じゃあな」
彼はこれから死ぬんだろうか?
わからないけど、やっぱりできれば……
「できれば、死なないで欲しいな俺は」
さっき勝手にしろって言ったくせにな。
勝手なのは俺の方みたいだ。
「それだけ、じゃあな、ありがとう」
返事はなかった。
ただ、彼がフェンスのこちら側に来てるのが見えた。
下に降りてからも、俺は屋上を見ることはしなかった。
「いいんですか? 最後まで止めなくて」
ずっと黙っていた彼女が声を出した。
「お前こそ、ずっとおとなしかったな」
「私はただの人工知能ですから」
俺はそれを肯定も否定もしなかった。
あの後彼が飛び降りたのかはわからない。
もし飛び降りなかったとしても、それは一時的なもので、結局俺のしたことなんてほとんど無意味なんだろう。
それでも、もし彼が飛び降りなかったことでできた一日で、もしその一日で彼に生きたい理由ができればいいな、そんな風に思った。
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