第3話 魔女とヒーロー

「やっぱりイースターエッグじゃないですかねー? ほら、このまえイースターだったじゃないですか」


ゴールデンウィークなのにほとんど人気がない公園で俺が頭を悩ませていると、彼女がそう呟いた。


「お前、わかってたならもっと早く言ってくれよ」

散々頭を使った俺が馬鹿みたいだ。

「いや、頭脳明晰な柚木さんなら、それくらいもう気づいてるかなー、と思って」


明らかにわざとのように感じられたけど、まあいい、とにかくわかったならたまご探しだ。


「おー、たくさん集まりましたね」

彼女の視線(カメラのレンズ)はベンチに並べられたたくさんのたまごに向けられていた。


並べられた約二十個のたまごは公園の至る所に隠されていた。

だけど、全部意味のないただのゴミだ。

最初の一個を見つけた時は、やけに簡単だったな、と思ったんだ。

でもそれは思い違いだった。


たまごを開けると『はずれ〜』と、ウサギの絵と一緒に書いてあった。

他のも全部一緒だ。

人工知能の冴木と同じようにニタニタ笑う冴木の顔が簡単に想像できるね。ホント、いい性格してるよ。


しかし、どうしたものか、公園のめぼしいところはだいたい探したけれど、これ以上は見つからなかった。

本当にここにあるんだろうか?


そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。


「あっ、それ、梓姉ちゃんのじゃん。お兄ちゃん、姉ちゃんのともだち?」


振り返るとそこには小学校低学年くらいの男の子がいた。


「え、ああ、うん、そうだけど。君は?」


「でしっ!」

「弟子? なんの?」

「せいぎのヒーロー」


正義のヒーロー。

彼くらいの男の子にはちょうどしっくりくる言葉だけど、女子高生には妙に違和感がある言葉だ。


一体どういう意味なんだろうか?


「教えてあげよっか?」


透き通るような綺麗な声が聞こえた。


横を向くと眼鏡をかけた女の子がいた。

歳は同じくらいだろうか?

ミディアム、っていうのかな? それくらいの髪の長さで、絵になりそうな女の子だった。


「だれ?」

単純な疑問。

「魔女」

単純な解答。


魔女? 魔女って何? ほうきで飛ぶやつ?


は?


何を言ってるんだ。


「魔女ってどういうこと?」

「そのままの意味だよ。私は魔女。それだけ」


「ふざけてるの?」

「全然。それより教えてあげるよ、ヒーロのこと」

いつの間にかジャングルジムに登っていた男の子の方を見ながら、魔女はそう言った。


よくわからないけど、どうやら魔女は冴木とあの男の子のことを知っているようだった。

このまま、魔女について聞いてもらちがあかなそうだったので、とりあえず話を聞くことにした。


「あの子はね泣いてた。なんかあったんだろうね。私たちにはわからないけど、きっと小学生には小学生の社会があって、それで泣いてた。わかるかな?」


言いたいことはまあわかる。俺たち高校生には高校生のルールがあるし、小学生の頃にもあった、幼稚園の頃ももしかしたら赤ん坊の頃もあったのかもしれない。


「それで、そんな泣いてるあの子を見て、彼女は声をかけた。でも、あの子が抱えている問題には触れなかった。きっと彼女はわかってたんだよ、それは私たちが踏み込んじゃいけないって。さっきも言ったけど、小学生には小学生の社会があるからね、そこに、私たちは入れない。彼女はそれを尊重していた」


そこで魔女はふぅと一息ついた。


「ねえ、さっきから黙って聞いてるけど、質問とかないの?」

「人の話はしっかり聞く方なんだ。おとなしくね」

「そう、ならいいけど」


魔女は話を続ける。


「そうして彼女が選んだのは、ヒーローのなり方、それを教えること。自分がヒーローになってあの子を助けるんじゃない、あの子がヒーローになれるように背中を押してあげる。

そうやって、彼女とあの子は仲良くなりました。おしまい」


魔女は満足そうに俺の方を向いた。


「それで、結局君は何者なの?」


「魔女だよ」


「ヒーローが倒すべき?」

つまり、あの男の子がヒーロになるために、冴木が師匠という設定を持ったように、彼女も男の子がヒーロになるために倒す魔女という設定、そういうことなのだろうか?


「かもね。でも、違うのかもしれない。まあ、わかってるのは一つ、私が魔女だってことだよ」

魔女はそういって笑った。

俺としては別にどっちでもよかった。

ただ、本当に魔女だった方が面白いかな。


「聞かなくていいんですか? たまごのこと」

突然、イヤホンから彼女の声が聞こえた。

そういえばすっかり忘れていた。


だけど、考えてみると、さっき見つけたたまごたちは全部すぐ見つかるところに隠してあった。

あんな隠し方じゃ俺以外の人でも見つけられただろう。

でも、冴木はそれじゃあ困るはずだ。パスワードは俺が見つけなければ意味がない。


もしかしたらたまごが指すのはイースターじゃない?

だとしたらなんだ?


記憶の片隅になにか、なにか引っかかるものがある。だけどそれが何なのかはわからない。


答えがわかる前に、魔女が首に下げていたネックレスが目に入った。


ハンプティ・ダンプティ

なぜだか一目でわかった。

たまご型のネックレスが指すのはそれだ。


途端、何かがフラッシュバックした。

脳裏に浮かんだのは、冴木?

冴木 梓が持っているのは本?


これはなんだ?

この記憶は、俺は冴木を知っていた。

いや、知っていたのは当たり前なんだけど、でもそれだけじゃない、話したことがあった?


いくら考えても、やっぱり思い出せなかった。


だけど思い出せたこともある。

魔女は何かを待っているみたいだった。


「ハンプティ・ダンプティが塀に座った。

ハンプティ・ダンプティが落っこちた。

王様の馬と家来の全部がかかっても

ハンプティを元に戻せなかった」


俺の言葉に魔女は少し驚いているようだ。


「ふーん、ホントに言った」

「というと? やっぱり君が持っているの?」

「そうだね、彼女に頼まれた。ハンプティ・ダンプティの詩を聴かされたら、これを渡せって。答えはたまご。ハンプティはたまごだ」

そういうと魔女はたまご型のカプセルを、俺に渡した。


「本当に君は何者なの?」

心からの疑問だ。

「だから、魔女だって。君こそ何者なの?」

「ヒーローの師匠の友達」

「ふーん。頼れる仲間的な?」

「嘘だよ」

そうだ、嘘だ。ほとんど話したこともない。はずだった。そう思っていた。さっきまでは。


「嘘、ね。嫌いじゃないよ。ミステリアスだ」

「それはよかった」

「じゃ、バイバイ。またね、柚木くん」

そういうと魔女は立ち去った。


さて、なんで、魔女は俺の名前を知っているのだろう?

もしかすると彼女は本物の魔女なのかもしれない。


「ねえ、お兄ちゃんは魔女のなかまなの?」

気がつくと、あの男の子が俺の前に来ていた。

どうやら俺と魔女が話しているのを見ていたようだった。

「違うよ、君の師匠の仲間だよ」

「ほんと? じゃあさ、姉ちゃんこんどはいつくるの?」


少年の無邪気な言葉に、俺は心臓をギュッと握られたような思いがした。

冴木がここに来ることは二度とない。

そんなこと言えるわけないじゃないか。


「君が一人前のヒーローになったら来るよ、きっと」

なんて無責任な言葉なんだろう。

だけど、俺にはそれしか言えなかった。



『二つ目のミッションクリアおめでとう。どうかな、ちょっと難しかった? 次が最後のミッションだね。私は信じてるよ柚木くんなら大丈夫だって。それじゃあラストミッションです。学校の図書室に行って。そして私を思い出して。全ての答えがそこにあるから。じゃあ、またね』


男の子が家に帰ってから、俺たちは公園で二つ目のビデオを見た。


意味はよくわからなかった。

今はあんまり考えたくなかった。


もう今日は帰って寝よう。

考えるのは明日だ。

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