第2話 悪戯仕掛けの人工知能
「何名様ですか? い、一名です。わ、わかりました、一名様ご案内します」
「お前、いい加減にしろよ」
一夜明けて、一人でケーキを食べる俺に、片耳につけたイヤホンから、馬鹿にした声が聞こえた。
「だって、一名って、スイーツバイキングに男子高校生が一名。あの店員さんの引きつった顔。いやー面白かった。傑作ですね、もう、爆笑」
なんなんだ、こいつは。
昨日まであんなに淡々としてて、冴木とは似ても似つかなかったくせに、今じゃ冴木より明るいんじゃないかと思うくらい饒舌だ。
「お前、さっきまでそんなんじゃなかっただろ。なんなんだよ、急に性格変わりすぎだろ」
周りに気付かれないように、小さな声で俺は抗議した。
「あれは、説明モードですから。話が円滑に進まないでしょ。だから我慢してたんですよ。こっちが基本モードです。かわいいでしょ? こっちのが」
「全然可愛くない、むしろにくらしい」
「えー、じゃあ戻します? 好きなの選んでもらってもいいですけど。ツンデレ、ヤンデレ、ぶりっ子、クール、どれでもお好きなのをどうぞ。全部のバージョンで梓っぽく振るまえますよ」
画面の中でおどける彼女に、思わずため息が出る。
「頼むからこれ以上変にならないでくれ」
口から出た本音を、彼女は好意的に受け取ったようで、「じゃあ、今の私が好きってことですね」と嬉しそうに言われた。
「ホントなんなんだよ、お前。最近の人工知能って感情があるのか?」
目の前の彼女は、画面の中にいることを除けば、一人の人間にしか見えない。
電話越しで声だけ聞いていたら、誰だって人間と勘違いするだろう。
「ありませんよ、感情なんて」
途端、さっきまでの冷たい刺すような声でそう言った彼女に、俺は一瞬時が止まったかと思った。
「たくさんのデータから、自分で言葉を導けるようにはなってますけど、あくまでこれは過去のパータンからの使い回しですから、とても感情なんて呼べる代物ではないですね」
平然と喋る彼女に俺は言葉を返せず、しばらく周りの雑音だけが響いた。
「それにしても、さっきからケーキばっかり食べてますねー パスタとか食べないんですか? せっかくあるのに」
先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「しょうがないだろ、ケーキを食べろってのがミッションらしいんだからさ」
正直助かったと思いながら俺も話はじめる。
「律儀ですねー、別に判定員がいるわけでもないのに」
ちょっと待て。
と、思わず声が出る。
「いないのか? 判定員」
「いないんじゃないですか、よく知りませんけど」
「お前じゃないの? 判定員。お前が判定してパスワードを教えてくれるんじゃないのか?」
「違いますよ。私、パスワードなんて知りませんし。そもそも梓が死ぬってのも知りませんでしたからね。ホント、勝手ですよね、まったく」
そう言って彼女は、わざわざ画面に雲みたいな怒りマークを出した。
だったら俺はなんのためにケーキなんか食べてるんだ?
誰も見てないのに。
急に自分がしてることが恥ずかしくなってきた。
「あの、柚木さんですよね?」
あまりの恥ずかしさから席を立とうとした時、店員の女性が声をかけてきた。
「そうですけど、何か?」
「あの、これ……」
店員の手には紙が握られていた。
これは、逆ナン?
恥をかいてまで来た甲斐があった?
なんてくだらないことを一瞬考えたんだけど、そんな必要は一切なかった。
「それ、柚木っていう男の子が一人で来たら渡してくれって頼まれまして。ケーキをすごい美味しそうに食べるいい子でしたけど…… とりあえず渡しましたので、それじゃあ」
そう言って店員は戻っていった。
「なるほど、これにパスが書いてあるってことですね、面白いことしますねー、梓」
彼女がどこか感心したように笑う。
まあ、でもこれでこの恥ずかしいミッションもやっと終わるのか。
そう思って手紙を開いた。
『柚木くんお疲れ様。ケーキ、美味しかった? 一人で頑張った君にご褒美があります。ここの近くのクレープ屋さんで激辛食べるラー油クレープを注文してみてください。奢ってあげます。
どうやら俺はまだ気苦労を背負わされるらしい。
なんだよ、食べるラー油クレープって。
二つの言葉に齟齬がありすぎるだろ。
そもそもどうやって奢るんだ?
画面の中では俺の不幸をケタケタ笑う嬉しそうな彼女がいた。
さっきこいつと冴木はあんまり似てないって言ったけど、訂正しようかな。
冴木もこんな風に笑いながら、この手紙を書いたのかもしれない、そう思うと、彼女と冴木が重なって見えた。
*
「はい、激辛食べるラー油クレープ」
渡されたのは、おぞましいほどの赤を赤で包んだような劇物だった。
しかも二つ。
目の前の綺麗な女性が作ったとは思えない代物だ。
「なんで、二つなんですか? それにお代」
激辛食べるラー油クレープを注文すると、個数も言ってないのに、二つ代金も払わずに出てきた。
「もう、貰ってるから、梓ちゃんに。このメニュー知ってるってことは、あんた梓ちゃんの言ってた子でしょ? 彼氏かなんか? 大事にしなきゃダメだよ、あんないい子。この前もさ、あそこで転んだおばあさんがいたんだけど、助けてあげてて、ホントいい子だよねー」
どうやら、冴木から事前に話が通っていたらしく、この劇物は無料で俺に届けられたらしい。
これ以上いろいろ聞かれる前に立ち去ろうとすると、レシートを渡された。
お金を払っていないのに、レシートをもらうのはちょっと変な気分だったな。
*
「ふふ、いやー、辛そうですね、どうですか? からい? つらい?あ、サエちゃんの小粋なジョークですよ、これ」
辛さで悲鳴をあげながらクレープを食べる俺に、悪魔のような声が聞こえた。
「お前、本当にいい加減にしろよ。頼むから食べてくれよ一緒に」
やっとの思いで一つ完食したが、まだ一つあると思うと本当に気が滅入った。
「それは無理ですよ、私はいる世界が違いますから。触れられないし、食べられない。当たり前でしょ?」
悪魔的に笑いながら、彼女はそう言ったが、それは同時に悲しみも含んでいるように聞こえた。
その悲しみを忘れるように、俺は激辛クレープを口に入れた。
*
はぁぁぁー
と大きく息を吐いて、やっとクレープを完食した実感が湧いた。
誰か褒めて欲しい。というか自分で褒めよう、なんて偉いんだ、俺は。
「いやー、お疲れ様です。残さず食べれて偉い偉い」
褒めて欲しいとは言ったけど、こいつに言われると馬鹿にされてるように感じるな。
「で、結局どれがパスワードなんだよ?」
クレープを全部食べてもパスワードが出てくる気配はなかった。
「さあ? それは梓に聞いてみないとわかんないですね」
せっかく食べたのに。
俺の努力は無駄だったのか?
なかなかの偉業なはずなんだが、あれを食べるのは。
脱力感に襲われながらも頭を働かせて考えると、一つの違和感に気づいた。
確かあの時レシートをもらったはずだ。
お金を払っていないのにレシート、なんか変な感じだったけど、もしあれが冴木が意図的に渡すように頼んだものだとしたら?
レシートを見るとラー油クレープの値段四百九十円が二つ、合計九百八十円と書かれていた。
980
そう認証画面に打ち込んでみる。
「おー、正解ですね、開きました。おめでとうございます」
やっと開いたことに対する嬉しさと同時に、結局これってクレープ食べなくてもよかったんじゃないかという思いが浮かんだが、それは食べ物を残さなかったんだからいいことだ、と忘れることにした。
「じゃあ、開きますよ、一つ目のビデオ」
その合図で当然のように、冴木 梓が画面の中に現れた。
『一つ目のミッションクリアおめでとう。おいしかったかな? ラー油クレープ。面白い味だったでしょ? じゃあ次のミッションを言います。学校の近くに公園があるでしょ? あそこでたまごを探せ。以上。じゃ、またね』
なんだこれ?
というのが正直な感想だった。
さっきのミッションはやることは示されていた。だけど、今回のは内容が漠然としすぎている。何をすればいいのか見当もつかなかった。
結局いくら考えてもわからなかったので、とりあえず公園に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます