第1話 死者からの挑戦状

「柚木 凛さん、お届け物があります」

冴木 梓の死を告げられてから三日、俺たちは微妙な空気の中、一応はいつも通りの生活を送っていた。

だけど、そんな俺の日常を壊す一手は、いとも簡単に投じられたんだ。


セリフだけ聞けば、家のドアを開けたら宅配便が届いてたなんて感じの言葉だ。

でも、これはそんな簡単な話じゃないんだ。

俺が開いたのはドアじゃなくて携帯、そこにいたのは宅配便じゃなくて彼女——冴木 梓だった。


「なん……で」

ディスプレイに映し出された彼女に、俺はそれしか言えなかった。


「私は冴木 梓の脳のコピーをもとにつくられた人工知能です。私の説明は以上です」


愕然というのはこういうことを言うんだろう。

感情を一切感じさせない声で淡々と話す彼女に、俺の脳は追いつかなかった。


「ちょっと待てよ、脳をコピーなんてそんなことできるわけ——」


「できます」


その冷淡な声は反論なんて許さないように感じられた。


俺の記憶の中の彼女はこんなやつだったか?

彼女はもっと、明るくて、笑顔で、俺にはそれがずっと眩しかった。

だけど目の前の彼女から感じる印象は、正反対と言っていいものだ。


「だとしてもなんで冴木が……?」

「梓の父親が人工知能の研究者だからです」

彼女はもういいですかとでも言うように話を続けた。

「これがお届け物です」

彼女の声とともに携帯に動画が映し出される。


『あ、あー。撮れてるかなー。柚木くん見えてる?』

映し出された映像に俺は今度こそ心臓が止まるかと思ったよ。

そこにいたのはまぎれもない、俺が知ってる冴木 梓だった。


『ごめんね、突然驚いたよね。実は柚木くんにお願いがあってさ…… もしかしたら迷惑かもしれないけど、これは柚木くんにしかできないことなんだ。だから、お願いがあります。私が何で自殺したか、その謎を解いてください。詳しいことはサエ、あっ、私の人工知能のことね。私はそう呼んでるんだ。それで詳しいことはサエが教えるから、よろしくお願いします。じゃあまたね』


一方的にそう告げると冴木 梓は画面から消えた。そして代わるように彼女が画面に現れる。


「……なんなんだよ、これ」

やっとの思いで絞り出した俺の声に、彼女は淡々と答えた。


「梓が死ぬ前に撮ったビデオです」


なんでそんなこと?


「あなたに自殺の謎を解いて欲しいから、と言ってましたね」


自然と口から出ていた疑問に、しつこいようだけど、彼女はあっさり答えた。


「ここにパスがかかった三つのファイルがあります。中に入っているのはビデオです。あなたにはこのパスワードを探してもらいます。そうして梓の最後のメッセージを聞いて彼女の死の真相を突き止めてください」


淡々されていく説明に、言葉がでなかった。


「もちろん、あなたには拒否権があります。やりたくなければ、やらなくても結構です。どうしますか?」


なんで彼女は自殺なんかしたのか?

事故じゃなかったのか?

なんで俺が選ばれたのか?

疑問が頭の中を埋め尽くした。


そうして、結局俺は彼女の死の謎に踏み込むことを選んだ。

なんでかはわからない。でも、俺は知らなきゃいけない気がしたんだ。

運命、なんて言うつもりはないけど、それでもそう思った。



「なんなんだよ、これ……」


パスワードを知るためには、彼女——冴木梓が出すミッションをクリアする必要がある。そう言われて冴木の最初のミッションを記録したビデオを見ることになったんだけど、それを見た瞬間俺は絶句した。

なんというか、意味がわからなかった。


まあ、とりあえず見て欲しい、このわけがわからないビデオを。


『まず、ありがとう。私のお願いきいてくれるんだね。本当にありがとう。じゃあ、早速最初のミッションだよ。えー、駅前のスイーツバイキングのお店に一人で行ってケーキを食べる。以上。じゃあ頑張ってね』


もう一度言う。


「なんなんだよ、これ」


「梓の出したミッションです」


「そうじゃないだろ!」

俺の口からは当然その言葉がでた。


「なんでだよ、ミッションってもっと……なんていうか、あれだろ? なんだよ、スイーツバイキングって、全然ミッションじゃないだろ」


人工知能に言っても、仕方がないのはもちろんわかってるよ。それでも言わせて欲しい。

わけがわからない。


「そうですか? 結構難易度高いと思いますけど。男子高校生が一人でスイーツバイキング」


だったら余計に嫌だ。そんなことはしたくない。


「それで、やるんですか? やらないんですか?」


非情にも彼女は俺に最悪の選択を迫ってきているようだった。


結局俺は、「……やるよ」と言うほかなかった。

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