夜明け前、君がいた。

澤葉 夕雨

第1話

夜明け前、君がいた。

澤葉 夕雨 (さわばゆうう)




夜明け前、君がいた。

日が昇る。眩しくて、ただ眩しくて、眼を開けているのが億劫なくらいで。

俺は太陽から眼を背けていた。

君がいた方向を向けずに。



夜だ。

秋の空気を含んだ夜。

まだ夏の名残か少しだけ蒸し暑い。

地球温暖化対策はどうなっているのだろうか。

頑張れ、日本政府。

いつも通り眠れなくて。

いつも通り夜の世界へと出た。

いつも通りの道を散歩して。

いつも通り公園へ寄り道した。


公園に今日は先客がいた。いつもは俺1人なのに。

見た感じ身長は俺と頭1つ分くらい違くて

俺と同い年か、もっと若いか。それくらいの少女…。

そして何より白いのだ。

髪も、肌も、全てが白い。

人の気配に気づいたのか、少女が振り向いた。

(白いなぁ…)

肌の白さに唇の紅色が際立っている。

(外国人…?なのか?)

いやでも、顔立ちは日本人というか、アジア系というか。

そんなことを考えていると、



「夜、好きなんですか?」



そう、声をかけてきた。

透き通った声。盲目の夜に音が響く。

今思えば、この時俺はこの少女に心を奪われたのかもしれない。それはそれは一瞬にして。



「…あのー?私のこと見えてますか?」



心配そうに俺の顔を覗き込む。

近い。

あまりの顔の近さに俺は精神を取り戻した。



「…あ、はい。見えてます。視界いっぱいに。うん。」



少女はホッとしたように



「よかった。私も遂に幽霊になったのかと思った。」



首を傾げてふふふと笑っている。

穏やかそうな少女だ。



「…幽霊…?」



幽霊というよりは、限りなく天使に近い気がする。



「ほら、私白いでしょう?あ、自慢とかじゃなくて。アルビノなんです。」



ああ。白兎とかの色素が作れないっていうやつか。

人間にもそんな事が起きるのか。

起きるのか?



「生まれた時から?」



少女は俺の問いかけに困ったように笑った。



「わからないんです。記憶がないんです。気がついたら夜で、この公園にいて。憶えているのは、私のすべき事と、名前だけで…」



聞いてはいけない事を聞いた気がした。

こういう時なんて返したらいいのだろうか。

人間関係が乏しい俺には何が正しいのか解らなかった。



「あ、えっと。でも大丈夫なんです。特に不便はないし。それにあなたが…。あ!名前!名前聞いてませんでした!」



少女は思い出したように俺の名前を聞いた。

人に名前を聞かれるのはいつ以来だろうか



「遼。響矢 遼だよ。」


「りょうさん…。」


「遼でいいよ。」


「り、遼…。ありがとう!私の話を聞いてくれて。私と会話してくれて」



少女は太陽のような笑顔を浮かべた。

純粋無垢な笑顔。

心臓が少しだけ跳ねたりなんかして。



「君の名前は?」



普段俺は人と関わらない。

学校へも行っていない。

理由は面倒くさいに尽きる。

そんな俺が初めて相手を知りたいと思った。



「私ですか?私は…。」



…?

少女が驚いたように俺の先を見る。



「ごめんなさい!もう時間が。また…また明日!」



そうして少女は駆け出した。

…っえ?



「え!?」



状況を把握するのに3秒ほど。

追いかけるか、何かしなきゃ。

あの子と関わりを。何かをしなきゃ。



「ねえ!また明日会えるよね!」



俺は思わず大声で叫んでいた。

こんな時間に、我ながら迷惑な奴だ。

もうだいぶ遠くへいる少女は、振り向き、頷いたような気がした。

背後からの光を感じて振り向く。

丁度朝日が顔を出すところだった。

再び少女が駆けて行った方へ眼を向けると、もう少女はいなかった。

全てが夢だったような…。本当に彼女と俺は会話をしていたのだろうか。

ぼーっと考えながら帰路についた。







そして夜が開けた。

いつも通り憂鬱な朝だった。

ふと、昨夜の事が思い出される。

それと同時に、少女の名前を聞けなかった事も思い出し、自分のコミニュケーション能力の低さを恨む。

今この時間はどこにいるのだろう。

何をしているのだろうか。

たった1度会っただけなのに何故こんなに気になるのだろうか。


俺はこんな感情は知らない。




「たまには日が出ている内にも外へ出てみようかな…。」



誰に言うでもない自分の決意を、小さく言葉に出して俺は家を出た。

普段は夜に散歩する道を歩いていく。

明るく、色鮮やかな世界は、自分にはとても似合わないような気がした。

自分だけが周りに溶け込めていないような。

そんな気がしてならない。


いつも来る公園に差し掛かった。

平日の昼間。

みんなは今頃学校で勉強中だろうか。

しばらく教室には入っていない。それどころか学校の敷地内にすら入っていない。

いつから学校へ行かなくなったのか、不思議と記憶がない。多分めんどくさかったのだろう。


公園には日常が溢れていた。

小さい子がヨタヨタと歩き回り。

おばあさんがウォーキングをして。

どこかのOLが昼食を摂っている。

何気ない昼間の風景だ。

俺は昨日少女が立っていたところへと歩み寄って行った。

そして少女が駆けて行った方を見る。


(向こうへ行ったら会えるかな)


考える間も無く俺は歩き出していた。

しかしそう上手くはいかないものだ。

漫画のように感動の再会があるわけでもなければ、見ず知らずの悪の組織が出てくるわけでもない。

久しぶりに日光を浴びた所為だろうか。

俺はとても疲れて家へと向かってとぼとぼと歩いた。


家に着くなりベッドへと倒れこむ。

日光は嫌いだ。疲れる。

俺はそのまま眠りの闇へと沈んでいった。



夢を見た。

誰かが泣いている。

聞いた事がある声だ。

澄み渡り、よく響く。

ああ、あの子だ。なんで泣いているのだろう。

…?

少し違和感を感じた。

声は確かにあの少女なのに、姿がまるで別人だ。髪色が違う。

どこかで見たことがあるような。ないような。

そんな少女が苦しそうに泣いていた。悲しい事でもあったのだろうか。

何かを問いかけている。

よく聞き取れないけれど、必死に俺に何かを伝えようとしている。何だろう。


「………、……?」


だめだ、全然わからない。

俺の目の前で泣いているのに。

何もできない自分が憎らしかった。


やけにリアルな夢だった。

気がつくともう22時を回っている。

いつまでもこんな昼夜逆転した生活をしてたらいけないな。

そうは思うのだがなかなか変えられないものだ。

俺はいつも通り夜の闇へと飛び出した。

いつもよりも速いペースで歩く。

そして公園に着いた。

少女が立っていた。紛れもなく彼女だった。

全身真っ白の少女は、夜の闇の中でふんわりと光っているように見えた。


(まるで、月だ)


直感的にそう思った。

暗闇の中で光る少女は、月にも負けないくらい美しかった。

少女が振り向く。俺に気づいてペコリと頭を下げた。


「もう会えないかと思った」


さっきみた夢の影響だろうか。不安がそのまま言葉に出てしまった。

少女はふわりと首をかしげて


「また明日、って言ってくれたじゃないですか。本当に嬉しかったんです。」


やわらかく、ふふふと笑う。透き通る声。


「名前…名前を教えてくれないかな?」


少女と友達になりたかった。

俺は久しぶりに人と関わりたいと思った。


「あ、はい!ハルって言います。苗字とか、本名はわかりません。」


「……ハル。」


ハル。君の名前。


「ハルは何でここにいるの?」


もっとハルの事を知りたいと思った。この気持ちはなんなのか。俺は解らない。

ハルは自分の事を話してくれた。



***


私は、ある時をきっかけに、いろいろな記憶を無くしました。

そのきっかけすら、今はもう思い出せません。

目が醒める前、誰かの声を聞きました。

その声は、聞いたことがあるようなないような、そんな響きを含む声でした。


「ハル。あなたは今、昼の世界に存在することはできません。日が完璧に沈んでから、日が顔を出すまで…。それがあなたの存在できる時間です。日が顔を出した瞬間、あなたはその場から薄れていきます。

少しでも日を浴びると、あなたは身体に影響が出るでしょう。

大丈夫。日が出たら自動的に姿は薄れますから。

ハル。あなたの失われた”本体”を探しなさい。そうすれば元のハルに戻れるでしょう。」


そう、誰かに言われました。

気がつくとこの公園のベンチに座っていました。

そして私は、自分を探し始めたのです。

夜の間中、公園を歩きまわりました。

アルビノですから。身体に影響がでるとはその事でしょう。

朝日が出た瞬間、私は薄れました。

そして夜になるとこの世界へ…。

毎日、毎日歩きました。

でも、誰もいない公園は寂しくて、冷たくて…。

何日も何日も、失われた物を探しました。

だけど見つからなかった…。


***



「心が折れそうになった時、私は遼を見つけたんです。」


思わず声かけちゃいました。

そう言って、ハルは照れくさそうに下を向いた。


「俺も一緒にハルの失くしたもの探すよ」


ハルの眼が見開かれる。


「俺も…、一緒に探すから。」


しかし、ハルの眼がふと光を失った。


「もう。いいんです。どっちみちもう時間がないんです。私がこの世界に存在できているのは、仮の時間だから…。もうその時間も、残り僅かですから…。」


ありがとうございます。口元が綻んでいた。

なんでそんなに苦しいことを…。

なんでそんなにつらい事を…。

この子は笑って言うのだろうか。


「その、残された時間。あとどれくらいあるの?」


「…?もう多分3日程度だと思います。私が存在できるのは夜だけですから…。」


3日…。

今は秋だから夜もそんなに長くはない。

あと3日したら。ハルは消える。

この世界から。

元から存在しなかったことになる。

せっかく知り合ったのに。

もう会えなくなってしまうのが嫌だった。


「だ、大丈夫。大丈夫ですよ?これも私の運命ですから。消えてなくなるのも、元から決められていた事なんですよ。きっと…。だから、私は大丈夫です。」


こんな時まで、君は笑うのか。


「…その3日間。抗ってみないか?」


「…え?」


「最後の最後まで、ハルの失くしたものを見つける努力をしよう。奇跡が起こるかもしれないだろ?」


自分の言葉に自分で驚いた。

俺は普段こんな前向きな事を言う奴じゃない。

むしろ、面倒くさいことは極力避ける傾向にある。

ハルと出会ってから、俺は自分に驚くことばかりだ。



「何か、失ったものの手掛かりはないの?実在するのか、実態を持たないものなのかとか」


「全然わからないんです。きっと、何か、少しでも記憶を取り戻せば…。」


とりあえず動き回るか。

考えても分からないときは行動するんだ。


「あ!あの!私の、リボンなんですけど!このリボンがある場所に、夜になったら出てこれます!だから動き回るときは、このリボンを持っててください」


ハルは若草色のリボンを差し出してきた。

春色か。ハルだけに。

何考えてんだ俺。

頭の弱体化とは怖いものだ。

いや。1度にたくさんのことを知って動揺していたのだろう。きっと。

頭が追いついていない。

日々平凡に生きている俺にしてみれば、ハルの話はとてもファンタジーで、どこかの国のおとぎ話なのではないかと思う。

夢から醒めたら何もないんじゃないかと思うほど。


「早速探しにいこうか」


「え…。でも、何も手がかりがなくて。」


「ここで立ち止まっているより、動き回った方がいいだろ?」


俺はハルの手を引いて歩き出した。

一瞬ハルが悲しい顔をした気がした。


俺たちは公園を出て街を徘徊する。

ハルはこの街にいた子なのだろうか。

それならどこかで会っていたかもしれないな、そう思ったがそれはないと自分が1番分かっている。

俺はあまり学校へ行かない主義だった。

それに、人と関わらない主義だった。

みんなは今日も授業を受けたんだろうな。そう思いながら、普段俺が通っているはずの中学校へと足を向ける。


「ここ…。ここの道路…。記憶がある…。毎日見てました。ここの風景。」


て、ことは同じ中学なのか?


「じゃあ、ハルが通っていた学校って、…ここ?」


「え…。でも…!前来た時はこんなことなかったのに…!」


なるほど。1人で探しに来たこともあるのか。

その時は何もなかった。と。

関係するのは…。

時間か。日付か。天気なのか。それとも…。

俺か。

いや。俺とは限らない。

隣に人がいるという形が何かを思い出す原因だったのかもしれない。


「他に何か思い出したことは?」


「……何も。」


まあ1つ思い出せただけでも良しとしよう。

時刻は午前1時半。まだ夜真っ只中だ。


「次はどこへ行こうか。」


この街に関係してることは間違いないだろう。


「…河原に連れて行ってくれませんか?」


河原っていうと、どこだ?学校からそんなに遠くはないだろう。


「わかった。」


河原へと続く道。

ここら辺はあまり塗装もされておらず、自然が豊富というか、手付かずというか。

まあ、物は言いようってことだ。

この世はさじ加減だ。うん。

河原につくとハルは座り込んだ。


「…誰かが泣いている。」


「…?」


河原には俺とハル以外は見当たらない。


「隠すように…。とても苦しい泣き声。誰なの…?」


ハルには何か聞こえてるのだろう。

俺には全くだ。


「何か言ってる?」


「…。」


答えがない。

集中しているようだ。

突然、ハルが顔を上げた。


「誰かが泣いているの。全然わからないけど。女の子が泣いているの。」


「どんな子か詳しく教えて」


「本当に、どこにでもいそうな学生さん。河原に座って。泣いてる。髪留めがついてる。その…。髪留めが、」


…さっき遼に渡したリボン。


「その子はハルなんじゃないの?」


「髪の毛が。私じゃない…。」


それじゃあ友達か。姉妹か。

親戚?


「その子はハルに似てた?」


「私は…。私は自分の姿が思い出せないんです…。あの子が誰なのか。私の本当の名前も。私の姿も!」


…名前。本名。


「私は…、”本体”はどこですか…?」


ああ。夢と同じだ。この前見た夢。

ハルが泣いている。

同じことを言っている。

まさに夢そのもの。


「本名を思い出したら、何か思いつくかもしれない!」


ハルに提案をした。

隣を見るともうハルは薄れ始めていた。


「ハ、ハル…?」


もう日が昇るのか。


「…大丈夫です。リボンを持っていれば、すぐに会えますから…。昼間は普通の生活をしてください。」


また明日。

そう、口が動いた気がした。

しかしそれは聞こえなくて。

さっきまで隣にいたはずの彼女は、跡形もなく消えていた。

俺のポケットには春色のリボン。それだけだ。

ああ。俺は無力だ。



俺は夕方、この街の高台へと来ていた。

ここは何か嫌なことがあったら来る場所だった。

そう、自分の中で決めていた。

もうすぐ日が沈む。

時刻は18時を少し過ぎたくらいだ。まだコンクリートが熱い。

いつもと変わらない街の景色だ。

変わらず、ここにある。

日が沈み始めた。

目の前に白い少女が浮かび上がる。


「ハル…。」


いつもと変わらずハルが側にいた。『いつもと変わらず』


「こんばんは、遼。…ここはどこですか?」


「ここはこの街全部が見える場所だよ。普段埋もれてるものも、全部見える気がする場所さ。」


何もかも見える。

自分の心の奥も、見える気がするのだ。


「俺さ、人を傷つけたんだ。そいつはさ、ほんとにいい奴でさ。」


昨日ハルが泣いているのをみて思い出した。

ずっとしまい込んでいた俺の記憶。

気がつくと俺はハルに自分のことを話していた。

場所のせいなのかもしれない。


***


仲のいい友達だと思ってたんだ。

女の子…なんだけど。

ほんとにいい奴で、俺はほとんど喋んなくても、たまに話すことをしっかり覚えててくれて。そんな奴で。

誰にでも優しくてさ。

仲良くなったきっかけは特に覚えてないけど。

ああ。帰り道が同じだった。

一緒に帰ったし、一緒に通った。

唯一、俺はそいつといろいろなことを語ったんだ。

夜が好きで、風の匂いが好きで、曇ってても雨でも、どんな天気でもいい天気っていうんだ。

太陽のような女の子だった。

俺はそいつのことを大切だと思ってた。

ある日そいつがさ、泣いててさ。

どうしたって聞いたんだ。

そいつの親が離婚してさ、すっげーふさぎ込んで。

どんどん暗くなっちゃって。俺は話し聞くことしかできなくて。

そいつは学校でも喋んなくなって、人気者だったのに、誰も近寄らなくなった。

それを見てたクラスの意地悪な女がさ、もともと好かれてたそいつのことが嫌いだったんだろうな。

チャンスとばかりにイジメだした。


「あんたのせいで、離婚したんじゃないのー?」


だとか、ずっと言ってたな。

俺はそいつを守れなかった。

勇気がなかったんだ。

ひとりぼっちだったんだよ。そいつは。

俺はそいつを無視しちゃったんだ。

何週間かたってそいつは死んだ。

自分を殺した。

車に轢かれた。

交通事故として片付けられた。

イジメがあったなんて大人は誰も思わなかった。

でも、俺は知ってる。

あいつの手首にはさ、たーっくさん傷があったよ。

それを見ても辞めろって言えなかった。


***


そこまで話し終えて顔をあげた。

目の前でハルが泣いている。なんで。


「ど、うしたの?」


「…遼。それ…いつの話?その…女の子はこの髪留めを…してなかった?」


ハルが髪留めを差し出した。

若草色の。春色の髪留め。

…してた。そうだ。していた。

春色の、髪留め…。

この髪留めは…。

俺があげたやつだ。なんで、今まで忘れていたのだろう。

そうだ。春が好きな彼女にあげた、春色の髪留め。

名前にはるが…。


「…は、るね?」


その名前を口にした瞬間ハルが光りだした。

眩しくて目を瞑る。

次に目を開けると。

そこには死んだはずの少女がいた。

最後に見たときよりも少し成長した少女だった。

セミロングの茶色い髪、キラキラと輝く瞳。髪には俺があげたリボン。

少し成長した彼女は、透き通ったあの頃の声でこう言った。


「遼。ありがとう。私だよ。陽音だよ。思い出したの。全部を。私は深白 陽音。」


そう。彼女は陽音だった。

俺が助けてやれなかった少女だった。

ずっと後悔していた、君を助けられなかったこと。


「陽音…ごめんな…ごめんなあっ…あの時助けてやれなくて、無視しちゃって。弱くてごめんな。」


涙が溢れていた。

泣くのはいつ以来だろう。

陽音が死んでから感情を失ったと思っていた。ずっとしまっていた。

そんなに昔のことでもないのに。

思い出したくない記憶だった。

暗示をかけて忘れていた記憶だった。



「大丈夫だよ。遼。私はね、遼がいたから毎日楽しかったよ?死んだのも遼のせいじゃないよ。あれはほんとに事故だったの。上の空で歩いてた私の責任なの。本当だよ?あの後から、遼、学校に行かなくなっちゃったね。私のせいだよね…私が遼のトラウマになっちゃったんだよね?」


優しい顔で俺に問いかける。困ったような笑顔。

君はどんな時も笑う。


「…違うんだよ。違うんだ。陽音。俺は、人と関わるのが得意じゃなかったんだ。だから、陽音に甘えてた。陽音が俺をみんなの輪に入れてくれてた。俺は1人じゃそれはできなかったんだ。ヘタレだったんだよ。」


弱虫な俺は、陽音のいない教室に入って、人に自分から話しかけるという事がとても苦痛だった。

だから学校に行かなくなった。

それを『面倒くさいから』と提携して。


「遼。君はいろいろと間違ってるよ。私は、死んでない。」


「………どういうこと?」


何を言っているのかわからなかった。

陽音は死んだのだ。

事故で。


「死んでないよ。正確には植物人間になったの。だから、死んでないの。今も私の身体は生きてる。」


だから大丈夫。

陽音は笑った。

泣き笑いだった。

あの頃と同じ笑顔。


「私は、きっとこの世界に戻れる。自分の身体に戻るの。」


俺はずっと伝えられなかったことを。

気づいたら口に出していた。


「陽音。好きだよ。ずっと、ずっと。陽音は俺の太陽だった。いつも俺の前を行く。陽音が、姿を変えて現れた時、ハルとして俺の前に来た時、声を聞いて、一瞬にして恋に落ちた。陽音に2回目の恋をしたんだ。」


「私も、私も遼が好きだよ。私も2回目の恋をしたよ。これから先もずっと好き!ずっと!」


陽音の姿が薄れ始めた。

夜が明けようとしている。


「陽音…!」


「…遼。学校に行って!私もちゃんと生きるから。だから。」


「うんっ…。行くよ…。陽音。生きてっ!生きてよ!」


頑張るよ。


もう声も薄れ始めた。


「ねえ!また!会えるよね!」


陽音は微笑んで。

消えた。

俺は泣き崩れていた。

それっきり陽音は俺の前に現れることはなかった。







「おーい!遼!一瞬に帰ろうぜー。」


「おう。」


「しっかし、相変わらずクールだよなあ?まあいいけどよ」


俺は学校に通っている。

友達も、たくさんではないが、できた。

久しぶりに学校に行った日。

何人かは驚いた顔をして。

何人かは、誰だっけ?って顔をして俺を見た。

変な汗が出たけど、勇気を出して教室に入った。

そしたら何人かが。


久しぶり


と声をかけてくれた。

老けたんじゃねえ?と声をかけてきた奴もいた。

そんな軽口に俺は少しだけ安心した。

何も変わらず迎えてくれる奴もいることを知った。

いつも一瞬に帰る友達には、お前笑わねえけど楽しいのか?って言われるけど。

笑ってるつもりだけどなあ。

一瞬に帰る友達は、俺の家でゲームしようぜとかなんとか言っている。


「ごめん。今日も寄らなきゃいけないとこがあるんだ。」


俺が帰り道に毎日寄っている場所。


「そうかー。じゃあ今度な。絶対だぞ?」


「ああ。」


少し嬉しくなって口角が上がる。

隣にいる友達がびっくりしている。


「い、今笑ったよな!」


「…笑ってない。」


「笑った!絶対笑った!」


いつもその顔してろよ。

そう言って別の道へと歩き出した。

また明日な。と言葉を残して。


友達と別れて、いつも通りの帰り道を通る。

もう、陽音と会えなくなってから半年が経とうとしていた。

元気になったのだろうか。

どこにいるのかもわからないけど、いつか会えると信じている。


いつも通りの道。

いつも通りの駄菓子屋。

いつも通りの細い路地を抜けて。

いつも通り公園の入り口に立つ。

俺は思い出をたどるように公園へ入っていく。


今は2月下旬。

出会いと別れの季節がやってくる。

もう直ぐ春風が吹き始めるだろう。


公園の中。

いつもの風景に今日は見覚えのある少女がいた。

俺が探し続けてた少女。

俺は、忘れもしないその後ろ姿に向かって駆け出した。


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夜明け前、君がいた。 澤葉 夕雨 @yuu_sawaba

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