梅子の公園

私が小学生の頃は、今にも増して地味な子供だった。

でも、あまり喋らないだけで、別に暗いわけではない。

ただ、本と自然が好きなだけなのだ。


そんな私には、お気に入りの公園がある。名前もない、そんなに広くない公園で、周りに家もあまりない。

でも、すぐ横に茅ぶき屋根の家があり、地元の子供は『茅ぶき公園』と呼ぶ事が多かった。

田んぼに囲まれ、少しさびた遊具が置いてあり、一番右のぶらんこが、私の特等席だった気がする。

いつも、そのぶらんこで本を読んでいた。


ある日、確か春頃。

本を読んでいると、かわいらしい声がした。

「おとなり、いい?」

ふとそちらを見ると、紅い和服の女の子。小学校一年生の私と同じくらいの年頃。

「うん。」

すたっ、とその子はぶらんこに座って、ゆっくり、ゆらしはじめた。

私も、本を読んでいられる程度で、ぶらんこをゆらす。

・・・沈黙が続く。

ぶらんこを一回止めてみた。

「きょう、お祭りとかあったっけ?」

和服の娘に、聞いてみる。

「どうして?」

「なんか、和服着ているから・・・。」

「わたしのおうちでは、みんなわふくなのよ。」

「そうなんだ。素敵ね。」

取ってつけたような言葉だったけど、彼女は嬉しいようだった。

「ね、おなまえおしえてほしいな。」

今思えば、不審だと思ってもおかしくなかったかも知れないけれど、純粋な子供であった私は、素直に言った。

「神奈。」

「かなちゃんね!」

「えっと・・・、そっちは?名前。」

「ふえっ!?えっとね・・・・・、うめこ。」

「梅子ちゃんね。」

そんなわけで、かわいい友達ができた。


梅子ちゃんは、その日から毎日、茅ぶき公園に来るようになっていた。

相変わらず梅子ちゃんは、私が素っ気ない態度でも、楽しそうにしゃべってくれた。

雨の日さえ、かっぱを着て、ぶらんこに座って話す毎日が続く。

彼女は、学校が遠すぎて行けておらず、学校について興味津々。

だからか、とても寂しがり屋である。

淡々と話していても、いろいろと質問が飛び出した。

「あのねあのね、ともだちができたらやってみたいことがあったの!」

「やってみたい事って?」

「しーそー!」


梅子ちゃんの笑顔が、夕焼けを背景に上がったり、下がったり。

「きんじょに、しーそーがなかったし、わたしのいえは、ひっこしがおおいから。よかった!」

風を感じる。

「じゃあ、また近いうちに引っ越しちゃうの?」

「ううん。わかんないけど、しばらくはだいじょうぶなはずだよ!」

よかった。

いくら素っ気ない態度になってしまうとはいえ、素敵なともだちだからね。


いつも、二人が別れる時にする、おまじないみたいなものがあった。

『二人のことは、絶対ないしょ。二人だけのお約束。ゆびきった!』

というもの。なんで秘密なのかは、今となってはよく分からない。

でも、「二人だけの秘密」というのは、すごくワクワクしたし、楽しかった。


二人が出会ってから二年程経ち、私は小学校三年生になる。

この間も、二人はずっと公園で一緒にいることが多く、互いに呼び捨てで呼ぶ仲となった。

あと、その頃の私は、一年生の頃の私よりも、愛想が良くなっていた。

このごろ、父の仕事がうまく行くようになり、私にとっても幸せな時期だった。



ある日、茅ぶき屋根の家が取り壊されることになった。

「あーあ。あのおうちがあるから、

かやぶきこうえんだったのにね。」

梅子は、心底がっかりしているようだ。

「どうしたの?梅子、そんなにがっかりしているの?」

「うん。」

「ただの、昔の人の家なのに?」

「でも、あのやね、すっごくすきだからさ~。うまくいえないけどね、なんだかすごいな~、って。」

「そうかなあ?でも、珍しいのかもね、こういう家。」

梅子は、落ちそうなくらいに大きくぶらんこをこいだ。

私には、何かを振り払いたそうに見えた。


「ひっこさなきゃいけないの。とおくに。」

梅子が、暗い顔で言った。

「えっ、もう!?でも、ニ年か・・・。」

梅子は、不思議なことに、ニ年経っても背丈も声も考え方も、全く変わらなかった。

まるで、時が止まったみたいに。

「いつ、引っ越しちゃうの?」

「あさって。」

そんな・・・・・。

「明日は、遊べる?」

「ううん。にづくりしなくちゃいけないの。」

「そっか。忙しくなるんだね。」

「ね、おねがい。」

「なに?」

「きょうも、いつもどおりバイバイしよう。

おともだちは、ほんとにバイバイするのは、しんじゃうときだけなんだよ。」

「確かに、そうだね。」

・・・・・・。

「しーそー、乗ろっか!」


一番一緒に乗っていた時間が長かったのは、ぶらんこだ。

でも、思い出深いのはしーそーだと思う。

「ちょっと、止まって!」

梅子が、しーそーを止めてくれた。

涙で歪んだ視界のまま、しーそーに乗るのは危ない。

「ぶらんこ、乗ってくるね。」


結局、梅子もぶらんこに来てくれた。

泣いたら、梅子が引っ越しにくくなっちゃうのに。

わんわん叫びながら、ぶらんこを激しくゆらす。

ふいに、梅子が何か言ったけど、自分の声で全部は聞こえなかった。

「うめこは・・・・から、なけない。」


時間は、すぐにきた。

梅子の小指と、私の濡れた小指を重ね合わせる。

「二人のことは、絶対ないしょ。二人だけのお約束。ゆびきった!」



私ももう、高校生になる。

『皆さん、座敷童子を知っていますか?座敷童子とは、古い家などに住む、子供の姿をした妖怪の事です。しかし、ほとんど人間に害を及ぼすことはありません。中には、座敷童子と遊んだことのある子供も・・・。』

くだらない番組をつけているけれど、今は荷造りの途中。

東京の高校に受かったので、引っ越しをすることになった。

梅子が引っ越したのが、私の新居の近くだと良いな。



さて、今はシンボルの茅ぶき屋根の家がない茅ぶき公園。

では、何て名前にするか。

私だったら、もちろん。

『梅子の公園』!













































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