第6話
私の輿入れに関する数年越しの紆余曲折もようやく終盤に差し掛かってきた。
あの後、希望通り下女と数々のプレゼントを手に数年ぶりに王宮を訪れた公子は城壁に覆いかぶさる鋼鉄のようなイバラの繁茂に唖然としたのだという。
やっと海の怪物を退治できたと思ったら今度はこれか。
城下の民に聞けば、数ヶ月ほど前から生えたこの異様なイバラが気がつけば王宮を完全に閉じ込めてしまい、内外との連絡が一切とれない状態なのだという。
まるで有名な物語のような場面であり、とりあえず半信半疑で私がわたした剣でイバラを切り裂いてみると、いとも簡単にさくさくと切れてしまった。鋼のように硬くてどんな刃物も全く歯が立たないとされていたイバラにもかかわらずだ。刃の当たったところからみるみるうちにイバラは枯れてしまい、小一時間ほどたてば元の城が姿をあらわしたのだった。
あの物語のように王族も召使いたちもかまどの焼肉も眠ってしまっているのではないかと警戒した公子だが、中にいたのはそんな環境でも普通に仕事に取り組んでいる召使たちだった。
とはいえ外界と接触できず、備蓄していた食料も底をつきかえけ、日も差さない鋼鉄のイバラに覆われた薄暗い城の中で活動中だったが青白く不機嫌で暴動が起きる寸前だったという。公子がイバラを取り除いたことにより城のあちこちに日の光が満ち溢れ召使たちに歓喜に沸き立った。
そんな中いつもと違う様子に何かを察した妹は階段を駆け下り、公子を出迎えたらしい。
こうなれば熱烈に愛し合っていたにもかかわらず三年近く会えなかった若い二人のことだから、まあなにかしらやることがあったのだろう。その辺は割愛するとして、晴れて公子は妹と結婚することとなったのだった。
我が両親もどんな刃物でも刈り取れず、どんな除草剤も効かない奇怪なイバラを根こそぎ除去した公子を認めない訳にはいかない。妹を彼の国に嫁がせるなんて世迷言が公に出るまえになんとかなって良かった良かったと胸をなでおろすばかりである。
というわけで鏃山の麓の村にもめでたい空気がたちこめるほど、国はお祭り状態になっていた。誰からも愛される姫とヤリ手の公子様の結婚であるし、その公子様の国が両国合意のもと併呑される運びになったのだから国民にしてみれば「あなめでたや」の一言につきる。
仕事から帰ってきた魔女は怪物を木っ端微塵にしたことに関してさすがにブツクサ怒っていた。
「あれを復元するのにいくらかかったと思ってんだい」
「仕方ないじゃないか。妹と公子の結婚を急がせるにはこれが一番手っ取り早かった」
「お前は結果を急ぐせいでやることなすこと雑なんだよ!」
魔女の不機嫌はしつこく続く。下女が不在だし、経理係まで出奔していたからだ。一通りの仕事が終えられた書類一式を片付けた机の上に「今までありがとうございました」の書き置きと経理係が作ったあの杖を見た瞬間、じろりと私をねめつけた。
「……あんたが手引きしたね?」
「なんのことだか」
そらとぼけてみたが百戦錬磨の魔女には通じなかった。
「とぼけんじゃないよ。お前とあのガキがどうやって怪物を退治したのかネタはあがってるんだ。……全く、ゆくゆくあの杖はウチとギルドの合同で作って売りさばく予定だったっていうのにさ」
ふんっと鼻をならして試作用の杖をとりあげた。
「こんなもんだけ残して、お礼のつもりかね? 冗談じゃないよ全く」
「それを解析すれば設計図がなくても同じものがいくつも作れる、ギルドにはそれくらいできる術師は大勢いるとヨハンナは言ってたぞ」
「……ふん!」
魔女はしばらく杖を持ち上げためすがめす眺めていたがやがてポイっと投げ捨てた。
「あたしの目は誤魔化せないよ。今のそれは単なるガラクタさ」
全く、恩を仇で返しやがってと口から怒りを吐き出しているうちに止まらなくなったらしくウロウロと部屋を歩き回ってはいつまでも突っ立っていないでとっとと仕事をしろと私をどなりつけた。私も肩をすくめて退散する。
「これは余った時間で作った試作品2号です。こちらをどうぞ先生にお渡しください。」
去り際に経理係はできたばかりの真新しい杖を私に見せた。同じようなデザインでやはり青白い宝石がきらめいていてなかなか美しい。
「古い方でなくていいのか?」
「あれはもう精霊腐食が進みすぎています。あんなものをお世話になった先生に見せるのは私のプライドが許せません。2号には精霊腐食を極力遅らせる術式を組み込んだ回路を搭載しました。これで、魔力の多寡に限らず誰でも等しい威力を発揮できます」
と、誇らしげに経理係が差し出した杖は魔女によってガラクタ扱いされてしまった。要は魔女にとって欲しかったのは経理係のいう精霊腐食、つまり元王女と相性のいい精霊の宿ったあの杖の方だったのだろう。
魔力の多い少ないに限らずだれでも同じようにものを発射できたり爆発させたりできる経理係にとっての理想の杖は、魔法や錬金術の叡智を独占しておきたい魔女や錬金術ギルドにとっては自分の商売を揺るがす危険性を秘めていた、というわけだ。錬金術ギルドの一員であることに誇りを抱いていた経理係がそこに気づいていたかどうかは不明である。
公子がこの杖を開発した技術者を招き入れたいと言っていたと伝えると、技術者ではありません錬金術の徒ですと全くどうでもいいような訂正しながら経理係は鼻にもかけず断ったものだった。
「私はギルドの末席を汚すものですよ、どこぞの国のお抱え錬金術師になどなれるものですか」
「しかしお前が今やってるのはただの経理係だろう? しかもお前が本来認めたくない魔法を扱う魔女の手伝いだ。このままいくとお前の理想とする杖を完成させることなんていつまでたってもかなわないかもしれないぞ」
「……なんです、惑わせる気ですか? そんなことやっても無駄ですよ、それが魔法を使う輩の汚いテなんです。そうやって人の心を惑わせて人の決心を鈍らせるんです。私はギルドで魔女たちのそういう汚い手口を目にしたんですからね。その手には絶対乗りませんから!」
そうやってわざわざ力をこめて主張するってことはかなり惑わされてるって証拠であるのだが、経理係は気づいてないようだ。
私は出方を変えてみた。
「良ければ、お前がどうして誰でも同じ威力を発揮できる杖を作りたいのか、わけを聞かせてくれないか?」
人というのは、心に秘めたものを打ち明けてしまいたいものが多い。警戒心が強いものほど特に。そこを推量して絡めてに出てみた所、案外簡単に経理係はわけを教えてくれた。
「……大したことありませんよ。誰もが簡単に身を守ったり敵をやっつけたりする護身用の武器があれば私の家族は野盗にみすみす殺されたりしなかったんじゃないかって思っただけです」
「そうか。……苦労したんだな」
「同情はよしてください。あなたに言われても嫌味としか受け取れません」
「しかしお前がギルドにい続けて、そういった努力の果てに理想の杖を作れたとして、あの商魂たくましい魔女やギルドの人間が『誰も』に快く売渡すと思うか? おそらくそれはないだろうな。一部の大国に恭しく法外な値段でふっかけるだけだ。王宮の宝物庫に仕舞われて戦争の時にひとふりする、そんな滑稽な道具になりはてる。お前の家族のような本当にそれを必要とするか弱い民に届かない。違うか?」
「……」
これは心打ったらしい。しばらく神妙な顔つきで経理係は黙り込んだが我に返って頭を左右に振る。
「ですからその手には乗りませんから! 私はギルドの師匠に一生の恩義があるのです。しがない孤児を拾って育てていただいたという恩義が」
「魔女の下でつまらない計算ばかりを強いる師匠の言いなりになることがお前のいう恩義に報いることかね?」
経理係はかなり心揺らいでいる様子だった。本当は自分をぞんざいに扱う錬金術の師匠に対する不満がくすぶっていたのだろう。ここでたたみかけなくでどうする。
「ヨハンナ。あの公子はもともと小さな港と貿易中継ぐらいしかなかった国を他国から妨害される程度の商都にまで育てた方だ。力ないもの、持たざる者の苦しみや歯がゆさをよく知っておられる。きっと非力な民の力になりたいというお前の理想をよくくみ取ってくださる。私はそう信じているよ」
ごとり、の経理係の心が動いた音が聞こえる気がした。
かくして経理係はこっそりと旅立ち、儲けの機会を失した魔女の不機嫌はしばらく続き、出される料理に無意味に難癖をつけたり掃除に文句をつけたる日々が続いた。
魔女の家では相変わらずマナー講師として世を忍んでいる魔女の娘と、お気に入りのねえやが去って少し元気のない元王女でそれなりに平穏に暮らしていたところ、元嫁ぎ先のかの国のあのうつけ王子がヘラヘラ締まりのない笑顔でのこのこと沢までやってきたのだった。
「おーい、クララの幽閉を解いてもいいってオヤジが言うから迎えに来たよ~」
計画通りであったが、驚いたような表情をしてみせた。
「どうしてまた? あの王にしては優しい処遇だな」
「さあね~。やっぱり初孫ってカワイイもんなんじゃないの?」
愛しい娘を抱きしめたいばかりの王子の頭の中はそればかりの様子だが、本当はどう思っているのやら。
「ボクはクララを歴史に名を遺すプリンセス中のプリンセスに育て上げるからね。決して怪物退治なんかしない、おしとやかで可憐でブリリアントなお姫様に」
などと私にわざわざ言い聞かせるくらいだから。
「あれが果たしておしとやかな姫になるかどうかはわからんが、怪物退治だけはさせないでやってくれ」
元嫁ぎ先のかの国は私の国とは違い優秀な間諜がいるはずだから、自分たちが大枚をはたいて買い上げた怪物が無残にも木っ端みじんになった大爆発の原因がなんであるか、その爆発を起こせるのが誰なのか、とっくに突き止めているだろう。幽閉しているはずの王女が塔にはいないことも、馬の首のついた杖をもった妙な女とやたら元気のいい幼い子供が公子の下を尋ねて船にまでのったことも。
私の国と公国の結びつきが強くなる中、謎の大爆発を起こせる力を持つ姫を利用しないテはない。あの王でなくてもそう考えつくはずである。あの爆発は精霊の宿ったあの試作品の杖がないと起こせないところまでつかめているかは不明であるが。
元王女と魔女の娘を沢まで連れてくると、至極あっさりと元王女は王子と連れ立ってゆき、その様子をこれまたあっさりと魔女の娘は手をふって見送ったのだった。
「……親ってのはこういうところで泣いたりするんじゃないのか?」
「はあ? なんで泣いたりすんのよ意味わかんない。別にもう二度と会えないってわけでもないってのに」
月に2~3度は元王女を連れて遊びにくるとうつけ王子とは約束をしていたらしい。それなら特に寂しくはないだろう。そもそもこの親子は嫌いあって別れた中ではない。それどころか目に余るほど仲のよい親子だ。私などからするとうらやましくなるほど。
「ところでもう一つの約束はわすれておらんだろうな」
うつけ王子が去る間際に一応確認はしておいた。
「なんだよ~、疑り深いなあ。忘れてないよ。ま、あのベルタがどれだけのドレスをつくるかによるね。それにしても君の妹さんの結婚式が楽しみだなあ~、パーティーって大好きだからね。ボクはさ」
時間というものはどんなに遅くかんじられてもいつの間にか経っている。
まだまだ先に思えた妹と公子の結婚式の日もいつの間にかやってきた。三日三晩盛大なお祝いが繰り広げられたという。伝聞調なのは私は出席していないからである。妹と公子は招待状を送ってくれたが(魔女もちゃんと台所のテーブルにまでおいていた)、イバラの檻で城全体が閉じ込められて以来父母の精神状態が思わしくないと聞いたので顔を見せない方がよいだろうと判断したのだ。
というか、私も積極的に両親に会いたくはなかった。切られた髪はまだ肩をこすあたりまでしか伸びていない。
妹の着ていた婚礼用のドレスが見られなかったのだけは心から残念であるが、星屑が縫いつけられたように輝く純白のドレスの見事さは列席者のご婦人たちのため息を集めたという評判を耳にし私は心から満足した。
着道楽として名高いかの国の王子もすっかり感激し宴席の場でそのドレスを仕立てたお針子に結婚を申し込んだところ、実はそのお針子はあるところで素質ありと見抜いた貧しいお針子の少女でその時王子が渡した紋章入りの指輪を大事に持っていたというという華々しくもロマンティックなゴシップが聞けたことに関しても万歳三唱である。きっちり約束をまもってくれたらしい、あのうつけ王子は。
「単刀直入に訊くがお前私と結婚するのは嫌だろう?」
「嫌だね」
「同感だ。私も死んでも嫌だ」
私がひどい目に遭わされた王宮から帰ってきてしばらくたったある時、従者をつれて沢までお忍びでやってきたうつけ王子は元王女と遊びながらそう答えた。
「私の妹とはどう思う?」
「アリーゼ姫ぇ~? いい子だとは思うけどさぁ~。ええ~……」
いつも言いたい放題なうつけ王子にしては歯切れが悪い。何やらためらった後、
「あのさぁ、結婚してもいいけどボクたぶん妹さんを幸せにできないよ? 僕のパートナーは小さいころから一貫してゲオルグだから」
ん、と、うつけ王子は元王女の相手をしている屈強な従者を指さした。鳶色の髪で隆々とした体格の戦士風の男だった。男である。
「ボクの乳母の息子だよ。乳兄弟ってやつだね」
「なんだよぉ、学があるわりに見識が狭いんだな。別に珍しくもなんともないだろこんなこと」
「……すまん、ちょっと吃驚した。ていうかちょっとまて、魔女の娘は知ってるのか?」
「当然知ってるよ。そのうえで割り切った付き合いに決まってるじゃん。クララの髪の色見てみろよ、そっくりだろ? あれ見てなんにも気づかないのかよ。鈍いんだなぁ」
従者の髪の色は鳶色、元王女の髪の色も鳶色、ついでに瞳の色も同じヘーゼルだ。それが何を示すのか理解した瞬間、私は頭を抱えた。私のその態度を批判と受け取ったのかうつけ王子は気分を害したらしくちょっときつい口調になる。
「ボクはゲオルグのパートナーでグレーテの夫だし、ゲオルグとグレーテの子供なら僕の子供も同じってことじゃん。それそんなに変? 言っちゃ悪いけどさ、きみんとこの親よりよっぽどマシだって自負はあるよ。ボクなら娘にそんな仕打ちをしないもん」
「うん……それは確かにそうだな。すまん、悪かった」
この王子、単なるうつけではないと反省したのはこの時である。
「グレーテはボクがどんな人間でも毎日おもしろおかしく暮らせればいいって子だったから楽しくすごせたけれど、アリーゼ姫はそうじゃないだろ? ボクがゲオルグとばかりいっしょにいたらすごく悲しむんじゃない? やなんだよなぁ、そういうの。別にボク積極的に他人を悲しませたくないしさあ~。しかもものすごくいい子だっていうじゃん。いい子に意地悪すると後々めんどうなんだよ~、こっちが極悪人みたいな気持ちになるし。しかも君っていうアマゾネスみたいなお姉さんがいるし、やだよ~。結婚したくないよ~」
うつけではないと見方を変えた途端、うつけ丸出しの態度でゴネだす。反省したのを軽く後悔しながら私は尋ねた。
「じゃあ、例えばだれだったらいいんだ?」
「……ベルタ」
ぼそっと王子は答えた。
「うちの下女のベルタか?」
一応念をおす。
「うん。どうしても結婚しなきゃならないなら寝食忘れても平気なくらいドレスのことが好きな女の子がいい。今ドレスの縫製会社立ち上げたから優秀なデザイナーとお針子が欲しいし、あの子なら適任だよ。おまけにクララもあの子にすんごくなついてるじゃない。お母さんとしても最適」
私の中でかたかたと計算機が動く傍らで、うつけの王子は一方的にたらたらと語っていた。
「もっともさあ、お針子として雇うなら今のレベルで十分だけど、一応お妃としての格ってものも重視しなけりゃならないから結婚するなら最低限の作法は身につけてもらって、作るドレスも王侯貴族のお姫様たちのため息で風車が回るくらい見事なものじゃなきゃダメだよ?」
計算は終了した。わたしはうつけ王子の肩をつかむ。
「今の言葉、しかと聞いたぞ」
「なんだよ、痛ったいなぁ……」
「ベルタが立派な令嬢になり見事なドレスを作れるようになれば、お前はベルタと結婚する。それでいいな?」
「いいよー。ただ一応格式ってものが必要だから書類でいろいろごまかしたり厄介な身内に口止め料はらったりはそっちがやってよ? それさえやってくれれば別に構わないから」
そんな約束を交わした後、下女本人に意向を尋ねたところ案の定血相かえて首をぶんぶん激しく左右に振った。
「無理無理無理! そんなことしたらあたしが樽の中に入るハメになっちまいますぅ!」
「一応尋ねるが、結婚を約束した男でもいたりするのか?」
「そんなもんいませんけど、でもでもあたしがあの王子様と……ああああ、無理無理無理無理……」
やっぱりな、という反応である。ここまでおじけづく下女に勤め上げらる計画でもなさそうで不安になるが、ダメ元で語りかけてみた。
「お前、アリーゼの婚礼衣装を縫ってみたくないか?」
うずくまった背中がピクリと動いた。
「実はな、お前が仕立て直したあのドレスを妹がえらく褒めていたんだ。私にもこのお針子にドレスを仕立ててもらいたいと、そうまで言っていた」
おそるおそるといった風情で下女は顔を起こす。その顔が上気して目は輝いた。そばかすのぱっとしない娘であると思っていたが、こういう表情になるとなかなか美しい。
「お、王女様が私のドレスを……!」
おとぎ話の王子にダンスを求められた名もない娘はきっとこのような表情をするに違いないと思わせる、恍惚とした表情である。
「婚礼衣装なんだからどんな絹でもラシャでもなんでもありったけの贅をつくしてよい、公子もそれぐらいお許しになるはずだ。どうだ、そんな条件でドレスを作れる機会などそうそうないと思うぞ」
ここでおじけづかれたら一巻のおわりだなと危ぶんだが、下女の恍惚状態はまだ続いていた。どうやらありとあらゆる豪奢な布地に囲まれた己をイメージしたらしい。意識がこの地上にない。ちゃんと耳に入っているかどうかはわからないが、一応たたみかけてみた。
「王子が結婚を申し込むのはそのドレスがお眼鏡にかなった時だけだ。無理だったとしてもお前が王子の縫製店で修業できるように段取りはつけてある。悪い話ではないと思うが?」
「……」
「このまま魔女の家で家政に精を出し、村に戻ってどこぞの若衆と所帯を持つのが夢だというならそれもいい。無理はしない。さてどうする?」
「……リーゼルさん……!」
目を輝かせた下女はまだうつろな表情で私の手を握る。
「あたし、やっとわかったんです! 父ちゃんと母ちゃんが言い聞かせる話はなんか違うな~っていっつも思ってたんだけどやっとなんでかわかりました! あたし、所帯を持ちたくなかったんです! 一生、できたらお針の仕事をしたかったんです! 一生ドレスを作り続けるならあんな阿呆みたいな王子様のお妃にだってなれます!」
「……そうか」
阿呆みたいな王子とはどさくさに紛れてこいつ結構言うなと呆れたが、ここまでやる気を出してくれるのは願ったりかなったりだ。
私は手を握り返す。
「頼んだぞ、ベルタ」
「まかせてくださいぃぃ……!」
かくして下女は泣きながら行儀作法を身に着け、公子の館でファッションに関する刺激を受け、公子と共にお針子として妹の下へ渡っていったのだった。
そのような実情があったとは知らない両国民はおとぎ話のようなロマンスに酔いしれ、めでたさ一色のなか二組のカップルの成婚を祝った。その祝賀ムードは半年は続き、やんややんやと浮かれる中、公子はすみやかに私の父を退陣させ(精神が不安定なこともあって大臣や諸侯らの反対はなかった)アリーゼ懐妊が母の精神をやや安定させ、さらなる祝賀ムードの高まらせるどさくさに紛れて鏃山一帯の領有権を魔女に与えるとお触れをだしたのだった。実質、この辺の支配者は魔女みたいなものだったから実生活には特にさしさわりはなく一帯の祝賀ムードは続く。
元嫁ぎ先のかの国でも似たような浮かれ状態がしばらく続いたらしい。
今やその辺の農民の娘とは思えないいっぱしのレディーとなった下女が、幽閉をとかれた王女と本物の母子のように仲良くくらしているというほっこりしたニュースをきけただけで私は満足である。
ここでめでたしめでたしで終われれば万々歳だったのだが、なかなかそうはいかないようだ。
「なかなかご活躍でしたな、リーゼル王女」
いつもの沢に来て見れば、あの男前の王様が私のなじみの岩の上に座っていたのだった。うげげ。
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