第4話

 王女→ガチョウ番→王女に復帰→囚人という上がり下がりの激しい人生だった。


 城の地下牢で鉄格子と石の壁を見ていると自分を嘆く気力も消え失せて、全てがバカバカしくどうでもいいという気になる。

 囚人服に着替えさせられたのはまだ許せるが髪を根元からジョキジョキ切られたのは懲罰ですらなく純粋に嫌がらせの意味しかないし、何故悪魔を追い払ってここまでの仕打ちを受けるのか全く理解ができず、もう一切のやる気が失われてしまった。

 もう滅びるがいいこんな国、私は知らん。どうせ坊主頭の愛人6号になる運命だ、知ったことか。



 ……というわけにもいかないのが悩ましいところであった。

 そもそも両親に認められたいという邪な動機からではあったが私は人生の大半をこの国の為に尽くしてきたので、そう簡単に人生の方針も切り替えられないのである。


 安く買い叩かれたがかの国の王が私を欲しがってるのは確かである、今は囚われてるが妹の婚礼時には外に出されるだろう。一応命の保証はされてるはずだがあの両親だからいつ何時常軌を逸した行動に出るかわからないので出来ればさっさと外に出てしまいたい。そこからこの国を守る算段をしなければ。



 地下牢へ持ち込みを許されたファラダの首を抱いてたてがみを撫でてやる。

 神馬だけあって悪魔の気配を察知できる能力がまだ残っていたとは驚きだが、そのせいで普段嘆くために使っているエネルギーすら使い果たしてしまったのか目を閉じて眠っている。


 すべすべした毛並みを撫でているだけでなんとなく気持ちが安らいでくるので、ほんの思いつきではあったがファラダを連れてきて正解だったと自分のことを褒めてやる。ファラダがいなけりゃこの国は悪魔の赤子が支配する地獄の帝国になるところだった。まあこれからは後継者のいない空白地帯になるわけだが。


「姫様、お客で」


 ランタンの光に照らされて目をさますと、昼か夜かもわからない暗がりで、背中が曲がった看守の男が手短に用件を告げた。

 幼い頃にかかった病気で顔が醜く潰れてしまい、まともな仕事に就けなくなったという生い立ちを語ってくれた看守だが何故か私には同情的で食事の量をやや増やしてくれたり比較的清潔な房を用意してくれたりと便宜を図ってくれたりする。


「姫様は貴族様と教会に掛け合って立派な病院を作って下さったじゃねえですかい。それであっしみたいな不幸なガキの数が減ると思うとありがたくってありがたくって……」

 とのことだ。情けは人のためならずとはこういうことか、ありがたいことである。


 ランタンが照らし出したのは看守とほぼ同じ背丈の魔女である。私の有り様をみてまたヒヒヒと笑った。例の目玉柄のショールをぐるぐる巻きつけている。


「諜報どころか警備すらたるみきっているのか我が国は」

「馬鹿だね。魔女の力を軽んじるんじゃないよ。ところでえらい格好にされちまったもんじゃないか」

「だろ? 私もサッパリ理由が分からん。悪魔を退治して恨まれた結果この有様だ」

「悪魔にとりつかれるような隙のある人間は力づくでゴリゴリ理屈を通そうとしてくる輩が苦手だからね。よっぽどお前がうるさかったんだろうさ」


 うるさい、は、確かに昔からよく言われてきた。うるさいくらい繰り返し何度も主張しなければ私の声をきいてくれなかったのだから仕方ないではないか…と愚痴めいた思いが膨れて圧迫しそうになる。


「それにしても愚かな国王たちだよ。魔女に支払う費用をケチって自分たちで直接悪魔と取引しようとするからこうなる。弁護士もつけずに裁判の被告席に立とうとするようなもんだよ。お前さんも必要経費だけは惜しむんじゃないよ」


 悪魔なんて人間の手に負えるものじゃあないのにさ、ヒヒヒ…と魔女は笑った。


「お前、うちの城にも営業かけていたのか?」

「当たり前だろ? 人間が二人以上いりゃそれだけで魔女って商売はなりたつ。ああしてほしいこうしてほしい相手がこうなればいいこうするべきだ自分は正しいから相手が変われ、そういう我欲に招き寄せられるのが魔女さ」


 私に甘い看守がガチャガチャと錠に鍵を差し込み回す音が響いたが、それより私の耳には魔女の言葉が反響していた。自分は正しいから相手が変われ……。まるで誰かと同じではないか。


「私はずっとあの時お前が勝手に私を見つけて拾ったと思っていたが、私がお前を招いていたというのか?」

「当然だろ、あんたはあたしが鏃山に住み着いたら頼まれもしないのに喜んで勝手にやってきたじゃないか。忘れんじゃないよ」

「喜んでなぞいるか! 領土内の鉱山に無断に住みつくものが入れば討伐におとずれて当然だろ」

「いいやお前は喜んでいたのさ。この魔女を鏃山から追い払えば国王と王妃から認めてもらえる、褒めてもらえる、大きなチャンスだ、よくぞ来た! ってなものさね。違うかい?」

「……」


 耳を貸すな、これが魔女のいつものテだ。私はいつも間近でそれを見ていただろう、と心は訴えるが体がじわじわと魔女の言葉を受け入れてゆく。それは私の体に魔女の言葉を受け入れる余地があったせいか。そもそも私がこの牢から出ねばと決意した瞬間魔女が現れた。私が魔女を呼んでいるのだ。


 何か頭の靄が取り払われたように感じた瞬間、牢の戸が開いた。ご苦労だったねと魔女が硬貨を渡そうとしたが看守は滅相もねえと首を左右にふった。あたしゃ可哀想な姫様のお力になりたいだけでさあ。

 わけのわからないこと言わないで受け取りな! そら! と魔女は硬貨を看守にグイグイ押し付ける。それを拒む看守。この攻防が続きそうだったので看守へひとつ知恵を授けた。


「さっき腰が酷く痛むと言っていたろう? だったらそこの魔女へ腰を治してくれと頼むがいい」

 魔女が目をむいたが看守は恐縮しながら、じゃあ腰を治してくれませんかねと手を擦り合わせて頼む。魔女はじろっと私を睨んだ後、看守の腰に手を添えてブツブツと呪文を唱えた。それが終わると看守は恐る恐る背筋をしゃんと伸ばし、信じられないという顔から満面の笑みになって通路を走り回る。

「ありがとうごぜえます、姫様! こんなに腰が軽くなったのは生まれて初めてでさあ!」

「あたしに感謝しな! ……全く、これなら普通に魔法で浸入した方が安くついたよ」

 ケチはいけないと戒めたばかりの魔女は魔力のささいな消費を惜しみながら私の手を引いてもう一枚目玉のショールを押し付ける。


「ずらかるよ。あんたから今までの投資額を回収しないとならないからね」

 投資されていた覚えはなかったが私もそうそうこのままでは終われないので目玉のショールをまきつけファラダの首を取り付けた杖を持ち牢を出た。一応看守には礼を述べたが腰が治った喜びの前に気づかない模様。



 魔女のホウキの後ろに乗り、階段をするする飛んで地上を目指す。風圧で衛兵が吹っ飛んだが怪我をしていないことを祈る。

 地下の出入り口から外へ躍り出る。外は夜だ煌々と月が輝いている。兵士が我々に矢を射かけてくるがおざなりだ。一応ファラダの首の後ろを叩いて目覚めさせ、吹け吹け風よと唱えた。集まった風は矢を全て吹き流しファラダがブルンブルンと鼻を鳴らしたのち嘶くと光で出来た盾が生じた。次々た放たれる矢はそれに阻まれる。


 盾を維持しながら魔女に頼む。

「寄りたい所がある! あとそれから毛生え薬とイバラの種を出せ! 足りない分は後で返す!」

「しょうがないね、何処だい!?」


 城壁に沿ってとび裏手へ回って妹の部屋付近を飛び回る。鎧戸は降りていたが灯りは漏れていた。起きているようだ。魔女に頼んで城へホウキを寄せて身を乗り出し、杖の尻でドンドンと鎧戸を叩いた。

「アリーゼ、起きてるかアリーゼ!」


 しばらくして鎧戸が下され、泣きはらして酷い顔の妹が姿を見せた。魔女の操るホウキの後ろにのり坊主頭の私を見て泣くのを忘れたようだが、その手に毛生え薬を押し付ける握らせる。


「苦労かけたな、薬だ。いい髪が生えるから!」

 ティアラで隠れた円形のハゲを慌てて手のひらで隠す。こんなギスギスした家族と悪魔に取り憑かれたいえで笑顔でいるのもストレスだったろう。


「いいか、私がお前を必ずフランツどのと結婚させてやる。だが時間がかかる! だからなんでもいいから時間を稼げ! 神話みたいに織物を編んで解いてもいいからなるべく!」


 早くしなあ、と魔女が呻いた。足元に衛兵が集い始めた気配がある。

妹がこくこくと首を上下に振ったのを見て、私は笑った。妹がやるように笑えていればと願いながら微笑んだ。


「じゃあな、元気で暮らせよ」

 時間だよ、と魔女はホウキの出力をあげた。ビュウウ! と今まででいちばんのスピードが出る。そのあとを追いかけて矢や砲弾が飛んできたが威力はない。城壁の外に出ると荊の種を宙から撒いた。魔女はホウキを加速させる。



 鏃山が見えてくると魔女は速度を緩めた。城は遠ざかり足元に見慣れた田園や森や小さな村が広がる。

 夜の闇が薄くなり東の空が明るくなった。


「やれやれ、ただお前を迎えに行っただけなのに高くついちまったよ」

「貸しは利息をつけて返す。案ずるな」

「……なんだか随分ものわかりがいいね」

 魔女が警戒したのでヒヤリとしたが特に追求する気配はない。そこでもう少し訊ねてみた。


「お前はかの国の王に私を売り込んでいただろう? なのにどうして私をわざわざ助けにきたんだ?」

「聞かなくても分かるだろう? あんたがあたしを呼んだのさ。あと、あの国とあんたの親のとこの国との戦争をしかけるつもりだったんだよ。なのにまあ、あんたの親どもがあんな妙ちきりんな案を持ち出すとは計算外だったね」


 これだから損得の話が通じない人間と関わり合うのは嫌なんだよ、と魔女はブツクサ呟いた。


「あたしが起こしたいのはなるべく長続きする戦争だよ。なのにあんなタダでなんもかんも持っていけってな案ののませたらあの強欲な国の王様は図に乗ってナメるに決まってるじゃないか、戦争する間も無くあんたとこの国は乗っ取られちまうね。となると鏃山もかの国の領内だ」

「だろうな」

「そうなると面倒なんだよ。 ああいう拡大欲の塊をその気にさせるとあたしらも商売やりづらくなる。やれ他国と商売するなだの期日までに新しい魔法を開発しろできなけりゃ火あぶりだとかなんとか図に乗って口出しするに決まってるからね。金だけ引き出させるのが一番いいんだ」

 ちょうど今新しい商売が軌道に乗ってきたところだからねえ、邪魔はされたくないんだよ……とヒヒヒと魔女は笑う。勝機が見えた。


「要お前たちが自由に魔法の研究と商売をできる場所があればいいわけだ」

「ま、そうなるかね。広けりゃ広い方がいいがね」


「鏃山一帯を独立させてお前の領地と認めてやると言ったらどうする?」


 魔女は流石に警戒したらしく、黙った。


「悪くない条件だと思うがな、村人たちもなんだかんだでお前を慕っているようだし」

「何を企んでるんだい?」

「妹を公子と結婚させて、公子を我が国の玉座を座らせたい。そうして国を護って次代へ繋ぐ」

 

はん、と振り向いた魔女は不機嫌そうな印象を与える花の鳴らし方をした。


「それであんたはどうなる? あんたに旨味はないじゃないか」

「私はそれでいいんだ、もう。国と民が平和で穏やかに暮らせればそれでいい。かの国の王子に嫁いで王に愛想を振りまいて生きてゆくさ。もともとそうなる運命だったんだ」

「……」


 信じていないらしい。まあ元嫁ぎ先のかの国の王が一度値切った人間を元どおりの値で買うことはまずしないだろう。私が花嫁の地位に返り咲くのはまず不可能だ。ともあれわざとヤケになったような軽い調子をつとめて出す。


「花嫁に戻れないなら、お前のもとで一生ガチョウ番としてつつましく暮らすさ」

「勝手なこと言ってんじゃないよ」

 魔女は無愛想に吐き捨てたがこれは話しに乗った時の証拠だ。しかしまだ疑っているようなので念をおす。


「王女ですら無くなった私の口約束を信じられないんだろう。大丈夫だ。公子が妹と結婚した際にはそのようにするよう頼んでおく。公子だって自分の治める領土とかの国を国境一つで接しているより緩衝地帯を設けた方が気やすいだろう。鏃山一帯の年貢の一部と宝石加工、販売権に関する権利を認めておけば悪い話ではないと判断してくださるだろう」

「その年貢と宝石に関する権利だけは手放したくないんだけどねえ」

「そこからはお前の腕の見せ所じゃないか。あの公子は私の両親とは違い損得の話の通じる方だ。いい落とし所が見つかるさ」

 

 魔女は黙り込む。どちらが得かを考えているのだろう。考えるまでもない話じゃないかと私は思うが。


 太陽が山の向こうから姿を表す。随分と眩しい。鏃山の上空で小さな魔女の家が見える。


「魔女は全力で約束は守らせるからね。忘れんじゃないよ」

「勿論」

 よし! と叫びたいのを抑えてわたしは頷いた。振り向いた魔女は我が家に向けてホウキの柄をむけた。


「?」

 

 その時わたしは風景に違和感を感じる。鏃山は無事だが、いつも目にしていたあるものがないというか。庭先に降り立ってそれが何かわかった。隣の山の山頂が丸くえぐれているのだ。ちょうどそこだけ何か大きな怪物にかじられたように…。ほんの数日家を空けていただけで何があったのか。


「説明すると長くなるんだよ」

 魔女は忌々しげに言いすてて、家の中へどすどす入って行く。下女を叱りつける声もする。やれやれ。



 勝手口から台所を覗くと、魔女にしかられたばかりの下女が粉まみれになってしゅんとしていた。そこへ、ただいまと声をかけてやる。


「リーゼルさん! どうしたんですかその頭⁉︎」

 おかえりなさいより先に私のなりについて驚かされてしまった。


「説明すると長くなる」

 井戸端で手を洗い、顔を洗ってから、下女に変わってパンを焼き昨晩の残りと思しきスープを温める。疲れてはいるが先のことを考えた後半からかむやみやたらにエネルギーが湧いていた。


 おやすみになさった方が……と下女がおどおどオロオロする中朝食を用意し、ガウン姿の魔女の娘と、朝からドタバタ駆け回る元王女、メガネを持ち上げて瞼をこする経理係が起きてきて三人とも私のなりに笑うなり驚くなりするところまでは気力を保っていた所でようやく疲れがやってきた。


 悪いが寝る、とだけ言って納屋へ帰自室のわら布団に倒れ込む。下女がどんくさいなりにガチョウの手入れをしてくれていたようで羽のツヤもよく元気そうだった。安心だ。


 ファラダの首のついた杖を抱き寄せ、すっかり慣れたわら布団の匂いを嗅いでいるうちに意識が消えた。今後のことに備えて疲れをとらねばならない。

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