第2話

 自分で言うのもなんだが、私は王家の跡取りとしてかなりよくできた部類であったとは思う。


 国王夫妻には娘が二人きり。

 姉が産まれ妹も産まれた後、世嗣ぎとなる男子を産むべくあやしい呪いや医療に傾倒するなど頑張ったようだが何が原因か不明だがそれは叶わなかったらしい。

 

 男児が生まれなかった以上いずれ自分が国を治めることになると思い込んだ姉は勉学をはげみ、武芸を磨き、政治を学び、どこへでても恥ずかしくない女王になるべく背伸びをして頑張った。王女には王位継承権が基本的に認められないと知ったのは暫く後だが、それならば並みの王よりもはるかによくできた女王になればよいだけのことと単純に考えて、それはもうがむしゃらに頑張った。


 しかし希望の実現のためにはただひたすらがんばるしかないという結論にしかたどり着かなかった姉姫の地頭の悪さが悲劇を呼ぶ。

 

 政治の話にくちばしを挟んで鬱陶しがられ、人形やドレスを喜ばず本や剣をくれとねだっては気味が悪いと蔑まれ、剣を持って貴族の子弟を叩きのめしては呆れられた。姉姫の方はそうすれば両親が自分を頼もしい誇らしい姫だと安心してくれると信じて励んでいたのであるが、努力すればするほど両親の心は自分から離れて行くと気づくのに十数年間かかり、それを認めるにはさらに数年かかった。


 姉姫とは反対に妹姫は太陽のきらめきのような金髪の美しい、どこへ出しても恥ずかしくない完璧な姫だった。

 愛らしさは花や砂糖菓子に喩えられ、心優しさは全国民へ満遍なく届けられ、ただニコニコと微笑んでるだけで空気が暖かくなった。私が難しい数学の証明問題を解いても「そんな姫にはよい婿が来ない」と眉間に皺が寄せられるのに簡単な算術すら出来ない妹の方ばかり褒められるのは何故かと姉姫の胸にどす黒い気持ちが湧いた時は、それを素早く察して庭で摘んだ花で作った花冠をかぶせてくれるような妹姫だった。

 そんな妹に気を使わせてしまう自分が情けなく、姉姫は積極的に王宮の外へ出かけるようになる。


 城下に出て世直しをし、野盗や怪物を退治し、国境争いに意見し、城下の有力者や地方の貴族と積極的に関わりを持って人脈を築いた。

 そんな姉娘を国王夫妻はいよいよ疎ましがる。「身の程を弁えずに王家を継ぐつもりか」と罵声を浴びせる。その理由がわからないまま、国や王家のためになることをと魔女の討伐に乗り出した。


 魔女との攻防は一筋縄でいかず、何年もその地にとどまっているうちにあまり国王夫妻や妹のことを考えずにいることに気づいた姉姫は、いっそこのままこの村で過ごすのも悪くないなと迷っては、いやいや自分はいずれ立派な王と婿を取る身なのだと気を引き締めるそんな日々を過ごしていた頃に、結婚の話が持ち上がったのだ。


 国境を接しているかの国の王子へ嫁げという。

 

 王家の一員として顔も見たこともない王子を夫にすることは抵抗はない。それより姉姫を奈落の底へ突き落としたのは自分が輿入れをすること、つまりは自分が国を継ぐのではないと知らされたことだ。


 理由は、妹姫がある公子とほんのりとよい関係になったからだという。非公式であるが婚約をしたともいう。

 

 公子は皇帝に連なる血筋の人間で、治める領土こそ小さいが貿易で財産をしっかり蓄え、知識も豊富だがそれをおごらず謙虚で穏やかで争いごとを好まず、とにかく非の打ち所がない人物だった。風采は地味だが品のいい服装がそれすら高貴に見せるという類の青年で、一言二言言葉を交わしただけで姉姫も妹姫にこれ以上相応しく、王家を託すのにこれ以上の者はいないと心から納得できる人物であった。それに気づいて目の前が真っ暗になる。


 自分の今までの頑張りは、妹姫の花のような微笑みや細やかな心配りの末に手に入れた結果に全て否定されたのだ。

 女の身で頑張って知恵をつけて傷だらけになって武芸を身につけ、ヒヒじじいの貴族のや商人相手にプライドをすり減らす思いをして築き上げたものが全て無駄だと思い知らされたのだ。


 その夜は泣いた。おいおい泣いた。

 愚かな自分を哀れんでとにかく泣きに泣いた後に気持ちを切り替えて、輿入れの準備を始めた。全く似合っていない母親好みのドレスを作り、母親好みの装飾過剰な嫁入り道具を数台馬車に乗せ、本来なら母親が用意するはずの護身のお守りを何故かと妹姫に用意され、気のないファンファーレに見送られ、隣国へ向かう。ファラダと数頭の白馬が引くその馬車の中で一度も顔を見たことがないのにどこか知った雰囲気の侍女が囁いたのだった。喉が乾きませんか、と。


 別に乾いてはいなかったが、なんとなく捨て鉢な気持ちになってはいたのは確かである。

 侍女は馬車を止めさせ姉姫と侍女は二人で小川のほとりへ佇む。胸もとから妹姫がもたせたお守り(三滴の血をしみこませたハンカチ)が落ち、拾い上げて見つめているうちにわざとそれを小川に流したのだった。

 

 魔が差したというやつだ。

 

 お守りを差し出した妹の、悲しみや辛さをこらえた精一杯の笑顔を思い出すとたまらなくなったのだ。


「あっら〜、あの邪魔なお守り自分から手放しちゃうんだ〜。あんた何考えてんの? ま、手間が省けていいけど」

 

 侍女は本性をあらわし、侍女の扮装を解く。

 そこから現れたのは鏃山の麓でよく知った女の顔だった。挑発的な唇、肉感的な肢体が特徴の魔女の娘だ。ただし髪は姉姫と同じ赤みの強い金髪に染め変えられている。既に顔なじみのような感覚だったが一応仇敵同士である。魔女の娘の口癖は「アタシは絶対王子様に嫁いで一生左団扇でくらすの! そうなる値打ちがあるの!」だった


 気の迷いとはいえ護符を手放した姉姫は魔女の攻撃になすすべがなく、服を一方的に取り替えられ「このことを口外しては死ぬ」という呪いをかけられその場に捨て置かれたのだった。


 その時はまだ首と胴体の繋がっていたファラダにまたがり逃げだして、行くあてもなく森を彷徨っていたところを魔女に捕まり今に至る。ちなみにファラダはその時胴と頭を切断された。魔女は神馬の身体構造に興味があったらしい。



「つうか、なんでいきなり殴るワケ〜? ひどくない〜? あんただって本当は嫁になんか行きたくなかった癖に〜。言ったらアタシはあんたの願いを叶えてあげたわけでもあるんだけど〜? その恩人に対して出会い頭に暴力? ありえないんですけど〜」

「うるさい」

 

 侍女に襲われた直後丘の上に駆け戻ると魔女の娘がぶち殺した従者達が打ち捨てられており、感傷に浸る間もなくその死体を人目から隠す作業に追われなくてはならなかったからだ。そのあと暫く罪悪感にうなされたのでなぐるくらいのことはやってもいいだろう。


「暴力の上にマメの莢むきまで手伝わせるとかありえなくない? アタシこう見えて死んで生き返ったばっかりなんですけど~?」

「うるさい。大体なんで帰ってきたんだ? 大人しく死んでりゃよかったものを」

「こういうこともあろうかと命をいくつかに分割する魔法を前もってかけておいたのよ〜。まあ燃費悪いから何度もかけられないし魔力がたまるまでロクな魔法が使えないけど〜」

 にしたって痛かったわ〜ったくあのクソ舅め、とブツクサ文句を言いつつも魔女の娘は莢から豆を外し続ける。何かやってないと手持ち無沙汰なのだろう。


 暫くして二階にいる者がどすどす足音を響かせながら階段を下りてきて台所の扉を開ける。不格好で分厚い眼鏡をかけた、下女と同じ年頃の少女だが顔が怒りで真っ赤である。


「……誰この子? 母さん下女を二人置く主義にしたの? ケチなくせに」

「最近魔女が連れて来たんだ。経理に手が回らないからといって」

「あれを今すぐ静かにさせてください! やかましくてしごとになりません‼︎」


 少女は庭を指さしながらがなりたてた。我々は思考と視界の外に追いやっていたが庭では小さな子供がキャーキャキャキャ! と歓声をあげて駆け回りそれにふりまわかれる下女がそっちへいったらダメとか危ない! キャアア! とひっきりなしに悲鳴をあげていて騒々しいのだ。


「おかげで本来片付くはずの処理がまだ済んでいないんですよ!」

「しょうがないじゃない〜。あたしがとらえられて裁判うけて処刑されるまで? えーと10日かそこらずーっと塔に閉じ込められてたんだしい? 今までお城で蝶よ華よと育てられたお姫様がだよ?  可哀想じゃん? 久々に外に出て暴れまくるのも当然じゃん」

 

 そのタイミングに合わせて台所の勝手口がバンと開き、鳶色の髪に紫色の瞳の小さい女の子がかけとんできて握りしめたものをぶら下げる。ふさふさのしっぽのリスだ。


「かーさま見て! リス! ほんもの!  カワイくない⁉」

「はーい、よかったわね〜クララ。カワイイカワイイ〜」


 クララちゃんだめ! リスを中に入れちゃだめ! という下女の制止は間に合わず、暴れたリスは幼い元姫の手から暴れて逃げ出した台所をめちゃめちゃに駆け回る。それをみて待て逃げるな! と追いかける元姫。テーブルに飛び乗り豆が飛び散り食器が砕けて鍋がひっくり返る。台所から逃げ出したリスを追いかけて裸足と幼い姫もドタドタ二階を駆け上がる。血相を変えたのは経理係の少女だ。


「勝手に上るな! こら! あたしが先生に怒られる!」

 ギャーギャー声を張り上げながら元姫を追いかけるはしからドンガラガッシャンと二階で派手な物音が聞こえて魔女のボロ屋はガタガタと震えた。

 残されたものは黙々と台所をかたづけるのみである。


 

 こうして処刑されたはずの侍女は魔女の娘として舞い戻り、のうのうと再び鏃山の魔女の家で暮らすことになった。



 仕事先から帰ってきた魔女は元王女のもたらした惨状にわなわなと震えながら、全く悪びれない母子を目の当たりにしてとんだ出戻り娘め! と罵る。


「なんであんなガキ連れて来ちまったんだい⁉︎」

「えー、だってそのまま残しても塔で一生暮らす羽目なって可哀想じゃん。一応我が子だし」

「あれがそのまま一生大人しく幽閉されてるタマに見えるかい? バカだね!」

「あ」


 しかし娘が「でも母さん王太子妃でいた間は国家予算の半分を舞踏会と博打とファッションに蕩尽しまくったからね。今あそこの内政はガッタガタで財政は火の車よ!」と勝ち誇るなり笑顔になって「でかした! さすがあたしの娘だ」と褒めるので、魔女の倫理観はよくわからない(が、元嫁ぎ先のかの国が怪しい噂を聞きつけるなり私にコンタクトを取り付けた理由はよくわかった。できればこの娘をとっとと追い出したかったのだろう)。


 魔女の娘とはいうが二人に血縁関係はないらしい。

 娘がいうことには幼い頃まである国の豪商の娘として何不自由なく暮らしていたが、その街で恐ろしい疫病が流行り、両親を亡くし荒廃した屋敷を彷徨っていたところを研究に必要な「流行病の素」を求めて探索していた魔女に見つかり保護されたのだという。

 情にかられたわけである筈がなく、さりとて気まぐれや道楽でもなく、幼い娘の目に輝く欲と野心になんらかの見所を見出したのだろうと推測する。とにかく魔女の娘の菫色の瞳にやどる蠱惑的で爛々とした独特の輝きには「ただものではない」と他人に思わせるものがあるのは確かだ。

 

 

 魔力が戻るまではこうしてるとゴロゴロして邪魔なことこの上なかったがしばらくすると飽きたらしく、地味だが仕立てのいいシンプルなドレスを新調し髪をぴっちり結い上げた家庭教師のようなナリで「退屈だから稼いでくるわ」と山を降りていった。麓の村の有力者の娘たちに礼儀作法を教える講師として働き出し、三日に一回ペースで魔女の家に帰ってくる。

 

 魔女の娘が産んだ元王女は、何不自由なく育ったお姫様という身分から一転して大悪党と王家の血を引く危険人物という複雑な身の上になった。が、そんなことはおかまい無しに魔女の家の敷地を好き放題に駆け回る野生児になっていた。リスを家の中に入れたその日怒り狂ったメガネに縛られて一番木から吊るされるという酷い折檻をうけてもなおケロリとしていたほどだ。そもそもすばしこいリスを捕まえられる時点でただの幼児ではない。


 本来なら一生塔か修道院で暮らすはずだった元王女の身の上に下女が同情し不憫に思ったらしく、何くれと細かく面倒を見だしたおかげで元王女はすっかり下女になついてねえやねえやと甘えるようになった。下女が溜めていた綺麗な端切れを縫いあわせて作った子供服を着て元気いっぱいだった。

 

 因みに表向き元王女は彼の国の塔で幽閉されていることになっている。魔女の娘曰く「身代わりを置いているので当分はバレない」とのことだった。


 元王女たちがやんちゃの限りをつくしていると計算を担当しているメガネの娘は時々二階のまどから「うるさーい!」と叫ぶ。

 人数が増え、騒々しくはなったが魔女の家と鏃山の麓は平和であった。

 

 私は毎日嘆くファラダに見送られながらガチョウを連れていつもの沢へ向かう。たまには元王女もついてくることがあった。けたたましい子供だが見ていて飽きない存在なのは確かだ。悪さはするが母親とは違い性根そのものは腐っていなさそうな所も愛らしい。こんなにやんちゃでよく王宮でやっていけたなと呆れることはしばしばだが。



「魔女の娘は今までどこに行っていた?」


 最近は毎日のようにやってくる討伐隊の隊長がその日もまた現れた。どこぞのお固い家庭教師に化けてはいるが長年魔女一家を見張っていた俺の目はごまかせんぞということらしい。


「ここ数年どこかの金持ちと結婚して左団扇で暮らしていたが金遣いが荒いと追い出されたそうだ」

 嘘は言っていない。

「当分大人しくしてるようだから好きにさせておいてやってくれ」

「……あなたが魔女の娘を庇うようなことを言うとは」

 いやに含みを持たせた言い方をする。魔女の娘が例の侍女であることは私と魔女以外は知らないはずだ。


「ところで彼の国の王家から再度姉姫様を迎え入れたいと王宮に申し入れたそうですよ」

「……」


 私の平和と安寧はまた終わりそうだ。


「例の事件はこの国の領内で起きたことで本来の責任はそちら側にあるが寛大な我々は不問にするので一刻も早く姉姫さまを寄越されたし。傷心の王太子も新しい妻を待っている……ということだそうです」

「いい耳をしているな」

「王宮の方々の声が大きすぎるのですよ」

「それは言えてる」


 だから何度も何度も間者には気をつけろと、あの従者は気立てが良いからとかあの夫人は夫を亡くして可哀想だからとかあの芸人は面白い芸をするからといったフワフワした理由で得体の知れない人間を城内に招き入れるなと言っていたというのに……。

 そうすると「この国の王は誰かね? お前かね?」「お前のように人を疑い続けていたら誰からも愛されずに一人でひっそり死ぬはめになるのだよ」という両親の声が蘇ったので頭を振った。


「妹姫の夫は何をされている?」

 国王夫妻は頼りないが妹姫の夫は頭がキレるし、わたしのように人を不快にさせない術を知っているのでその辺を上手く対処してくれているはず……という目論見は崩れ去った。


「妹姫様はまだ婚約中ですよ」

「何ぃ⁉︎」

 

 これには耳を疑った。私は妹夫妻が今にも結婚しそうだから輿入れしたというのに。

 というかあの年に私になり代わって結婚した魔女の娘が今ああやってガチョウの群れを怯えさせながらバシャバシャ水辺で遊ぶほど大きくなっているというのにまだ婚約中とは? 寝てたのか、あいつらは?


「あれからすぐ海賊の被害が大きくなって公子様自ら港町で海賊対策の陣頭指揮をとることになったらしゃるんですよ。海賊退治の目処がたてば結婚しよう、そうお約束なさって……。泣ける話ではありませんか」

 別の意味で泣けてきた。私がガチョウ番として世捨人生活を送っている間にそんなことになっていたとは。


「幸い海賊も活動を潜めたようで、公子さまはこの一年内に帰還なさるはずです。妹姫さまはそれを伝える手紙を肌身離さず持ち歩いているとか」

「どうせまたその海賊は活発になるぞ」


 皇帝も出資する貿易会社の長である公子故に皇国海軍の庇護を得られる筈だが、元嫁ぎ先のかの国も港町を有する海運国である。私掠船で公子の会社の船に嫌がらせをすることくらい容易だろう。


 かの国が海賊船に命じて妹の結婚を妨害していた件(我が両親がそれを手をこまねいて眺めているのも含めて)、とにかく不吉でしかない。彼の国の使者の剣呑な目つきを思い出して、穏やかに凪いでいた私の気持ちが激しく波打つ。


「帰るぞ」

 いつもの岩から飛び降りて元王女を抱き上げ、ガチョウたちを引き連れて帰る。今日は隊長の帽子を飛ばすことはしない。


 ファラダの挨拶もそこそこに、納屋の片隅に置いたボロ机の上でこっそり集めておいたか紙とインクで手紙を書き上げ封をする。急いで元の沢までおりると隊長が小石を川面に投げて時間をつぶしていた。待っていろとも言っていないのに待っていたことにありがたさより呆れが先にきたが、「必ず妹へ読ませるように」と念を押して手紙を渡す。


「タダ働きですか?」

「国境付近の小川のほとりに楡の木があるだろう。根元を探すといい。行方不明になった花嫁の従者がいるから弔ってやってくれ」

「……タダ働きの方がマシじゃないですか? それ」

 隊長は笑ったのか唇を歪めてからゆっくり山を降りてゆく。


 

 かの国の港よりはるか沖合いで、巨大な怪物が触手をうねらせ公子の貿易会社の商船を襲ったという冗談のようなニュースがしばらく後に麓の村まで伝わった。海賊ではなく怪物だったとは。ともあれ公子が妹の元へ帰るにはまだ時間がかかることになる。


 怪物のニュースが届くやいなや、魔女はヒヒヒと不気味に笑いながらまた忙しく空を飛び回り各地の魔女や錬金術士などの仲間の元へ足繁く通い出す。そして家に「海の魔物退治に効く専用の砲弾」の見本を持ち帰ってくるのだった。これを公子の国へ運び、法外な値段で売りつけるのである。儲けは仲間たちと山分けという寸法だ。その計算を経理係が受け持つ。


 ちなみに海の魔物も魔女が大昔の生物を研究、改良したものを兵器として元嫁ぎ先の彼の国へ売り渡したものである。魔女とその仲間たちはこうやって争いの芽のある国と国を焚きつけては魔法の兵器を売りつけて荒稼ぎしているのである。何故そんな汚い真似をするのかと以前あまりにも腹が立って問い詰めたことがあるが「決まってるじゃないか、魔女だからだよ」という答えになってない答えが返ってきただけだった。

 

 まあ、魔女の頭に次々と閃くさまざまな邪悪な魔法――大量の人々を殺せる最悪の疫病のもと、狙った場所に世界が沈むほどの大雨をふらせる力、火をふく太古の龍の復活、その他――を実現するには皇帝の宝物庫を売り払って得られるのと同程度の金が必要になるらしく、どうしても金儲けに精を出さなければならないらしい。しかし金儲けも嫌いではないのでやっているうちについついのめりこんでしまうのだ……といった事情は魔女と生活するうちにわかったことだった。


 こんな魔女と生活していると、バカげた異端審問や魔女狩りを行う者は厳罰に処すというお触れを出した名君の誉高き先々代の皇帝には悪いが、やはり魔女狩りを復活するべきだったのでは? と、今やすっかり魔女になった己を差し置いてそんなことを考えてしまう(思えばこの名君も魔女や錬金術士のギルドから多大な恩恵に預かっていたのだろう、それこそ宝物庫がいくつも建つくらいの)。



 あるとき経理係が珍しく庭に出て棒切れを振り回しているのに気づく。

 普段神経質で小生意気な口をたたいているくせに妙に子供っぽいことをしているなと気になってみていると、棒切れの先から礫のようなものが放たれて的にしている木の幹にぶつかったのが見えた。結構な威力があったとみえて幹がへこんでいる。


「なんだそれ? 魔法の杖か?」

「違います。魔法などではありません」

 冗談で声をかけただけであからさまに不機嫌にされた。


「錬金術の原理を利用した護身用武器です。魔法などと一緒にしないでください」

「錬金術? お前錬金術師だったのか?」

「ええ」

 やや誇らしそうに少女はメガネのふちを指で挟んで上下させた。

「師匠に頼まれて先生の経理の処理を手伝っておりますが、私は本来錬金術ギルドの末席を汚しその英知を極めんとするものなのです。でなければこのような場所に来たりしません」

 

 女の、しかも子供の錬金術師がいるとは知らず、思わず感心してしまった。ただ私には魔法使いと錬金術師の違いはわからない。どちらも並みの人間には起こせない不可思議な現象を起こす点では似たようなものとしか思えないが。


 その棒はお前が作ったのか? と訊ねると、棒ではありません護身用武器ですといちいちうるさいながら少し自慢げに頷いて見せてくれた。ハタキくらいの長さで柄にあたる部分の上に淡く輝く宝石のようなものが埋め込まれていてなかなか美しい。


「こういうこともできれば……」メガネは地面に転がる爪ほどの大きさの小石を杖の先に触れさせて放す。すると小石は浮き上がり、経理係が杖を軽く振るとと、ビュっ! と飛んで先ほど的にした木の幹にぶつかる。


「こういうこともできます」柄の下にある小さな引き出しを開くと中に何やら粉末状のものを入れてから閉め、くるくると杖で宙に螺旋を描いた。すると一筋の炎が現れて杖の軌跡通りに螺旋を描いて消えた。


 なかなかの見ものであり、私は手を叩く。

「こんな大層な杖が作れるなんてすごいじゃないか!」

「ま、まだまだ試作段階です。私の理想とする地点にはまだ到達していません!」

 私に杖を手渡し、同じようなやってみろと目線でしめすので、見よう見まねで娘がやったように目に付いた小石を杖の先に触れさせて持ち上げた。大人の握りこぶしほど小石が簡単に持ち上がり、杖を振るとガン! と激しい音を立てて幹にぶつかった。あれは当たると相当痛いだろう。


「……やはりダメですね。もう杖に精霊がいついている」

 なかなかの爽快感を味わった私とは逆に経理係は浮かない顔だ。杖の宝石のようなものを指差し、

「この自動思考回路が使用者の体内をめぐる生体エネルギー量から判断し調整しながら誰でも等しい結果を出せるよう私は設計したのですよ。だがこの回路に精霊が住み着いてしまい魔力のある人間と魔力のない人間とでは結果に大きく差が出るようになってしまった。これは私の理想から程遠いのです」


 なにやら小難しいことを言いだした。


「私の理想は魔力の多寡にかかわらずどんな人間でも等しく同じ重さの物を持ち上げ同じ速度で投擲・射出することができることなんですが、ここに精霊が居着いてしまうとどうしても大量の魔力を有する者が使用した場合に大きな結果が出てしまう。……忌々しい」


 精霊は手入れされたものや古びたものを好むので時間が経つとあらゆる物に宿る。それがこの世の法則である。時の流れがある以上そこから逃れることはできない。経理係はそれが気にくわないようだ。


「私はこの精霊腐食現象に左右されない、万人に等しく使えて甚大な効果を出せる兵器や武器を生み出すのが目標です」


 小さい体になかなかの野望を秘めているらしい。それなのに今やってることは金勘定の経理係ではさぞかし不満をためているに違いない。それはカリカリもするだろう……と思いを巡らせていると、散歩から帰ってきた元王女がバタバタ激しい足音を響かせて帰ってきた。


「なにそれなにそれ、見せて見せてー!」

 その勢いは旋風のごとし。私の手から杖をひったくる。経理係は慌てて奪い返そうとしてもみ合いに。


「ダメです! これはオモチャではないんです。返して!」

「やだやだやだー! いっかいだけ、いっかいだけー!」


 元王女が杖を振り回すと辺り一帯の小石がふわふわとうきあがる。私と経理係が驚愕して強張っている間に、元王女は大きく杖をふった。宙に浮かんだ小石たちは木の幹めがけてすっとんでゆき、ガガガガ! と耳を覆いたくなるような音を立ててぶつかった。木の幹が大きくえぐれ、暫くのちにメリメリと音を立てて傾き地響き立ててたおれたのだった。


「……‼︎」


 目をキラキラと輝かせる元王女とは反対に青ざめる私と経理係。後からやってきた下女も硬直している。とっさに杖を奪い返し、経理係は気を取り直すようにメガネを上下させた。


「魔力の多寡によって結果に差が出るのがどんなに不都合か、お分りいただけましたか?」



 この杖がすっかり気に入ってしまった元王女がビービーと激しく泣いてやかましいので、普段は下女が預かることや下女の監視下以外では絶対使わないことを厳しく約束させてからゆずることになった。

 下女も少々の火薬を入れてカマドの火起こしに利用したり、ちゃっかり愛用している。経理係は仕事が終わってから野望に燃えつつ新たに試作品作りに精を出す。



 そんな平和な時期はあっという間に飛び去った。

 ついにかの国の王が再度の結婚を打診してきたのだ。


 かの国の王様が両国の発展のために再び花嫁を迎え入れたい、つきましては「国王夫妻の娘御を」我が王室に迎え入れたい……と打診してきたことがこの村までセンセーションを巻き起こすことになっても、王宮や妹からはなんの返事もない。私はいつもの沢で不機嫌に黙ることが多かった。


 なんでえ姉姫様は行方不明でおっちんじまったんじゃねえのかい? なんて罰当たりなことを言うんだこのオヤジは。きっと見つかってどこかで安全にお暮らしなんだよ。バカそんなことあるもんかい、あの国の王様がご所望なのは「国王夫妻の娘御」なんだろ? 姉姫様でも妹姫様でもどっちでもいいから寄越せってことじゃあねえか。見つかってねえってことだろ。まさか、妹姫様は公子様とご婚約中じゃないか。まだ夫婦になってねえんだからなんとでもなるだろうがよ。はーっそんな血も涙もないことおっしゃるもんかねえ。罪人を釘打ち付けた樽にぶっこんで市中引き廻すような王様だからそれぐらいやっても不思議じゃねえわ。


 ……と無学な村人すら見識を披露しあう事態になっているというのにどういうことだ。

 隊長をせっついても両手を上に向けるだけだ。


 妹からの手紙は何もないというのに、我が王宮の封蝋の押された手紙が台所の作業台の上に置かれていた。イライラしながら中身を読むとガチョウ番どの至急王宮に来られたしとだけ書いてある。「しぶしぶ」「しょうがない」「苦渋の決断」という感情が読み取れそうな気がする頑なな文字であった。


 作業台の下には古ぼけた衣装箱が置かれている。中を覗けばやはり私の趣味には合わないドレスが入っていた。見すぼらしいガチョウ番姿ではなくこれを着て来いということだろう。


 かの国からの手紙が届けられた時には驚いて怯えていた下女も、処刑された罪人が舞いもどったり小さな嵐の塊のような子供に振り回されて生活をしているうちに少々の不思議には動じなくなったらしい。真剣な表情で縫い物に取り組んでいた。 ふんわりした薄桃色の絹でレースがふんだんに使われた子供用のドレスだ。豪華で贅沢で村人が着る晴れ着が普段着に思える高級品であることは一目でわかる。おそらく元王女の持ち物だろう。下女は真剣な表情で綻びや鉤裂きを繕っていた。


 私がじっとみていることに気がつくと、慌ててドレスを背後に隠す。


「ごめんなさい! 今すぐ食事の用意にかかります」

「いや、悪かった。そのまま続けてくれ」

 たかが縫い物なのに何故かとても後ろめたいことをしていた瞬間を見つかったような下女の様子が気にかかった。


「針仕事、好きなのか?」

「はい……。あんたは鈍臭いけど縫い物だけは大したものだよって母ちゃんも褒めてくれました。あたしも好きなんです」

 

 私から質問されたことが呼び水になったのか、少し緊張を解いた下女が針を運びながらポツポツと語りだす。

 本当は城下町のドレス専用の仕立て屋へ奉公に出るはずだったのだが「魔女の家で立派に勤め上げた下女」というせいぜいこの村でしか通用しない付加価値に釣られた親が強引にここにねじ込んだのだという。


「とうちゃんやかあちゃんは遠くの街でお針子で一生を終えるより魔女の家で家事一切の段取りを学んだ方が後々あんたが嫁入りする時に役に立つから、嫁ぎ先の意地悪なおっかさんに仕返しする呪いでも教えてもらえりゃああんたの生活は一生安泰だって言って、あたしもそうかなって思ってきたんだけど……」

 やっぱりお針子に未練があることはぼかす。ある程度目処がたったのか、糸を切って、満足そうにドレスをかざしてみせた。


「綺麗な服ですよねぇ。こんな服に触らせてもらえるなんて夢みたい」

 下女の顔はうっとり蕩ける。普段意味もなくビクビクおどおどしているだけの娘かと思っていたがこういう一面もあったとは。


「服は着なくても満足なのか?」

「全然! 作ったり縫ったりするのが好きなんです。布や針や糸に触ってるだけでもう満足っていうか……。それでよく変わってるねって友達に言われましたけど……」


 下女が繕っていたドレスを手にとって眺めてみるが、確かに目も揃えながら細かく縫い取られ、ぱっと見ただけではどこを修繕したのかはわからない。それどころか元々の柄とよく馴染む刺繍まで施してある。いい仕事だ。


 ふと思い立って王宮が送りつけてきたドレスをとりだし、私自分の身に当ててみる。


「率直な意見を聞きたい。このドレスをどう思う?」

 金糸のアラベスク紋様というまるで緞帳のようなドレスの豪奢さに目を見張った下女だが、私の顔と見比べてからもうし訳なさそうに


「あの……とても豪華で華やかな生地ですけれど、リーゼルさんが着るにはちょっと……デザインが奥様って呼ばれる人向けすぎるというか。フリルも多すぎですし」

 慎重に言葉を選びながら言うべきことを言う。


「これを着てさる場所へ出かけなくてはならなくなったが、私が着てもみっともなくならないようにするならお前ならどうする?」

「そ、そうですね……。ええとまず、カラーを外して下品にならないように首と肩を出します。それから金糸の刺繍が目立ちすぎるのでフリルを外します。リーゼルさんはあまりゴテゴテせず身体のラインを活かした方がいいと……」

「よしわかった。ではそのように仕立て直してくれ」


 最初何を言われたのかよくわかっていなかったらしい下女だが、しばらくして激しく首を左右にはる。


「無理無理無理無理!  あたしがこんな上等のドレスにハサミを入れるなんてそんな!  ばれたら縛首になっちまいます!」

「ならんならん。刑吏もそんな暇ではないし、生地は上等でも悪趣味でババくさいドレスだから作り変えられた方がドレスも喜ぶ」

「でもでもでもでも、あたし掃除や料理がありますし縫い物なんかしていたら魔女様に怒られちまいます」

「お前の仕事は私が肩代わりしてやる。それでいいだろう。魔女にも私から言ってやろう」

「でも……」

「魔女は金儲けに忙しいから当分は家を留守にさるはずだ。安心していい」

「でもぉ……」

 娘は口ではそういうが、目と手はすっかりドレスに吸い寄せられている。夢見心地で自分がこの悪趣味なドレスを生まれ変えられる可能性にすっかり魅入られている様子だ。もう一押し、私は娘の肩に両手をおく。


「頼むぞ、ベルタ」

「は、はぃぃ……!」

 

 魂の抜けたような表情で下女はドレスを抱きしめ隣の娘にあたえられている小部屋へ駆け飛んでいった。


「できるだけ丁寧にしてくれていいぞ」

 こうすれば王宮へ上る日を伸ばせるだろう、私の企みに下女は気づいていない様子だった。



 こうして下女は元王女にせがまれて遊ぶ時以外は針と糸を手にドレスた格闘する日々に突入することになった。私も時々ドレスをきて、仮縫いに協力する。

 上等の布にハサミを入れることを怯えていた娘とは別人のように布を断ち、刺繍をいれ真剣な面持ちでドレスを生まれ変えさせる。

 私の仕事は増えたが、料理も掃除も気晴らしになってむしろ助かった。


「は〜、大したもんじゃない」

 七割型仕上がったドレスを試着した私を眺めて、魔女の娘も感心したように頷いた。


「もうちょっと襟ぐりは開いてもよかったんじゃない?」

「ダメです! これ以上肩を見せると下品になります」

 下女はドレスになると意外と強い口調になる。しばらく根を詰めていたので目の下にクマができていてとんでもない形相だが幸せそうだ。


「このデザインなら髪はちょっと大胆に結い上げてもいいかもね〜」

 魔女の娘が勝手に私の髪をとかしてはさっとゆい、下女が歓声をあげる。着せ替え遊びの人形にされているが案外悪い気持ちではなかった。鏡が無いのでわからないがそこそこの見栄えに整えられていると判断しても良さそうだ。元王女もキレイキレイ、リーゼルお姫様みたい!と全身で褒めてくれる。



 そんなわけでドレスが仕立て直されるまでは魔女もおらず、平和な日々が過ぎてゆく。つかの間ではあったが私の気持ちも安定していた。

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