胴なし馬のファラダ

ピクルズジンジャー

第1話

「ああ姫様、姫様をご覧になれば王様とお妃様はどんなにお嘆きでしょう」


 ファラダは首だけになって数年経つのに今でも私を見てはそう嘆く。

 こちらはというと嘆かれるような境遇にもすっかり慣れてしまい、「いやファラダ、父も母も私のことなどとうに忘れておいでだよ」と返す余裕も生まれてくるというものだ。


 しかしファラダはやはり嘆く。王様とお妃様がご覧になれば……。

 首だけになっても喋ることのできる馬なのだから当然ファラダはただの馬ではない。王家に代々伝わる神馬と呼ばれる類の神聖な馬だが、胴と切り離されてしまえば力も半減して泣き言を繰り返すしかできなくなるらしい。不憫だ。

 

 不憫な馬に嘆かれる私もやはり不憫な身の上と言えるだろう。他国へ嫁ぐ道中に侍女に裏切られて身の上をすっかり入れ違えられ、今や飼料と肥えの臭い漂う納屋を根城にガチョウの世話をする娘である。


 

 ことの次第を父か母、もしくは輿入れ先だった王家に訴えればなんとかなったろうが、仮にも一時は夜盗や魔物を討伐し外交問題にも尽力し軍を率いたこともある姫騎士が野心家の侍女の企て一つ阻止できなかったと世の中に……というよりも父と母に対して知られて呆れられ罵倒されるのが恐ろしく、躊躇っているうちに数年経ってしまい、もはやどうでもよくなってしまった。

 輿入れ先の王子は野心家の元侍女と相性が良いらしく政情も安定している模様。わざわざ事を荒立てる必要もない(そもそも花嫁が入れ替わっていることに気づかないボンクラとわざわざ結婚し直したいと思う娘がいるだろうか)。


 

 ガチョウ番の娘となった私の今の住まいはやじりの形をした山の中腹にある魔女の家の納屋である。

 私をハメた侍女に入れ智慧をし魔法の力を貸し与えた、性格のねじ曲がったごうつくばりの性悪ババアの住まいの片隅に起居しているわけだ。

 我が国の領土内にあり、良質の宝石の原石が採れる鉱山でもある鏃山の領有権をめぐり、この業突く張りの魔女とは私が姫騎士と呼ばれた時代には何度となく刃を交えてきた。謂わば仇敵にあたる者である。

 仇敵のもとで奴隷も同然の立場にあるのでファラダも嘆くのももっともだが、ごうつくばりなだけあって魔女は損得を基準に話をすれば案外話が通じることもあり(父母と話す方がよっぽど骨が折れる)、こうして仕事と寝床と食事だけは確保できる身となった。美しいドレスや装身具の類にもともと興味がもてない性質で助かった、出来ることなら清潔な寝具と筆記用具が欲しいが。まあ数年生活していて魔女に貸しを作れる身分になった故交渉してみよう。


 

 ガチョウ番故にガチョウを世話するのが今の私の主な仕事である。餌をやり、適宜運動させ、寝床を整え、卵を産んでいたら我々の腹に収める分だけ頂戴する。小屋や柵に獣が侵入しそうな所があれば修繕し、魔女宅に住まう精霊に監視を頼む(これが私が魔女に最大の貸しを与えられる特技である。魔女は精霊を従えているわりに難の多い性格のせいでよく精霊たちから謀反を起こされるのだ。その点私は交渉が上手く精霊たちも快く雑務を引き受けてくれる。私が来てから魔女の生活は格段に快適になった筈だ)。

 

 現在魔女が飼育しているガチョウは12羽、それを連れて川のほとりまで歩いて行く。グワグワガーガーとやかましいガチョウ達だがどれも私が面倒を見てきたため愛着がある。今年の冬には何羽かが近く羽毛と冬至のごちそうになるが……。

 流れの緩い川の中腹の遊び場にやってくるとガチョウたちはよたよたと川に走り寄りこぞっていきいきと泳ぎだす。ガチョウも私には何がしかの親しみを抱いてくれているのか逃げ出したりすることもない。両親には嫌われたが精霊やガチョウには好かれるタチなようだ。


 

 いつの間にか私の指定席になっている岩に座り、ガチョウの遊ぶ様子を眺めているとザクザクと砂利を踏みしめる足音が聞こえてきた。またか、とややうんざりした心持ちでそちらを見るとやはり数日前に私を発見した鏃山駐屯地の隊長だった。不審な人物を前にガチョウたちがガーガー騒ぎ始める。手にした古い樫の杖でそれを黙らせた。


「何をしにきた?」

「姫様のことを王家に報告させていただきましたよ。じきに王家から使いが来るはずです」

 余計なことを。

「姫様が悪党の姦計により身の上を入れ替えられた話は遅くても数日後には向こうの国へ伝わります」

「余計なことを」

 今度は声に出してはっきり言う。

「せっかく王子夫妻は仲睦まじく暮らしているというのに無体なことをする。それにかの国の我が国への侵攻の口実を与えたものだ、ニセモノの花嫁を掴ませ我が国の名誉を傷つけたとかなんとか。隊長殿はその程度のことは見通せる方だと思っていたが?」

「買いかぶりすぎですよ。そもそも私は筋の通らない命令には服しない主義に転向しましたので」

「だからこんな所に留め置かれてるんだな」

「好きでいるんですよ。麓の村は食物も美味いし村人の気質も善良だ」

「負け惜しみを」

 

 黙るのも飽きたのか、ガチョウたちが再びガーガー騒ぎ出す。


「姫様、あなたらしくもない。何故貶められたまま黙っておいでなんです? 道理はこっちにあるんですよ?」

 隊長がだんだんうるさくなってきた。


「あなたを騙くらかした賊がのんきに遊びくらして、輿入れ直前まで身を粉にしてきたあんたがガチョウ番では浮かばれなさすぎです」

 本当にうるさくなってきた。ガチョウよりもうるさい。


「私はそんなしょんぼりしたあんたはみたくありませんでしたよ」

 いよいよ我慢できなくなり、樫の杖をふり、吹け吹け風よ、と適当な歌を口ずさむ。すると突風が巻き起こり隊長の被っていた帽子を吹き飛ばした。あんなボロでも兵装の一部だから無くしたらことだろう。ちくしょうだのなんだの悪態をついて隊長はさってゆく。「また来ますからね!」と言い捨てて。やれやれ。

 しばらくしてから十分遊んだガチョウをつれて帰る。納屋の入り口の梁に取り付けられたファラダは帰ってきた我らをみるとやはり「ああ姫様」と嘆くのだった。胴体を失ったファラダにとっての挨拶のようなものになっているのだろう。



 草と一緒に私が育てている野菜と魔女が育てている薬草を食べてしまわないか見張りながら午後の仕事をこなしていると、箒にまたがった魔女が空からついと降りてきた。

 煮しめたような色合いのボロボロのショールからねじりからまった髪をのぞかせたた、小柄で鉤鼻でしわくちゃの老婆である。継子の美しい姫が視界にいることが許せないと森に追放すれば今度は生きていることすら我慢がならぬと毒リンゴを食べさせに訪れた王妃が出てくる有名な物語があるが、その王妃が姫のもとに訪れたリンゴ売りの老婆の姿を想像してくれればよい。魔女の外観はその老婆と寸分違わない。それにしても早い帰りだ、魔女の会合に出席していると聞いたから帰りは明日かと思っていた。


「お早いお帰りで」

 イヤミをこめて言うと、魔女は魔女らしくヒヒヒと笑う。


「戦争が起きそうだからね、早めにかえることにしたのさ。こういう時が一番の稼ぎどきだからねえ」

 

 せかせかと歩き回り、台所から下女を呼びつけて大鍋にいっぱいのカブとトリのスープを作れと命じていた。香辛料をたくさん入れること。ただしこの前みたいに闇雲にいれるんじゃないよ、分かったね、と。気の弱そうな下女は怯えた表情で頷いていた。後でフォローが必要だろう。


 下女は麓の村から魔女の募集に応じて農家や職人の娘から選ばれ、村の長に連れてこられる。

 魔女の家の下働き故に生贄になるような覚悟で臨むのかと思っていたが、魔女の家で一年立派に勤め上げれば領主の家でも機敏に働ける程度の家政の力がつくため、娘に箔をつけたい親世代からは昔から人気のある職場なのだそうだ。ただ当の娘にとってはごうつくばりで性悪な魔女のもと一人で下働きをするならば気心の知れた仲間と街のお屋敷や商家で下働きをする方がマシだと思うのが普通なようである。

 今いる自信のない顔つきのそばかす娘もその口だ。仕事をかたづけて台所へ向かうと、案の定下女は半泣きで火を起こそうとしていた。私がはいると煤と涙で汚れた顔をこちらに向ける。


「リーゼルさん、助けてください」


 かまどの火は情けないような煙を立ちのぼらせるだけ、下女の娘がフイゴを手に半べそをかいているので仕方なくかまどが好きな木の小枝を数本焚き付けて空気を煽る。小さいが炎がたつと薪をくべる。ようやく料理が出来るほどの火にそだった所に最後にもう一度木の枝を炎に食わせる。「あまり娘を困らせるなよ」


 下女はボーッと立っていたが私を振り向くと頭を下げた。

「すみません、私がどんくさいばかりに……」

「手際が悪いのは慣れればなんとかなるが、気弱な態度をなんとかした方がいいな。だから精霊に舐められる。もっと毅然とすればいい。今の主人はお前だからな」

 

 魔女の家に限らずどこの台所にも精霊はいる。この精霊と良好な関係を築くと全ての作業効率が上がり自分へ返ってくるものが大きい…というのが魔女とともに暮らして学んだことの一つだ。


「精霊……リーゼルさんは視える方ですか? よく納屋の梁の馬の首とお話してらっしゃるし」

「いや、わたしは視える人間ではないよ。あの馬はちょっと特殊な馬なだけだ」  ファラダのことを説明すると長くなる。

「そうですか……。うちのばあちゃんはちょっとばかり視えるタチだったみたいですけど、あたしはからっきしで」

「私も同じだよ。でも精霊とよい関係を築くことはできる。まず掃除をする。ものの配置場所を決める。あとはとにかく毅然とする。誰が主人が精霊にわからせる。かといって無茶な命令をしない。お前が支えたい主人になりきって仕事をするのが一番いい」

「はあ……なるほどです」


 どんくさいが怠け者というわけではない娘はトリをさばきカブを切ると大鍋に鍋に入れて煮込む。香辛料は適当に、魔女は辛いものが好きなので魔女の分だけは小鍋に取り分け香辛料を多めにかける。とろくさいが丁寧ではある。私はパンを焼いてやる。

 日も暮れた頃、娘が魔女に夕食を運んだあと向かい合って食事を摂る。ほぼいつも通りな一日の終わりだ。明日も同じように一日が過ぎることを願う。


 私の願い通り、それから数日は平穏な日々が過ぎた。魔女がイキイキと戦争の火種を煽って荒稼ぎを企んではいたが私の生活に影響はない。ガチョウを世話し下女を手伝いファラダの嘆きを受け止める。その間隊長は一度も姿を見せず平和であった。

 

 が、その平和ももろくも崩れ去る。


「リーゼルさん、あの、これ……」


 下女が困った表情で一通の封筒を手渡した。ありえないほど白く美しい紙でできており、一目でどこぞの王宮からのものだと見て取れる。台所の作業台の上に置いてあったのだという。ガチョウ番殿と差し出された手紙には嫁ぎ先だった王家の紋で封蝋が押してあった。


「今外から戻ったらこれが……」

 

 魔女の魔法により魔女が望まない人間は近寄れないはずの敷地内、堂々とこの手紙が届けられたということは魔女が望んだ手紙ということだろう。いまいましく思いながら手紙を開けると村の宿屋に使者を遣わしているのでお見えになられたし、とあった。無視してもよいがわざわざ魔女がこの手紙が受け取ったのは「行け」の意であろう。


 大量の文句をぶつけてやるべく二階に上がり、魔女の部屋のドアをドンドン叩く。うるさいねえしのごの言わずに行くんだよ、と魔女はドアを開けて大きな目玉の模様を編み込んだボロいショールを押し付けて部屋へと引っ込む。魔女はそれ以降頑なにドアを開けようとしない。私は今魔女に呪われている身なので行かざるを得ない。


 魔女に手渡されたショールをかぶるように巻きつけ、日も暮れてから山を降りる。指定された宿屋の外には見るからに毛並みのいい馬が止められていていよいよウンザリしながら宿屋に入り、目玉柄のショールの隙間から目だけをのぞかせた妙な女に対する警戒心と好奇心にまみれた宿屋の主人の視線をはねのけながら、物々しい従者が見張りに立っている部屋に案内される。


 中に入ると、こんな田舎の村の宿屋にしては豪華な設えの部屋に如何にも鷹狩りの帰りにでも立ち寄ったお貴族様風情の格好の見栄えのいい壮年がいて、よくぞ来られたと出迎えられた。


「ガチョウ番殿とお呼びすれば良いのかな?」


「お好きなように」


 椅子を従者に差し出させ座るように促されたがそのまま立っていた。使者殿は顔の皺すら輝いて見えるような大変な美男の壮年であったが本来優しげな印象を与えるはずの垂れ気味の目がいやに剣呑そうな輝きを放っておりそれが私に小娘じみた警戒心を抱かせたのだった。我ながら阿呆である。

 

 しばらく無言で立ち尽くす。暖炉の炎がぱちぱちはぜている。使者殿が先に口を開く。


「両隣の部屋は私の配下のものがいる。安心してお話されるとよい」

「お話? 私はガチョウの飼い方より他のことは知りませんが」

「ではガチョウのことを話していただこうかな。きっと慣れぬことを始めた時には大変なご苦労があったことだろう」


 使者殿が探りを入れてくる。そしてじっと目を見据えてくる。部屋には暖炉。清潔そうなベッド。年をとってはいるが美男の使者。両隣には配下の者。部屋の前には見張り。段々腹が立ってきた。


「王太子殿下御夫妻はお幸せそうで何より」

 この段階で持ち出すには大きすぎる一発だったが、使者の表情が怯んだので効いたと判断する。


「……実はその王太子妃殿下に対する好ましくない噂が国中に広まっておりましてな」

「はて?」

「なんでも今の妃殿下は本来の花嫁が輿入れの際に脅して入れ替わった侍女であると申すもので」

「それは確かに好ましくありませんね」


 やれやれ隊長が王宮に申告してからもう嫁ぎ先だったかの国へ伝わったのか、人の口には戸が立てられないとよく言ったものだ……と呆れてから、いやきっと王宮に潜んでいた間者がかの国にその報を持ち込んだのだろうと考え直す。現にこの国ではそんな噂は流れていない。静かなものだ。

 

 つまりは私の両親はことを荒立てたくなく静観の構えをとったというわけか。深呼吸をする。


「花嫁の王宮が騒いでないのであればその噂は噂でしかないということでは?」

「それはどうですかな? あまり他国の王室を悪くは言いたくはありませんがあの王と王妃は姉姫様にはひどく冷淡だと私共の耳にも入ってきておりますもので」


 一発返された。おそらくこちらの動揺が目に現れてしまったのだろう。私も修行が足らない。


「さてガチョウ番殿、あなたは自分の花嫁が入れ替わったことに気づかない夫に対してどう思われますかな? 遠慮なく仰って頂いて結構」

「率直に申しますが最低ですね」

「でしょうなあ」

 はっはっは、と使者は笑う。

「して、自分の娘が姦計に落ちて邪悪な魔女に囚われても救出するものすら寄越さない王と王妃については?」


 使者は弱点をぐいぐい攻め込んでくる。弱った所を見せればそのまま喉笛をくる噛みちぎるくらいのことを平気でするだろう。目玉柄のショールをぎゅっと握る。


「深いお考えがあってのことでしょう。今ことを荒立てればかの国に攻め入られる口実を与えるやもしれませんから。姫君の命より国土と民草の方が重要です故」

「そうですかな?  私が王ならば姫の安全を確保するために兵力は惜しみませんし、姫君を侮辱した賊に罰として最大の責め苦を与えて殺しましょう」

 この使者が王なら確かにそうするだろう、王なら。そう思わせる目であった。


「ガチョウ番殿、王はあくまでリーゼル姫がご所望だったのですよ。王太子は自身の結婚を親が決めたと不貞腐れたが、やってきた賊の美貌を前に全てを流したようないい加減な男だ。そのような王太子であるからこそ賢くて勇気がある妻を王妃に娶せたかった。あの姫ならば我が国を預けても大丈夫であると」

 

 じっと青い目に力をこめてくる。


「王はリーゼル姫をお父上お母上よりずっと買っておられたのですよ」

「たかがガチョウ番相手に全てを放言がすぎます、使者殿」

 

 その視線から目を背けたのを何かの合図とでも読んだのか、使者は立ち上がる。気がつけば傍に立っていた。早い。顔を覗き込もうとしてきたので額にかかっていたショールを引っ張り目玉模様が使者を捉えるようにする。使者がついそれを見てしまったであろう隙に帯に挟んでいた樫の杖を引き抜いて、吹け吹け風よと唱える。

 部屋の内から起こった風が鎧戸を跳ね上げた。風がおこっているすきに杖に跨り床をける。風は私を乗せて窓へと運ぶ。そのまま宿屋を出て上空へ。ショールが乱れて赤の混じった醜い金髪がこぼれ出ていた。


 

 宿屋の他寝静まった村を足元に見下ろしながら私は鏃山へ向かう。魔女と数年生活を共にしていたらこういう芸当もできるようになるわけである。何台か前の皇帝が魔女狩りを固く禁じた法令を出してくれて助かった。でなければ私は即火あぶりだ。


 魔女の家に戻るとどすどすと二階へ戻りショールを突き返す。魔女は魔女らしくゲヒヒと笑った。


「その様子では使者とは何もなかったようだね。正解だよ。ああいう満腹を知らない痩せ犬みたいな輩にはお預けを食らわすのが一番さ。こっちの望んだ通り勝手に動いてくれるからね」


 どうやら私は魔女の盤上の駒として理想的な動きを描いてみせたようだ。人の心を乱しておいてなんという。しかしそれが魔女という生き物だ。


「これから忙しくなるからねえ。さっさと寝るんだよ」


 魔女は一方的に戸を締め、私はどすどすと階段を降りて納屋に戻る。納屋の出入り口ではやはり首だけのファラダが私の父母が今の姿を見たらきっとお嘆きになると言って自分が嘆くので鼻を撫でてやりながらきっとそれはないさと答えておいた。私の父母なら王の妾になれるチャンスを棒に振って愚かな娘だというだろう。絶対。


 

 また数日は平穏な日々が過ぎ、かの国の王太子妃が内側に釘を打ち付けられた樽に詰められた上に馬車に町中を引き回されるという方法で処刑されたとこの村まで伝わってきた。

 

 世にも残虐な処刑法及び「うちの姫様が輿入れの最中に賊に襲われて身分を侍女と入れ替えられた」という世紀のスキャンダルは娯楽に乏しいのどかな村では格好の刺激となったらしい。興奮するもの怯える者嘆くものスカッとしたというもの反応は様々だが最終的に「所で姫様はどこへ行っちまったんだ?」に落ち着く。


 自慢にもならないがかつて私はこの村のちょっとした有名人だった。

 魔女討伐のために姫様が小隊を率いて駐屯し鏃山に居ついた魔女退治にやってきたのだから目立つなという方がまあ無理だ。結局魔女を鏃山から追い出すことは不可能だったので、やれ所詮姫様の道楽だ小娘の兵隊ゴッコだと何度も揶揄されたが、鏃山の坑道の精霊に宝石の採掘権は魔女ではなく村人達にあると認めさせたり王宮から技師を手配して大水にも流れない頑丈な橋を作らせたり、魔女と交渉して生まれ落ちる赤子を取り上げる時の報酬をもう少し良心的なものにしたり(あの魔女はきちんと医師や産婆としても働いているのだ)、それなりに懸命に尽くしたといえよう。

 客観的にみて「村人から慕われていた」と言い切っても差し支えないレベルの好感度を村から去るまで維持していたと思う。私を小娘小娘と最後まで自分より格下のものだという態度を崩さなかった宝石加工ギルドのおやじも、私が王宮に呼び戻された時には「嫁に行くんだってな。持って行きな!」と大きなサファイアが輝く首飾りをくれたくらいだから。


 なので、賊に襲われた姫様の境遇は村人の重大な関心ごとになるわけだ。

 やれ賊の仲間の慰み者になっただの、獣に食われただの好き放題語られた悲惨な末路を耳に挟んだ時は「私は本当は嫌われていたんじゃないか」と落ち込んだが、ご婦人方が時に鼻をすすりあげながら「こんな酷い話があるもんかい」「あの姫様が幸せにならなきゃ神様なんかいてもいなくても同じだね」と語らっていたというのを聞かされて胸を撫で下ろした。


 ちなみに私は普段ガチョウを運動させるいつもの渓流より外へ滅多に出ない。そんな私の耳に村のゴシップが届くのかと言えば例の隊長がちくいち報告に現れるからである。やれ村ではこんなことがあんなことがあった、そして最終的には「王宮に戻るべきだ」と訴える。喧しいので最終的には私が帽子を吹き飛ばす。

 あの正しさにこだわる頑固さ……あの男は今からでも裁判官にでもなるべきだなという思いが強まってきたある日、ガチョウを連れ帰ると激しくファラダが嘶いているのが聞こえた。


 あの神馬に嘆く以外の気力が残っていたとはと驚きながら帰ると、忘れようにも忘れられない声がファラダを挑発しているのが聞こえた。


「ちょっと何〜? 首だけの癖にいっちょまえに脅してるつもり〜? マジウケるんですけど〜?」


 女囚が着る粗末な服を着てブルネットの髪をざんばらに乱れさせた女が立ち尽くす私にすみれ色の瞳を向けて「あ」と呟いた。


「久しぶり〜、母さんいる? また魔女の集会?」

 旧知の間柄のように話しかけるその女は、かの国で釘の打ち付けられた樽の中に入れられて市中引き回されたはずのその女である。つまりは私を騙した例の侍女だ。


 返事より先にまず樫の杖でその女を殴りつけた。

 満足したのかファラダがブヒヒンと鼻を鳴らした。

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