⑤
そして、次の日になり、寺子屋に行くと。
「お宮様が十兵衛だったって本当?」
「そうみたいだよ」
うわさ話をする人がいた。
(ばれてる!)
「おはようございます。皆さん」
「お宮様」
みんなが少し顔をこわばらせている。
「どう思う?」
「うわさだからね~」
冷や汗が流れた。
(ばれてる、ばれてる、ばれてる~!)
お宮様一人で水をかぶる気なんだ。
そう思うと悪い気がしてくる。
そして、先生が教室に入って来た。
「みんな~、静かに、実はね……」
「あ~」
「どうしたの? 青さん」
「いや、何でもありません」
(どうやってごまかそう)
「実は、お宮様は、十兵衛の友人なんだそうだ」
「えっ?」
「そうなんです。私、いつかの食事会で十兵衛先生と会って、写本をさせてもらったんです」
「あっ、だから、字がお宮様の字なんですね」
「そうです」
「えっ? えっ?」
「どうしたの青ちゃん? もしかして、びっくりしたの?」
隣の席の女の子が不思議そうに見ている。
「そう、びっくりしちゃってね、十兵衛のお友達とかって」
「そうだね、びっくりだね」
「あはは~」
(よかった、ごまかせた)
「これからも、十兵衛先生の写本を続けるそうだ。十兵衛先生は、何と、字が下手なんだそうだ」
「うそ~」
「本当です。本当に読めない字を書くおじさんで……」
「おじさんなんだ」
「あら、しまった。口を滑らせた」
お宮様がおどけてそう言う。
「あははは」
笑いが起こった。
「でも、お宮様の知り合いって事は、お金持ちだよ」
「あの、私は、無償でやっているので、お金はもらっていないし、お金はたくさん持っていますから、いらないわ」
「そうだよね~」
また笑いが起こった。
(よかった、何事もなかった)
☆ ● ☆
その日の放課後に家に戻ると。
「十兵衛の字が汚いだと、うまいじゃないか」
「これは、代わりの人が書いているって言っていたよ」
子供がお父さんに絡んでいた。
(その人が十兵衛だし、お父さんは字がきれいだしな……)
いろいろ複雑な気持ちで見ていた。
「ただいま」
「おかえりだな、どうなったお宮ちゃんは……」
「何にも、ただ、十兵衛が、字の汚いおじさんだって有名になっただけ」
「そいつは、不名誉だな」
「そうだね」
お父さんの方を見て、クスッと笑った。
(この人が、元十兵衛ってなんで気が付かないんだろう)
私は、結構わかりやすそうだと思っていた。
「どうした青」
「お父さんは、十兵衛だと言う事をどうやって隠してきたの?」
「他人のせいにし続けたんだよ、お宮ちゃんみたいに、おばさんの写本だとか、架空の人物のせいにしてさ」
「やっぱり、そう言うことしているんだ」
「当然だ」
お父さんは少し不機嫌になった。
「他人に、ばれないようにしなければいけないのも、少し悲しいよな」
「うん」
「せっかく、おもしろいって言ってもらったのに、礼も言わえやしない」
「確かにね」
「だから、精一杯ありがとうって言うんだぞ」
「はい」
お父さんは、遠くを見てそう言った。
そんな時、『ざしきわらし』の返却の人が来た。
「面白かったわ」
ふくよかなおばさんだった。
(うれしい、でも、ありがとうって言えないんだ)
「か、借りてくださって、ありがとうございました」
「あなたは、青ちゃん?」
「えっ?」
よく見ると、井戸端会議に参加していたおばさんだった。
「私は、花道って言ったらわかる?」
「えっと……えっ……」
(このふくよかなおばさんが、きれいな文の花道先生!)
「わかります」
「いつも、ありがとうね、置いてくれて、でも、私の正体は、秘密にしておいてね」
「はい、私だって、貸本屋の娘ですから」
「うんうん、期待しているわ」
そう言って、花道先生は行ってしまった。
(なんか、びっくりして言葉にならないな)
あの人とあの本が結びつかない。
(ものすごく細身の雅なご婦人だと思っていたのに、あのおばさんなんだ……)
想像できない姿だった。
(まあ、だから、表に出ないんだろうけども……)
そう思って、部屋に戻った。
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