そして、次の日になり、寺子屋に行くと。

「お宮様が十兵衛だったって本当?」

「そうみたいだよ」

 うわさ話をする人がいた。

(ばれてる!)

「おはようございます。皆さん」

「お宮様」

 みんなが少し顔をこわばらせている。

「どう思う?」

「うわさだからね~」

 冷や汗が流れた。

(ばれてる、ばれてる、ばれてる~!)

 お宮様一人で水をかぶる気なんだ。

 そう思うと悪い気がしてくる。

 そして、先生が教室に入って来た。

「みんな~、静かに、実はね……」

「あ~」

「どうしたの? 青さん」

「いや、何でもありません」

(どうやってごまかそう)

「実は、お宮様は、十兵衛の友人なんだそうだ」

「えっ?」

「そうなんです。私、いつかの食事会で十兵衛先生と会って、写本をさせてもらったんです」

「あっ、だから、字がお宮様の字なんですね」

「そうです」

「えっ? えっ?」

「どうしたの青ちゃん? もしかして、びっくりしたの?」

 隣の席の女の子が不思議そうに見ている。

「そう、びっくりしちゃってね、十兵衛のお友達とかって」

「そうだね、びっくりだね」

「あはは~」

(よかった、ごまかせた)

「これからも、十兵衛先生の写本を続けるそうだ。十兵衛先生は、何と、字が下手なんだそうだ」

「うそ~」

「本当です。本当に読めない字を書くおじさんで……」

「おじさんなんだ」

「あら、しまった。口を滑らせた」

 お宮様がおどけてそう言う。

「あははは」

 笑いが起こった。

「でも、お宮様の知り合いって事は、お金持ちだよ」

「あの、私は、無償でやっているので、お金はもらっていないし、お金はたくさん持っていますから、いらないわ」

「そうだよね~」

 また笑いが起こった。

(よかった、何事もなかった)


  ☆ ● ☆


 その日の放課後に家に戻ると。

「十兵衛の字が汚いだと、うまいじゃないか」

「これは、代わりの人が書いているって言っていたよ」

 子供がお父さんに絡んでいた。

(その人が十兵衛だし、お父さんは字がきれいだしな……)

 いろいろ複雑な気持ちで見ていた。

「ただいま」

「おかえりだな、どうなったお宮ちゃんは……」

「何にも、ただ、十兵衛が、字の汚いおじさんだって有名になっただけ」

「そいつは、不名誉だな」

「そうだね」

 お父さんの方を見て、クスッと笑った。

(この人が、元十兵衛ってなんで気が付かないんだろう)

 私は、結構わかりやすそうだと思っていた。

「どうした青」

「お父さんは、十兵衛だと言う事をどうやって隠してきたの?」

「他人のせいにし続けたんだよ、お宮ちゃんみたいに、おばさんの写本だとか、架空の人物のせいにしてさ」

「やっぱり、そう言うことしているんだ」

「当然だ」

 お父さんは少し不機嫌になった。

「他人に、ばれないようにしなければいけないのも、少し悲しいよな」

「うん」

「せっかく、おもしろいって言ってもらったのに、礼も言わえやしない」

「確かにね」

「だから、精一杯ありがとうって言うんだぞ」

「はい」

 お父さんは、遠くを見てそう言った。

 そんな時、『ざしきわらし』の返却の人が来た。

「面白かったわ」

 ふくよかなおばさんだった。

(うれしい、でも、ありがとうって言えないんだ)

「か、借りてくださって、ありがとうございました」

「あなたは、青ちゃん?」

「えっ?」

 よく見ると、井戸端会議に参加していたおばさんだった。

「私は、花道って言ったらわかる?」

「えっと……えっ……」

(このふくよかなおばさんが、きれいな文の花道先生!)

「わかります」

「いつも、ありがとうね、置いてくれて、でも、私の正体は、秘密にしておいてね」

「はい、私だって、貸本屋の娘ですから」

「うんうん、期待しているわ」

 そう言って、花道先生は行ってしまった。

(なんか、びっくりして言葉にならないな)

 あの人とあの本が結びつかない。

(ものすごく細身の雅なご婦人だと思っていたのに、あのおばさんなんだ……)

 想像できない姿だった。

(まあ、だから、表に出ないんだろうけども……)

 そう思って、部屋に戻った。

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