⑤
次の日、また、寺子屋帰りに、私の家に三人が集まった。
「今日こそ、返しに来るかしら?」
「気長に待った方がいいわよ」
お母さんは、そう言う。
「わかりました」
お宮様もおとなしくしている。
待てど暮らせど、返しに来る人は来ない。
「今日も、来ないのかな?」
花ちゃんが、そう言ってシュンとする。
「気長にね」
お母さんは、そう言って、お茶を出してくれる。
「ありがとうございます」
私は、正直、まだ来ないことに安心していた。
(怒られたくなんてないな……)
心の中で、少しばかりそう思っていた。
☆ ● ☆
そして、二時間経った頃。
「今日も、来ないのかな~」
「う~ん」
そう話していた時。前、本を借りたおじちゃんが来た。
「!」
三人でつばをのんだ。だけど、その人は、怒るどころか淡々と返却だけして行ったのだった。
(えっ、文句を言わないの?)
心の中で、出来が気に入らないと言ってくれたらいいのにと思った。
「感想聞きたいよね」
お宮様がそう言う。
「うん」
花ちゃんも頷く。
「追いかけよう」
店の外にいるおじさんを追いかけた。
「待って下さい」
「何だ? 貸本屋の娘じゃないか」
「はい、あの本の感想を聞こうと思いまして……」
「ああ、あの本ね、すごい下手な新人だね」
「えっ、あっ、そうですか?」
「十兵衛の名を語るのは、よくないと思うし、女が金だけのために結婚するなんて、浪漫(ろまん)がないよ」
「浪漫(ろまん)?」
「ああ、せっかくお話なのだから、愛を貫いて、貧乏に暮らしたほうがおもしろいと思うのだが、そう言う意外性が全くなくて、つまらない本だったな」
「意外性がないのですか? ありがとうございました。十兵衛の名を語った人に言っておきますね」
「そうだな、設定がつまらんとも言ってくれ、ありきたりだし、ありえないし、まるで、何も世の中を知らない、箱入り娘が書いた本みたいだった」
「箱入り娘ですか、当たっているかもしれませんね」
「作家さんは、年はわからんが、かなり若い人がまねして書いたってところだろうね、貸本屋も断れないくらいのお金持ちとかね」
おじさんは、そう言って去ろうとした。
「あの、また、貸本屋に来てくださいね」
「ああ、もちろんだよ、青ちゃん」
おじさんは、笑顔でそう言った。貸本屋の評判を落としたくないので、あいさつは、大事だ。
「青ちゃん、また、つまらないって言われたね」
「う、うん」
「何がいけないのか、まとめよう」
「うん、設定がいけなかったと言っていましたわ」
「そうだね、お金のためだけに女は結婚しないって言っていたね」
「うん」
「お金がなくても愛に走る方が物語になるって、言っていたね」
「つまり、私たちの作品は、物語になっていないって事かな?」
私がそう言うと、みんなは。
「なるほど、物語になってないか」
「あっと驚く展開もないし、整合性がなくて、現実味がない、全くだめだよね」
私は、づけづけとそう言った。
「話ではあるが、物語ではないか、何か難しい」
「そうだよ、分からないよ」
二人は、認めたくないようだ。
「二人は、おもしろいと思っていた?」
「うん」
「もちろん」
「それじゃあ、子供には、楽しめる内容だったのかな?」
「子供には……か……大人向けに書いたつもりだったから、分からないな」
「でも、子供向けだとしても、子供から、お金は取れないし、元も子もない話だったんだね」
「私たちは、背伸びしているからダメなんだと思わない?」
「それって、私たちの身の丈に合っていないからダメって事?」
「うん、そう思う」
「私たちの身の丈か、それって、どのぐらいなのかな」
花ちゃんが頭を抱える。
「私たちの身の丈じゃ、寺子屋物語しか書けないよね、学生だから寺子屋の事しか知らない物」
「そう言えば、箱入り娘見たいって言われたけど、箱に入っていたというより、子供だっただけなんだよね」
「そうだね」
「それじゃあ、私たちでは、大人の読者は手に入らないと言う事になるの?」
花ちゃんが困ったようにそう言う。
「だから、私たちは、貸本を書く事自体が向いていないんだよ」
「えっ、それって、あきらめるって事」
「うん、だって、下手な作品ばかり作り続けたい? 私は、嫌かもしれない」
「「……」」
二人は黙った。
「私たちじゃ、無理なんだ。と言うわけで十兵衛姫は解散です」
「えっ! なんでそうなるの?」
「だって、そうでしょう、もう貸本は書かないんだから」
「でも、そんなのさみしい」
お宮様がそう言った。
「十兵衛姫は、活動休止で、三年後でも、五年後でもいい、また再結成しよう」
「三年後、五年後ね、そのぐらいでやりたくなるかな?」
「そのくらいになったら、作品だって進化するはずよ」
「どうだろう?」
「こんな終わり方嫌だわ」
お宮様は、声を荒らげてそう言った。
「青ちゃん、本当にいいの? 本当は、青ちゃんだって書きたいんじゃないの?」
花ちゃんが心配そうにそう言う。
「いいんだって」
少しばかり強がった。
お宮様は、走っていなくなった。
(こんな最後、私だって望んでいないよ)
心が暗くなる。
☆ ● ☆
貸本屋に戻ると、お母さんが心配していた。
「どうだった? もめていたみたいだけど……」
「本の事で、お宮様とけんかしちゃった」
「まあ、困ったわね」
「何が? 困るの? お母さんには関係ない事じゃないの?」
少しイライラしてそう言った。
「三冊目はどうするの?」
「書かないよ」
「えっ?」
お母さんは戸惑っている。
(書くと思っていたんだ)
「あきらめちゃうの?」
「ううん、しばらく活動休止なんだ」
「そう」
(お宮様とは、仲が悪いままだけど)
「青ちゃんお母さん、青ちゃんに無理させないでください」
「うん、そうするね」
「花ちゃん、私は大丈夫だよ」
「でも、心配なの、青ちゃん強がりだから」
「ありがとう」
花ちゃんも帰って行った。
☆ ● ☆
そして、夜、お母さんに呼ばれて、お母さんのところへ行った。
「お母さん、何か用事があった?」
「青が悲しそうだったから、ついね」
「私が、悲しそうに見える?」
「みんな、気が付いているよ」
「……」
何も言えなくなった。
「お宮様とどうしてけんかしたの?」
「私が、私たちの小説は出来てない、私たちじゃ書けないって言ったからなんだ」
「青たちじゃ、書けない? どうしてそう思ったの?」
「私たちの書けるものは、寺子屋物語だけだって気づいたの、だって経験もないし、考え方だって子供だし」
「それの、何がいけないの?」
「だって、大人の貸本屋で寺子屋物語なんて、うけるわけがないじゃない」
「うけないって、ダメだって、誰が言ったの?」
「!」
(そうだ、ダメって言ったのは、私だ)
「誰もダメなんて言ってない」
「青は知らないかもしれないけど、貸本の中には、寺子屋の話だって何作もあるのよ」
「! 本当?」
「ええ、嘘をついてもしょうがないでしょう、それに、大人は、子供の世界の話が好きだったりするよ」
「何で?」
「昔、自分も子供だったからよ」
「そうだね、大人だって子供だったときがあったんだものね」
「そう、そして、自分はこうだった。自分はこう思ったって本好きが集まって盛り上がったりするのよ」
「そうなの?」
「ええ、青は、考え過ぎだったのよ」
お母さんは、優しくそう言った。
(私、考え過ぎていたんだ)
心が軽くなった。
(明日、お宮様に謝ろう)
そう思い、部屋に戻ろうとした。
「おやすみなさい、青」
「お母さん、おやすみ」
あいさつして別れた。
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