次の日、寺子屋に向かう時。

「青ちゃん」

 花ちゃんが迎えに来てくれたのだ。

「花ちゃん、おはよう」

「うん、おはよう、昨日はうれしかったね。初めて本を借りる人を見たわ」

「うん、そうだね」

 花ちゃんは、自分の本を借りられるのが、初めてなので、うれしそうだった。

(ごめんね)

心のトゲは、大きくなっていく。


 ☆ ● ☆


 寺子屋に着くと、お宮様が楽しそうにしていた。

「やったわね、私たち」

「うん」

「……」

「青さん、暗い顔をして、どうしたの?」

「いいえ、なんでも」

ごまかした。

(どうせ、客が来たら、全部わかることなんだ)

 自分から、言おうとは思えなかった。


  ☆ ● ☆


 そして、放課後客を待っていた。

「あのね、みんな、貸本は、一週間借りられるから、すぐに客は来ないのよ」

 お母さんがそう言う。

「でも、今日来るかもしれない」

「待ちたいんです」

 二人は、強情だった。

「そう」

 お母さんは、強く止めなかった。だが、私は、「つまらない」と返却に来る客に会うのが怖かった。

(お金を払ってあれじゃあ、怒るよね、怒られたくないな……)

 ドキドキしていた。

結局、その日は、返却しに来る人は、現れなかった。

「来なかったね」

「うん」

「また明日」

「ばいばい」

 手を振る姿に、また、心が痛む。

(ごめんね、ごめんね)

 わ~と叫び出したかった。

(悪いのは、私だ)

 一人で追い詰められていた。

例え罵倒されても、今日客が来ていればすっきりしていたかもしれない。そう思うと、辛い気がした。

(客に言わせるなんて、ずるいかな?)

 少しそう思い焦った。

(そもそも、文句を言うような人じゃないかもしれない)

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「青、青」

 おかあさんの声がする。

「悩んでいるんでしょう」

「うん」

「下手な作品を見せるのは、悪い事?」

「うん」

「それは、書いた人の考えだよね、借りた人が、全員喜ぶ作品なんて、ないのよ、青の作品は、確かにまだまだだけど、周りの本も、まだまだなところがないわけじゃないの、だから、あんまり気にしなくていいのよ」

「……そうなの?」

「小説家に、一人前と言うのは、ほとんどないと思うわ、あっちだって、そこまで期待して借りているとは限らないんじゃないかな?」

「そうなんだ……じゃあ、悪いことをしているわけじゃないのかな?」

「青は、悪くないよ、みんなのためにやった事だもの、それに、未熟な作品を並べてはいけない法はない物」

「……そうだよね、でも、お金払わせちゃったしな~」

「相手が、選んだものだし、責任は、青にはないわ」

「うん、でも、謝りたい」

「わかったわ、そうしてもいいわよ」

「本当」

「青がいない時に来たら、謝っておくから」

「ありがとう」

「青は、真面目だね」

「そうかもね」

 少し謝ることで楽になれるような気持ちがしていた。

(明日は、来てくれるといいな)

 そう思い、明日を待った。

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