③
次の日になり、寺子屋が休みだったので、花ちゃんとお宮様が朝からきているのだった。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
あいさつをして、店の端に座る。
「まだ、開けないから、本を並べるのも手伝ってね」
お母さんがそう言うので、また、並べるのを手伝った。
「夢娘物語、全巻あります」
「はい、ありがとう」
三人で、てきぱき並べていく。
『楓の恋物語』も、新着棚に置いてある。
「なんか、ワクワクするね」
花ちゃんがそう言う。
「そうかな?」
「あら、青さんはしないの?」
「う、ううん」
苦笑いを浮かべた。
「まあ、いいわ、やっと私たちに客が出来るのよ」
「そうね」
張り切る二人がかわいそうに思えてくる。
☆ ● ☆
そして、開店の時間になり。
「いらっしゃいませ」
人が中に入ってくる。何人かは、『楓の恋物語』を手に取ってくれている。
「借りるかな?」
「どうかしら?」
ドキドキしていると。
「あ~、また、棚に戻した」
中々、借りる人はいなかった。
「ここまでは、前回と一緒だね」
お宮様がそう言っていじけている。
(お宮様、私たちの本は、まだ、商業段階じゃないのよ)
心の中でそう思った。
「絵がダメなのかな?」
「どうかしら、いいと思っていたけど」
お宮様は、自分の意見に自信がないようだ。
(前の事もあったからね)
心の中で、お宮様の不安も最もだと思っていた。一度失敗すると、人間何事も怖くなるのだ。
「売れないね~」
「ね~」
二人で足を崩して座っている。
そして、昼になり、おにぎりを食べることになった。
「また、あの酸っぱいうめぼしよ」
「ええ」
「慣れればおいしいよ」
「そうかしら? 酸っぱい事は変わりない気がするけれど」
そう言いつつ、お宮様のお腹が鳴る。
「食べたら」
「わかったわ」
三人でおにぎりをほおばって、昼が終わった。
☆ ● ☆
そして、数時間がすぎて。
「まだ、借り手がいない」
二人共、衰弱していた。
「まあ、今日もダメだったんだよ」
私は、ほっとしていた。その時。
「これ、貸してください」
そう言うおじちゃんがいた。その人の手の中には、『楓の恋物語』が収まっていた。
「えっ!」
(あの小説を読まれちゃうの……恥ずかしいな)
「ありがとうございました」
お母さんが頭を下げた時、三人で息をのんだ。
「借りて行った」
「うそっ!」
三人で、手をつないで喜んだ。
(私は、あんまり、うれしくないけど、喜んでおかないと、ばれちゃうよね?)
「やっぱり、恋物語にしてよかったわね」
「そうよ、やっぱり、王道が一番いいのよ」
「よかったね」
お母さんは、そう言って、笑っている。
「さあ、みんな、帰る時間よ、帰りなさい」
「は~い」
みんな、ニコニコして帰って行った。
☆ ● ☆
その夜、食事中。
「お父さん、一人借りて行ったよ」
「ほう、それじゃあ、これからが勝負だな」
「えっ?」
「まさか、一回借りられるのがゴールじゃないに決まっているだろう、その人は、たまたま、恋物語が読みたかった。絵が好みだったとかだったら、もう次は、借りてくれないんだよ」
「客が付かないって事?」
「そうだ」
「それじゃあ、気まぐれで借りただけって事?」
「そうだ」
「そんな~」
「次の週、返しに来た人に話を聞きな」
「はい」
感想なんて、つまらないと言うに決まっている。
「あのね、青、落ち込んでも、次があるから」
「うん」
お母さんもわかっていたのだ。出来がいまいちなことを。
(ある意味、私は、残酷なのかもしれない、花ちゃんもお宮様もだましているのだから)
心がチクチク痛む。
そして、夜は、おばけに追いかけられる夢を見て、ひとりで泣いた。
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