次の日になり、寺子屋が休みだったので、花ちゃんとお宮様が朝からきているのだった。

「おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」

 あいさつをして、店の端に座る。

「まだ、開けないから、本を並べるのも手伝ってね」

 お母さんがそう言うので、また、並べるのを手伝った。

「夢娘物語、全巻あります」

「はい、ありがとう」

 三人で、てきぱき並べていく。

『楓の恋物語』も、新着棚に置いてある。

「なんか、ワクワクするね」

 花ちゃんがそう言う。

「そうかな?」

「あら、青さんはしないの?」

「う、ううん」

 苦笑いを浮かべた。

「まあ、いいわ、やっと私たちに客が出来るのよ」

「そうね」

 張り切る二人がかわいそうに思えてくる。


  ☆ ● ☆


 そして、開店の時間になり。

「いらっしゃいませ」

 人が中に入ってくる。何人かは、『楓の恋物語』を手に取ってくれている。

「借りるかな?」

「どうかしら?」

 ドキドキしていると。

「あ~、また、棚に戻した」

 中々、借りる人はいなかった。

「ここまでは、前回と一緒だね」

 お宮様がそう言っていじけている。

(お宮様、私たちの本は、まだ、商業段階じゃないのよ)

 心の中でそう思った。

「絵がダメなのかな?」

「どうかしら、いいと思っていたけど」

 お宮様は、自分の意見に自信がないようだ。

(前の事もあったからね)

 心の中で、お宮様の不安も最もだと思っていた。一度失敗すると、人間何事も怖くなるのだ。

「売れないね~」

「ね~」

 二人で足を崩して座っている。

 そして、昼になり、おにぎりを食べることになった。

「また、あの酸っぱいうめぼしよ」

「ええ」

「慣れればおいしいよ」

「そうかしら? 酸っぱい事は変わりない気がするけれど」

 そう言いつつ、お宮様のお腹が鳴る。

「食べたら」

「わかったわ」

 三人でおにぎりをほおばって、昼が終わった。


  ☆ ● ☆


 そして、数時間がすぎて。

「まだ、借り手がいない」

 二人共、衰弱していた。

「まあ、今日もダメだったんだよ」

 私は、ほっとしていた。その時。

「これ、貸してください」

 そう言うおじちゃんがいた。その人の手の中には、『楓の恋物語』が収まっていた。

「えっ!」

(あの小説を読まれちゃうの……恥ずかしいな)

「ありがとうございました」

 お母さんが頭を下げた時、三人で息をのんだ。

「借りて行った」

「うそっ!」

 三人で、手をつないで喜んだ。

(私は、あんまり、うれしくないけど、喜んでおかないと、ばれちゃうよね?)

「やっぱり、恋物語にしてよかったわね」

「そうよ、やっぱり、王道が一番いいのよ」

「よかったね」

 お母さんは、そう言って、笑っている。

「さあ、みんな、帰る時間よ、帰りなさい」

「は~い」

 みんな、ニコニコして帰って行った。


  ☆ ● ☆


 その夜、食事中。

「お父さん、一人借りて行ったよ」

「ほう、それじゃあ、これからが勝負だな」

「えっ?」

「まさか、一回借りられるのがゴールじゃないに決まっているだろう、その人は、たまたま、恋物語が読みたかった。絵が好みだったとかだったら、もう次は、借りてくれないんだよ」

「客が付かないって事?」

「そうだ」

「それじゃあ、気まぐれで借りただけって事?」

「そうだ」

「そんな~」

「次の週、返しに来た人に話を聞きな」

「はい」

 感想なんて、つまらないと言うに決まっている。

「あのね、青、落ち込んでも、次があるから」

「うん」

 お母さんもわかっていたのだ。出来がいまいちなことを。

(ある意味、私は、残酷なのかもしれない、花ちゃんもお宮様もだましているのだから)

 心がチクチク痛む。

 そして、夜は、おばけに追いかけられる夢を見て、ひとりで泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る