次の日になると、花ちゃんが迎えに来た。

「じゃ~ん、楓ちゃんの構図です」

 そう言って見せてきたのは、楓の新しい姿だった。

「すごいね」

(もう戻れないんだ)

「そうでしょう」

(書かなければいけないんだ。書けないなんて言えない)

 心の中で冷や汗が流れる。

「がんばろうね」

「うん」

 花ちゃんの言葉に、思わず相づちを打ってしまったので、もう戻れないと言う罪悪感がどんどんわいてくる。

(ごめんね)

 いい出来にはならない、だけど書かなくちゃ。

 焦る気持ちが心を急き立てる。

 寺子屋でお宮様に会うと。

「ステキな企画書が出来たわ、後は、青さんがしっかり書いてくだされば、完成ね」

「今回は、楽勝だったね」

 花ちゃんがそう言う。

「そうだね」

(ごめんね、ちっとも楽勝じゃないよ)

 心の中では、大声でそう言うが、伝わららないのだ。

(どうしよう)

 その日の授業も上の空だった。


  ☆ ● ☆


 そして、夕方、私の家に三人で集まった。

「幸右衛門の絵が出来たよ」

「魚屋のお兄さんみたいね」

「まあ、被写体にしたからね」

 二人が盛り上がっている中、一人、からだが縮こまる。

「さあ、青さん、いつもみたいに文を書きましょう」

「うん」

 筆をとった。しかし、書けない。

「どうしたの? 顔色悪いよ」

「書けないみたい」

「!」

 お宮様は、驚いたようにこちらを見ている。

「あなたもそう言うことはあるのね」

 一言そう言った。

「もう少し、企画書をわかりやすくするから、だから、あきらめないでね」

「うん」

 一応頷いた。

(やっぱり、責任感だけじゃ出来ないよ)

 心の中でそう思っていた。

(お父さんの言う通りなのかな?)

 目の前の二人を見て、迷っていた。書くか、書かないかを。

「青さん、気にしなくていいのよ」

「うん」

 すごく酸っぱい罪悪感が、気を使われるたびにする。

(ごめんね、こんなことなら、もっと恋物語を読んでおくんだった。そうしたら、無理にでもいいものが書けたかもしれない)

 後悔したがもう遅いのだと知ってはいた。

(今更、何もできない)

 絶望感に襲われる。

「青さん、あなたは一人じゃないんですよ」

「もっと頼っていいよ」

 花ちゃんとお宮様は笑顔でそう言う。

「でも……私、書けないんだよ……いいの?」

(書けないのに、私に笑いかけるなんて、二人はなんて優しいんだろう)

「青さん、考え過ぎよ、あなたは、何も悪くないのですから」

「そうかな?」

「ええ、だって、私たち核心が分かってない物」

「核心?」

「恋をしたことなんてないじゃない」

「そうだね」

「だから、書けないのも納得なのよ」

 お宮様は、開き直ってそう言う。

「そうか! 青ちゃんは、本当にありそうな話を書くために、心の中まで考えて書こうとしていたのね」

 花ちゃんは、感心したようにそう言った。

「う、うん」

「それなら、書けないのもわかるよ」

 花ちゃんは、優しくそう言った。

「でもね、これは、物語よ、本当にあった事の様に書かなくてもいいと思うわ」

「そうかな?」

 私は、そうは思えなかった。

(みんなの求めている物って、そんなに単純な物かな? 読者をだますのなんて、そんな簡単な物じゃない)

 貸本屋の娘の勘では、お宮様の考えは甘いように感じていた。

(たぶん、今回もダメだ)

 心の中でそう思っていた。

(本当に書きたいものって、何なんだろう)

 考えが分からなくてボーとしていた時。

「青さん、青さん!」

 お宮様の声がする。

「何?」

「今は、私たちが、まとめるから、休んでいていいわ」

「うん」

(こんなのでいいのだろうか?)

 休みながら不安になって行く。

「この利三郎さんは、もっとかっこいい感じにしましょう」

「いいわね」

 二人で話し合っている。

(書かなければいけないんだな)

 少し、手に汗がわいてくる。

(困ったな~)

 正直、いい話ができるとは思えなかった二人のがんばりに答えたくはあったが、何か違うのだ。

(何が、違うんだろう?)

 悩みは尽きなかった。


  ☆ ● ☆


 そして、企画書が出来上がった。

『村娘楓が、利三郎と結婚することになって、八百屋の幸右衛門と別れることになる』

『利三郎 お金持ち、格好いい、優しい』

『幸右衛門 賭け事好き、貧乏、格好いい』

『利三郎の金が好き』

「百合さんみたいな恋愛にしたいね」

「うん、いいね」

「と言うか、私たちはそれしか知らないんだけどね」

 花ちゃんと苦笑いした。

「それじゃあ、書きます」

 私は、筆を持った。

「楓の紹介から書こう」

『楓と言う名の少女は、誰からも愛される、かわいらしい娘だった。ある日、利三郎から見合いの話が入った』

(どんな人かしら?)

 楓はドキドキしていた。

 そして、利三郎を好きになった。

『俺は、何両ものお金を持っているぞ』

『ステキ』

 楓は、増々、利三郎を好きになった。

 ところが、楓には、付き合っている男がいた。

『楓、金を貸してくれ』

『いやよ』

 楓は、八百屋の息子の幸右衛門が嫌いになって行く。

『もう、お金を払わなくていいなら、それ以上にいいことは無いのに』

 幸右衛門と別れようと決める。

『私は、これ以上、あなたと付き合う気持ちはありません』

幸右衛門にそう告げる。

『私は、お金のために利三郎さんと結婚します』

 楓はそう言い、幸右衛門を捨てた。

 そして、利三郎と幸せに暮らしました。



「こんな感じです」

「いいね、おもしろいよ」

「青ちゃん、出来るじゃん」

「そうかな?」

 ほめられるが、いい気はしない。

(これは、ダメな気がする)

 そう思えて仕方がなかった。

(お父さん、責任感で書いても楽しくないね)

 心の中で、もやもやした。

 そして、花ちゃんの絵が貼られていく。

「楓、かわいいね」

「うん、書き直したから」

 花ちゃんは、明るくそう言う。

「今回は、売れる気がする」

「そうだね」

 花ちゃんとお宮様は、うれしそうだ。

「後は、紐で閉じて、明日から並べてもらおう」

「うん」

(どうせ、うまくいかない)

 一人だけ、そうわかっていた。しかし、言える状況でもなかった。


  ☆ ● ☆


 その夜、お父さんとお母さんと話した。

「恋物語、書きました」

「どれどれ」

 お父さんが見て。

「これは、ダメだな」

 そう言って、本を返された。

「お願いです。花ちゃんとお宮様のためにおいてください」

「青……しょうがない、でも、何を言われても悲しむなよ、客は、悪くないんだからな、悪いのは、自分のためだけに書いた青だからな」

「はい」

 実は、嫌な気持ちでいっぱいだった。

(売れないってわかってて並べてもらうなんて、悪い事なのに……)

 わかっていたのに、お願いしてしまった。

 どうも自分が許せなくて、もやもやする。

(私は、悪いんだ)

 娘だから、お父さんも置くのを断り切れなかったのだろう。

(ずるいことをしているんだよね)

 罪悪感は、ぬぐえなかった。


 夜、眠れなくて、何度も起きてしまった。

(私は、悪い子)

 その考えが頭を巡る。

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