二冊目何を書く?
①
次の日、寺子屋へ行く時間になる。
「青ちゃん」
「花ちゃん」
「「寺子屋行こう」」
二人同時にそう言った。
「よく考えたのだけども、人物の書き方って意外と難しいわね」
「もう、研究しているんだ」
「当然」
花ちゃんは、やる気満々だ。
「お宮様も、今頃燃えているわ」
「そうだね」
お宮様の事を考えると、寺子屋がゆううつだ。
(また、大変なことになるかな? ならないといいな……)
お宮様の姿を思い浮かべて、困惑する。
(大丈夫だよね? うん、大丈夫だよね?)
その予想は、どことなく当たり、寺子屋に行くと。
「青さん」
お宮様がしっかり喰いついてきた。
「は、はい」
「私は、いい作品を思いついたのよ」
「そ、そうですか、でも、ここでは、話せないかな?」
「そうね」
辺りを見て、お宮様が止まる。
「放課後、花さんと三人で話し合いましょう」
「は~い」
(もう、私の家には、いつも、集まっているような気がするのにな~)
毎度の事なので、慣れてしまってきたような気がする。
授業を受けて、私の家に集まる。
「二冊目を出すからにして、大切なことは?」
「読者の目線で大人っぽく」
私がそう言った。
「あっと驚く展開」
お宮様がそう言った。
「やってやるぞ」
「「おう」」
「では、また企画書からやるべきね」
「今度は、失敗しないようにしなくちゃね」
「そうだね」
私は、苦笑いをした。
「では、最初に主人公の名前はどうする?」
「そうだな~女の人だよね」
「そうね」
「藍ちゃんとか、かわいいと思うけどどう?」
「そうね」
「夢とかはどう、夢娘物語みたいに、人気が出そうじゃない?」
「他の所の真似をするのね、それなら、葵や百合みたいな花の名前とかはどうかしら?」
「それなら、楓はどう?」
「楓か、かっこいい」
花ちゃんもお宮様も目を輝かせている。
「秋の葉が染まる様子を表す名なんて、きれいね」
「うん」
(あれ? そんなに深く考えて言ってないのに、採用されそうだよ)
小さなころ秋に楓の話をしてもらったのを思い出しただけなのだ。
(まあ、いいか)
二人の様子を見ていると、楓で決まりの様だ。
「それじゃあ、どんな話にするかだね」
「うん」
三人で、首をひねった。
「街の泥棒事件を解決するみたいなのは? 面白いと思うのだけど……」
「いいえ、嫁姑問題なんかを泥沼に書くべきだわ」
「ちょっとまって、書くのは、私なんだよ、嫁姑なんてわからないし、どうやって書けって言うんですか!」
「そうね、私たちには、知らぬ事よね」
お宮様が慌ててそう言う。
「もっと現実的な案はないの?」
「青ちゃん、私の泥棒を捕まえるのは、書けるよ」
「確かに、泥棒を捕まえる話は、みんな、体験しなくても書いているから、想像でいいのかもしれない、でも、いまいち書く気がしないな~」
筆を持ってそう言う。
「私は、人情劇にしようと言ったのよ」
「泥棒だって、人情だもん」
花ちゃんとお宮様が言い合う。
「でも、私は、人情劇が書きたいのかな?」
(お父さんは言った。好きなものを書けばいいと、でも、私は、何が書きたいのかな?)
心の中でもやもやしていた。
(怖い話の時は、勢いに任せて書いては見たけど、人情劇って? 一体どんなものを書けばいいのかな?)
ぼ~と考えていたら。
「青さんは、どう思う?」
「えっ?」
「青ちゃん、泥棒の話いいよね? 面白そうだよね?」
「あのあの、もう少し考えよう」
「「?」」
二人は一回止まり。
「私の意見じゃダメだって言うの?」
花ちゃんは、怒ってそう言う。
「あなたも意見を言って見なさい」
「ええ~」
困ってしまっていると、二人は、にらんでくる。
「まず、落ち着こうよ、こんな感じじゃいい案も出ないよ」
「……まあ、そうね」
「そうだよね」
二人は、目の前に並んで座った。
「私達も仲良くやらなきゃだめだよ」
「そうね」
二人共反省している。
(とはいえ、私は、何も考えていない)
「う~ん、それじゃあ、楓ちゃんをどうしたいか考えよ」
「そうね、せっかく名前があるんですものね」
「そうか~、それなら、村娘」
「お嬢様」
「お姫様」
「う~ん、どれもこれと言って思いつかない」
「青さんは、どれが一番考えやすい?」
「村娘かな?」
「そう、それなら、村娘で行くべきだわ」
「じゃあ、楓は、村娘ね」
企画書に楓→村娘と書いた。
「次は、年ね」
「やはり、二十代のお姉さん」
「やっぱり、十代のお姉さん」
また、花ちゃんとお宮様の意見が割れた。
「十代じゃ、読者の人が嫌がりそうでしょう」
「う~ん、でも、お宮様、二十代は、行き遅れ以前に、書けないと思いますよ」
「? なんでよ?」
「被写体と経験がないのと、悪い考えが付きそうなところとか」
「そうかしら?」
「そうよ」
花ちゃんが偉そうにそう言った。
「花さん、何ですか、その態度は、私が無能だと言いたいのですか!」
「別に、いいじゃないの、浮世離れしたお嬢様でも」
ふふんと鼻を鳴らす花ちゃんに、少しお宮様がかわいそうになった。
(今のところ、花ちゃんの意見ばかり採用されている。お宮様の奇抜さも必要だと思うけど……そう言いづらい状況だな……)
お宮様は、イライラした様子でいる。
(どうしよう)
困っていると、花ちゃんが、筆で絵を描きだした。
「楓は、かわいい女の子なの、黒髪が美しくて、桃色の着物が似合う、はかな気な女の子だと思うわ」
「ステキだね」
「着物は、赤っぽい方がいいと思う」
「楓だから? でも、色は付けられないし、設定上ではって事でいいのかしら?」
「そうよ、想像する格好も名にそろえた方がいいわ」
「それは、そうね」
花ちゃんは、また書き出す。
「どう?」
「うん、いいわ、紅葉模様の着物とは、ステキね」
「そうでしょう? 私も腕を上げたのよ」
花ちゃんがそう笑うと、場が盛り上がる。
(よかった~、場が和んだ)
さっきまで、ピリピリしていたのがウソみたいだった。
「それで、今のところ、楓が十代の村娘ってところまで決まったのね」
「そうだね」
「人情劇って言うけど、一体どんな物を考えていたの? お宮様?」
「あのね、病気のお父さんのために一生懸命奉公する女の子なんていいかな~と思っていたの」
お宮様は急にそう言った。
「今まで、そんな事一言も言っていないじゃない」
花ちゃんは、怒った。
「お金持ちとか、嫁姑とか言っていたくせに」
「花さんと青さんの意見を聞いて、それは、現実的じゃない事に気が付いたのですよ、ダメでしたか?」
「別に、いいわよ」
花ちゃんは、またムスッとした。
(どうしよう)
またまた困ってしまった。
「二人共、仲良くね」
「仲いいわよ」
「ええ」
二人は、顔を合わせてそう言う。
「えっ? 二人共、けんかしていたんじゃないの?」
「えっ? けんか?」
「あはは、青ちゃん、意見を言う時、熱くなるのは、けんかじゃなくて、信頼の現れなんだよ」
「だって、仲良くしてって言ったら、反省していたよね? それって、けんかしていたって事だよね」
「熱くなり過ぎたことを反省したのよ」
「えっ? それだけだったの?」
「そうよ」
花ちゃんとお宮様は笑っている。
(わからないな、この二人)
そう思い、首をかしげた。
「いっそ、恋物語なんてどうかしら?」
お宮様が、急にそう言った。
「恋物語?」
「恋物語!」
「やっぱり、大人と言えば、恋物語よ」
「まあ、確かに王道ね」
「でも、私たち、恋なんてしたことがないよね」
「ないね」
「ないわ」
「それなら、そんな危ない橋を渡る必要はないよ」
「そうかしら、私たちに経験がないのなら、人に聞けばいいのよ」
「そうね、確かにそれはいいわ」
「近くで、今度結婚する女の人がいるわ、その人に恋の話をしてもらいましょう」
「それなら、書けるね」
「不安だけど、書いてみるよ」
「よし、まず、調査へ行こう」
「おう」
張り切って出かけようとしたところ。
「青、もう、夕方だから、花ちゃんとお宮様には、帰ってもらいなさい」
「え~」
「いいから」
「はい、じゃあ、二人共さようなら」
「そうだね、今日は、無理だね」
「また来ますね」
そう言って二人と別れた。
☆ ● ☆
その日の夕食、イワシの焼き魚をほぐしながら、お父さんとお母さんと話をした。
「次の本は、何を書くか決まったの?」
「うん、恋物語だよ」
「青、ただですら青いのに、恋物語なんて書けるのか? 恋物語もどきで終わっちまうんじゃないか?」
お父さんは、魚の骨を避けてそう言う。
「私も書けるなって思えないんだよね」
「書きたいものじゃないんだな」
「まあ、多少は、お父さんだってそう言う時もあるよね」
「そうか、俺は、いいとは思わないぞ」
お父さんがそう言って、みそ汁をすする。
「好きじゃないものを書いたって、楽しくもないし、売れやしない、多少売れても、うれしくない」
「そうかな?」
あいまいに答えた。
「ああ、売れないと思うぞ」
お父さんは、いい切った。
「金持ちの嬢ちゃんに、書けと言われたのなら、断るか、自分の書きたい恋物語を見つけるかだな」
「自分の書きたい恋物語か?」
少し、考えさせられた。
お父さんが立ち去っていく。
「お母さん、お父さんが言っている事は、間違いないのかな? 本当に売れている本は、みんな書きたくて書いたものなのかな?」
「ええ、たぶん、合っていると思うわ、私も、書きたくない物が、多少売れてもうれしくないとおもうわ」
「そうだよね」
「書きたいものを書くか……難しい事だね」
実際、何が書きたいか、分からない。
☆ ● ☆
その夜、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
(私の書きたいものって何なんだろう?)
ゴロゴロと回転して、時間が経つのを待つ。
(う~、眠れない)
目をつむって、焦る気持ちを抑える。
(落ち着け、私……)
そのうちに、夜は明けて。
(う……うん、朝?)
いつの間にか眠っていた。
(あっ、寺子屋に行かなきゃ)
急いで、下駄をはいて、家を出た。
「青、まだ、朝早いわよ」
お母さんが、そう言って、朝ごはんを作っている。
「お母さんは、早起きなのに、私は、早く起きちゃだめなの?」
「それは、青は子供だからね、早起きすると、夜になる前に眠くなっちゃうでしょう」
「私は、もう十二才だよ」
「まだ、十二才よ」
お母さんは、そう言って笑い、釜に息を吹き込む。
「お母さん、釜がシューシュー言っているよ」
「まだ早い」
「えっ!」
「加減があるのよ」
そう言って、しばらく火にかけて、ふたを開けた。
「うわ~! 米が光っているみたい」
「麦飯だけどね」
「麦飯の線も色が違う見たいだよ」
「炊き立てだからね」
お母さんは、寺子屋に持って行くおにぎりを握りだした。
「梅おにぎりね」
「何で、梅なのかな? 他の物でも、おいしそうだけどな~」
「昔から、梅は、おにぎりを食べる元気をくれるって言われているの」
「酸っぱいから、進むものね」
「そうね」
そんな会話をして、朝食を食べる時間が来た。
「おいしい」
「青、ありがとう」
「うん」
「張り切っているな」
お父さんも起きてきた。
「青は、朝食づくりの手伝いをしてくれたのよ」
「えらいな、青」
「ふふっ」
つい笑顔になってしまう。
☆ ● ☆
そして、時間が過ぎて。
「青ちゃん」
花ちゃんの声がした。
「は~い」
下駄をはいて、出て行くと、花ちゃんは、いつも通りかんざしを挿して、桃色の着物を着ている。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶をして、花ちゃんが紙をだした。
「楓の髪形について、お宮様に聞こうと思って」
「うん、そうだよね、長くたって、結ぶ人もいるし、髪形は大事だよね」
「うん、結んでいたのが急に取れたりして、垂れると美しい、みたいなのもいいと思うのよね」
「いいね、ステキ」
花ちゃんらしい意見に楽しくなってしまった。
☆ ● ☆
そして、寺子屋に着くと、お宮様の席に集まる。
「お宮様、絵が出来上がりました」
「どれどれ」
お宮様は、目を凝らしてみる。
「うん、かわいい」
「よかった」
「それで、今度は取材に行けそう?」
「大丈夫だと思う」
「そう、じゃあ、明日行きましょう」
「わかりました」
そして、授業を受けて、昼ごはんにおにぎりを食べた。
(おいしい)
麦飯のありがたみを感じていると、お宮様のお弁当は、きれいなお膳だ。
「食べたい?」
「いいの?」
「もちろん」
高級な物は、とてもおいしい、でも、私は、お母さんのおにぎりの方が、何よりもおいしくて好きだと思った。
(なんでなのだろうか?)
不思議な気分だった。
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