二冊目何を書く?

 次の日、寺子屋へ行く時間になる。

「青ちゃん」

「花ちゃん」

「「寺子屋行こう」」

 二人同時にそう言った。

「よく考えたのだけども、人物の書き方って意外と難しいわね」

「もう、研究しているんだ」

「当然」

 花ちゃんは、やる気満々だ。

「お宮様も、今頃燃えているわ」

「そうだね」

 お宮様の事を考えると、寺子屋がゆううつだ。

(また、大変なことになるかな? ならないといいな……)

 お宮様の姿を思い浮かべて、困惑する。

(大丈夫だよね? うん、大丈夫だよね?)

 その予想は、どことなく当たり、寺子屋に行くと。

「青さん」

 お宮様がしっかり喰いついてきた。

「は、はい」

「私は、いい作品を思いついたのよ」

「そ、そうですか、でも、ここでは、話せないかな?」

「そうね」

 辺りを見て、お宮様が止まる。

「放課後、花さんと三人で話し合いましょう」

「は~い」

(もう、私の家には、いつも、集まっているような気がするのにな~)

 毎度の事なので、慣れてしまってきたような気がする。

 授業を受けて、私の家に集まる。

「二冊目を出すからにして、大切なことは?」

「読者の目線で大人っぽく」

 私がそう言った。

「あっと驚く展開」

 お宮様がそう言った。

「やってやるぞ」

「「おう」」

「では、また企画書からやるべきね」

「今度は、失敗しないようにしなくちゃね」

「そうだね」

 私は、苦笑いをした。

「では、最初に主人公の名前はどうする?」

「そうだな~女の人だよね」

「そうね」

「藍ちゃんとか、かわいいと思うけどどう?」

「そうね」

「夢とかはどう、夢娘物語みたいに、人気が出そうじゃない?」

「他の所の真似をするのね、それなら、葵や百合みたいな花の名前とかはどうかしら?」

「それなら、楓はどう?」

「楓か、かっこいい」

 花ちゃんもお宮様も目を輝かせている。

「秋の葉が染まる様子を表す名なんて、きれいね」

「うん」

(あれ? そんなに深く考えて言ってないのに、採用されそうだよ)

 小さなころ秋に楓の話をしてもらったのを思い出しただけなのだ。

(まあ、いいか)

 二人の様子を見ていると、楓で決まりの様だ。

「それじゃあ、どんな話にするかだね」

「うん」

 三人で、首をひねった。

「街の泥棒事件を解決するみたいなのは? 面白いと思うのだけど……」

「いいえ、嫁姑問題なんかを泥沼に書くべきだわ」

「ちょっとまって、書くのは、私なんだよ、嫁姑なんてわからないし、どうやって書けって言うんですか!」

「そうね、私たちには、知らぬ事よね」

 お宮様が慌ててそう言う。

「もっと現実的な案はないの?」

「青ちゃん、私の泥棒を捕まえるのは、書けるよ」

「確かに、泥棒を捕まえる話は、みんな、体験しなくても書いているから、想像でいいのかもしれない、でも、いまいち書く気がしないな~」

 筆を持ってそう言う。

「私は、人情劇にしようと言ったのよ」

「泥棒だって、人情だもん」

 花ちゃんとお宮様が言い合う。

「でも、私は、人情劇が書きたいのかな?」

(お父さんは言った。好きなものを書けばいいと、でも、私は、何が書きたいのかな?)

 心の中でもやもやしていた。

(怖い話の時は、勢いに任せて書いては見たけど、人情劇って? 一体どんなものを書けばいいのかな?)

 ぼ~と考えていたら。

「青さんは、どう思う?」

「えっ?」

「青ちゃん、泥棒の話いいよね? 面白そうだよね?」

「あのあの、もう少し考えよう」

「「?」」

 二人は一回止まり。

「私の意見じゃダメだって言うの?」

 花ちゃんは、怒ってそう言う。

「あなたも意見を言って見なさい」

「ええ~」

 困ってしまっていると、二人は、にらんでくる。

「まず、落ち着こうよ、こんな感じじゃいい案も出ないよ」

「……まあ、そうね」

「そうだよね」

 二人は、目の前に並んで座った。

「私達も仲良くやらなきゃだめだよ」

「そうね」

 二人共反省している。

(とはいえ、私は、何も考えていない)

「う~ん、それじゃあ、楓ちゃんをどうしたいか考えよ」

「そうね、せっかく名前があるんですものね」

「そうか~、それなら、村娘」

「お嬢様」

「お姫様」

「う~ん、どれもこれと言って思いつかない」

「青さんは、どれが一番考えやすい?」

「村娘かな?」

「そう、それなら、村娘で行くべきだわ」

「じゃあ、楓は、村娘ね」

 企画書に楓→村娘と書いた。

「次は、年ね」

「やはり、二十代のお姉さん」

「やっぱり、十代のお姉さん」

 また、花ちゃんとお宮様の意見が割れた。

「十代じゃ、読者の人が嫌がりそうでしょう」

「う~ん、でも、お宮様、二十代は、行き遅れ以前に、書けないと思いますよ」

「? なんでよ?」

「被写体と経験がないのと、悪い考えが付きそうなところとか」

「そうかしら?」

「そうよ」

 花ちゃんが偉そうにそう言った。

「花さん、何ですか、その態度は、私が無能だと言いたいのですか!」

「別に、いいじゃないの、浮世離れしたお嬢様でも」

 ふふんと鼻を鳴らす花ちゃんに、少しお宮様がかわいそうになった。

(今のところ、花ちゃんの意見ばかり採用されている。お宮様の奇抜さも必要だと思うけど……そう言いづらい状況だな……)

 お宮様は、イライラした様子でいる。

(どうしよう)

 困っていると、花ちゃんが、筆で絵を描きだした。

「楓は、かわいい女の子なの、黒髪が美しくて、桃色の着物が似合う、はかな気な女の子だと思うわ」

「ステキだね」

「着物は、赤っぽい方がいいと思う」

「楓だから? でも、色は付けられないし、設定上ではって事でいいのかしら?」

「そうよ、想像する格好も名にそろえた方がいいわ」

「それは、そうね」

 花ちゃんは、また書き出す。

「どう?」

「うん、いいわ、紅葉模様の着物とは、ステキね」

「そうでしょう? 私も腕を上げたのよ」

 花ちゃんがそう笑うと、場が盛り上がる。

(よかった~、場が和んだ)

 さっきまで、ピリピリしていたのがウソみたいだった。

「それで、今のところ、楓が十代の村娘ってところまで決まったのね」

「そうだね」

「人情劇って言うけど、一体どんな物を考えていたの? お宮様?」

「あのね、病気のお父さんのために一生懸命奉公する女の子なんていいかな~と思っていたの」

 お宮様は急にそう言った。

「今まで、そんな事一言も言っていないじゃない」

 花ちゃんは、怒った。

「お金持ちとか、嫁姑とか言っていたくせに」

「花さんと青さんの意見を聞いて、それは、現実的じゃない事に気が付いたのですよ、ダメでしたか?」

「別に、いいわよ」

 花ちゃんは、またムスッとした。

(どうしよう)

 またまた困ってしまった。

「二人共、仲良くね」

「仲いいわよ」

「ええ」

 二人は、顔を合わせてそう言う。

「えっ? 二人共、けんかしていたんじゃないの?」

「えっ? けんか?」

「あはは、青ちゃん、意見を言う時、熱くなるのは、けんかじゃなくて、信頼の現れなんだよ」

「だって、仲良くしてって言ったら、反省していたよね? それって、けんかしていたって事だよね」

「熱くなり過ぎたことを反省したのよ」

「えっ? それだけだったの?」

「そうよ」

 花ちゃんとお宮様は笑っている。

(わからないな、この二人)

 そう思い、首をかしげた。

「いっそ、恋物語なんてどうかしら?」

 お宮様が、急にそう言った。

「恋物語?」

「恋物語!」

「やっぱり、大人と言えば、恋物語よ」

「まあ、確かに王道ね」

「でも、私たち、恋なんてしたことがないよね」

「ないね」

「ないわ」

「それなら、そんな危ない橋を渡る必要はないよ」

「そうかしら、私たちに経験がないのなら、人に聞けばいいのよ」

「そうね、確かにそれはいいわ」

「近くで、今度結婚する女の人がいるわ、その人に恋の話をしてもらいましょう」

「それなら、書けるね」

「不安だけど、書いてみるよ」

「よし、まず、調査へ行こう」

「おう」

 張り切って出かけようとしたところ。

「青、もう、夕方だから、花ちゃんとお宮様には、帰ってもらいなさい」

「え~」

「いいから」

「はい、じゃあ、二人共さようなら」

「そうだね、今日は、無理だね」

「また来ますね」

 そう言って二人と別れた。


  ☆ ● ☆


 その日の夕食、イワシの焼き魚をほぐしながら、お父さんとお母さんと話をした。

「次の本は、何を書くか決まったの?」

「うん、恋物語だよ」

「青、ただですら青いのに、恋物語なんて書けるのか? 恋物語もどきで終わっちまうんじゃないか?」

 お父さんは、魚の骨を避けてそう言う。

「私も書けるなって思えないんだよね」

「書きたいものじゃないんだな」

「まあ、多少は、お父さんだってそう言う時もあるよね」

「そうか、俺は、いいとは思わないぞ」

 お父さんがそう言って、みそ汁をすする。

「好きじゃないものを書いたって、楽しくもないし、売れやしない、多少売れても、うれしくない」

「そうかな?」

 あいまいに答えた。

「ああ、売れないと思うぞ」

 お父さんは、いい切った。

「金持ちの嬢ちゃんに、書けと言われたのなら、断るか、自分の書きたい恋物語を見つけるかだな」

「自分の書きたい恋物語か?」

 少し、考えさせられた。

 お父さんが立ち去っていく。

「お母さん、お父さんが言っている事は、間違いないのかな? 本当に売れている本は、みんな書きたくて書いたものなのかな?」

「ええ、たぶん、合っていると思うわ、私も、書きたくない物が、多少売れてもうれしくないとおもうわ」

「そうだよね」

「書きたいものを書くか……難しい事だね」

 実際、何が書きたいか、分からない。


  ☆ ● ☆


 その夜、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

(私の書きたいものって何なんだろう?)

 ゴロゴロと回転して、時間が経つのを待つ。

(う~、眠れない)

 目をつむって、焦る気持ちを抑える。

(落ち着け、私……)

 そのうちに、夜は明けて。

(う……うん、朝?)

 いつの間にか眠っていた。

(あっ、寺子屋に行かなきゃ)

 急いで、下駄をはいて、家を出た。

「青、まだ、朝早いわよ」

 お母さんが、そう言って、朝ごはんを作っている。

「お母さんは、早起きなのに、私は、早く起きちゃだめなの?」

「それは、青は子供だからね、早起きすると、夜になる前に眠くなっちゃうでしょう」

「私は、もう十二才だよ」

「まだ、十二才よ」

 お母さんは、そう言って笑い、釜に息を吹き込む。

「お母さん、釜がシューシュー言っているよ」

「まだ早い」

「えっ!」

「加減があるのよ」

 そう言って、しばらく火にかけて、ふたを開けた。

「うわ~! 米が光っているみたい」

「麦飯だけどね」

「麦飯の線も色が違う見たいだよ」

「炊き立てだからね」

 お母さんは、寺子屋に持って行くおにぎりを握りだした。

「梅おにぎりね」

「何で、梅なのかな? 他の物でも、おいしそうだけどな~」

「昔から、梅は、おにぎりを食べる元気をくれるって言われているの」

「酸っぱいから、進むものね」

「そうね」

 そんな会話をして、朝食を食べる時間が来た。

「おいしい」

「青、ありがとう」

「うん」

「張り切っているな」

 お父さんも起きてきた。

「青は、朝食づくりの手伝いをしてくれたのよ」

「えらいな、青」

「ふふっ」

 つい笑顔になってしまう。


  ☆ ● ☆


 そして、時間が過ぎて。

「青ちゃん」

 花ちゃんの声がした。

「は~い」

 下駄をはいて、出て行くと、花ちゃんは、いつも通りかんざしを挿して、桃色の着物を着ている。

「おはよう」

「おはよう」

 挨拶をして、花ちゃんが紙をだした。

「楓の髪形について、お宮様に聞こうと思って」

「うん、そうだよね、長くたって、結ぶ人もいるし、髪形は大事だよね」

「うん、結んでいたのが急に取れたりして、垂れると美しい、みたいなのもいいと思うのよね」

「いいね、ステキ」

 花ちゃんらしい意見に楽しくなってしまった。


  ☆ ● ☆


 そして、寺子屋に着くと、お宮様の席に集まる。

「お宮様、絵が出来上がりました」

「どれどれ」

 お宮様は、目を凝らしてみる。

「うん、かわいい」

「よかった」

「それで、今度は取材に行けそう?」

「大丈夫だと思う」

「そう、じゃあ、明日行きましょう」

「わかりました」

 そして、授業を受けて、昼ごはんにおにぎりを食べた。

(おいしい)

 麦飯のありがたみを感じていると、お宮様のお弁当は、きれいなお膳だ。

「食べたい?」

「いいの?」

「もちろん」

 高級な物は、とてもおいしい、でも、私は、お母さんのおにぎりの方が、何よりもおいしくて好きだと思った。

(なんでなのだろうか?)

 不思議な気分だった。

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