②
次の日、寺子屋に向かう準備をする。
「青ちゃ~ん」
花ちゃんの声がする。
「は~い」
「おはよう、今日こそ、借りられるといいね」
「うん、そうだね」
苦笑いしてそう言った。
☆ ● ☆
寺子屋に着くと、すぐにお宮様がこちらに来た。
「今日こそ借りてもらえるといいわね」
「うん、そうだね」
「青ちゃん、何か隠していない?」
「かくしてないよ、いつも通りだよ」
「そうかな?」
「何か知っているの?」
「え~と、え~と、それは、自分で気が付かなければダメなんだって」
「何か見落としているって事?」
「たぶん」
私は、渋々頷いた。
「青ちゃんのお母さんがそう言ったのなら、何か足りないのかも」
「今日、貸本屋で見てみよう」
「うん、放課後は、青ちゃんの家ね」
「はい」
「うん」
☆ ● ☆
そして、放課後、私の家に集まっていた。
「何が足りないのかしら? 表紙もある、絵もあるし、何もかけている所はなさそうだけれど……」
本をめくって、お宮様がため息をつく。
「あのね、物が足りないんじゃないんだ」
私は、つい、そう言ってしまった。
「物じゃない、となると中身かしら?」
パラパラと読むが、変な感じはしない。
「何が足りないのかしら?」
「う~ん」
三人で、悩みだしてしまった。
「ああ、もう、分からないわよ」
花ちゃんとお宮様が、ピリピリしてそう言う。
「落ち着いて~」
その時、一人の人が入って来た。
「新刊は、入っているかな~!」
そう言って、私たちの本を手に取った。
「これは……」
そっと戻した。
「何、あれ! すごいと思ったの? それとも下手だと思ったの? はっきりしなさい!」
お宮様が怒った声を上げる。
「あの人に聞いてみようよ」
「あの~、さっき、『呪われた屋敷のおばけ騒動』を手に取っていましたよね?」
「ああ、あれは、だめだね。十兵衛と書いてあったから見たが、別な人が書いたものだ、絵も子供っぽいし、文もうまくない、あんな本に金なんか払えないよ」
「そうですか」
しゅんとして、戻って行った。
「どうだった? なんか言っていた?」
「絵が子供っぽくて、文もうまくないって」
「……そう」
「でも、そうだよね、私たち子供だから、子供の怖いを大人が見ても、何とも思わないんだろうな」
花ちゃんが落ち込んでそう言う。
「子供の怖いで終わってしまっていたって事ね」
お宮様が考え出した。
「つまり、大人に怖いと思ってもらえなければいけないのね」
「そもそも、貸本屋って、大人の来るところだしね」
「そうよ、お客様にあった本を書かなければ、だめなのよ」
「でも、私たち、まだまだ子供だよ」
「う~ん」
本を開いてみると、私は、絵も怖かったし、内容も怖いと思った。
(これでも子供っぽいんだ。大人ってすごいな)
「青ちゃん、どう思う?」
「わかんない」
「それなら、十兵衛さんに聞こうよ」
花ちゃんがそう言った。
「そうしよう」
帳簿付けをしている。私のお父さんに声をかけた。
「あのっ!」
「何だ? 駄賃が欲しいのか? やらないぞ!」
「違います」
「じゃあ、なんだって言うんだ!」
「私たちの本、何がダメなのでしょうか?」
「はっきり言う、いい所がない」
「えっ?」
(お父さん! もっと言い方があるでしょう!)
私は、お父さんをひっぱたいてやりたくなった。
「いい所などない、絵は安っぽいし、内容もありきたりだ。おまけに描写も下手ときている。いい所などないだろう」
「そんなにダメだったの?」
お宮様の顔が蒼白している。
「大丈夫?」
「放っておけ、みんなが一度は通る道なんだ」
お父さんは、そう言って、帳簿付けの続きを始めた。
「ごめんね、花ちゃん、お宮様」
「ううん」
花ちゃんは、遠慮がちにそう言う。
「私たちの本は、いいところがない、はっきり言われてよかったのかもしれないよ」
花ちゃんは、無理にそう言った。
「そうね、次は、大人が読む内容で書きましょう」
「そうよ、私も勉強する」
花ちゃんとお宮様は、目が燃えていた。
(本当だ。気が付いたら、がんばる気になった)
お母さんが助言をしなかったのは、このためだったのだろう。
「次こそ、すてきな作品で大儲けよ」
「ええ」
「私もがんばるよ」
私も気合が入った。
「みんな、気を落としていない? やめたくなったりしていない?」
お母さん声をかけてきた。
「いいえ」
「むしろ、燃え上がってます」
「大丈夫みたいだよ、お母さん」
「そう、あなた達は、向いているのかもしれないわね」
「? 作家にですか?」
「ええ、だって、やる気があれば何も怖くない物」
「確かに! やる気があるのが一番いいよね」
「そうだね」
三人で盛り上がった。
「青は、いい友達を持ったわね」
「うん、みんないい人だよ」
「それじゃあ、二冊目も期待しているから」
「に、二冊目!」
三人で顔を見合わせる。
「あら、一冊でやめるつもりだったの?」
「いいえ」
「それなら、二冊目を待ってもいいでしょう」
「はい、必ず書いて見せます」
「がんばってね」
お母さんは、そう言って、店に戻った。
「あのね、この『呪われた屋敷のおばけ騒動』は、とっておきましょう」
「そうね」
「私たちの失敗をここに残して、もっといいものを作るって事」
「そうだよ、失敗は成功の基だよ」
「そうだよね」
「「「負けないんだから~」」」
三人で、気合いを入れた。
「でも、漠然と直すところが分からないよね? どうする?」
「うん」
「せっかくだし、貸本屋に来る人に悪いところを言ってもらいましょう。みんな本をたくさん読んでいる。読書人だから、いい助言をくれるでしょう」
「それはいいね」
「やりましょう」
☆ ● ☆
店の前に立って、来る人来る人に。
「この本のダメなところを教えてください」
「どれどれ」
おじさんが本を開く。
「まず、絵は、私は、浮舟先生が好きだから、参考にしてみればいい、内容は、今まで読んだことのないワクワクがない。文は、なんだか読みづらいな」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「浮舟先生って、確か『あやかし恐怖物語』の人だよね?」
「うん」
急いで、『あやかし恐怖物語』を開く。
「こ、怖い」
「すごい絵、まるで訴えかけてくるようね」
その絵は、異彩を放っていた。
「こんなの書けないよ」
「そうだね、この絵師は、天才だ」
「怖いって、この位までしなければいけないの? こんなの無理だよ」
「でも、そう言う事なのだろうね」
「うう、一応がんばってみるよ」
「次も怖い話は、やめた方がいいと思うわ」
お宮様がそう言った。
「怖い話じゃないのを書くって事?」
「ええ、人情劇にしましょうよ」
「確かに、これほどの絵は、必要ない物ね」
「それなら、このままの絵でもいいの」
花ちゃんがほっとした。
「二冊目は、人が人とどうつながるか? みたいなものでいいんじゃないかしら」
「そうしよう」
「そもそも、怖い話は私たちに合っていなかったのかもしれないね」
花ちゃんも笑ってそう言う。
「みんな、日が陰って来たから、帰りなさい」
お母さんのそんな声が聞こえた。
「は~い」
二人は、カバンを持って帰って行く。
「さよなら」
「うん、またね」
「また来ます」
二人が行った後、お母さんと話をした。
「やっぱり、お母さんの言うとおりだったみたい」
「そうでしょう、自分たちが納得する心が大事だったのよ」
「みんな、やる気満々だし、二冊目も書くよ」
「でもね、二冊目だって、借りられないかもしれなのよ」
「そうだよね……売れないことも考えなければいけないんだ」
そのことは、考えていなかった。
「どのみち、0からの始まりじゃない、減ることは無いでしょう」
「そうだよ、減ることは無いんだ。増えることはあっても」
「そう、0だって、いい数字よ」
「そうだね、がんばるよ」
気合いを入れてそう言った。
「ところで、今日も、一緒に寝て欲しいの?」
「うん、だって、『あやかし恐怖物語』の挿絵が怖すぎて、寝れないんだよ」
「そう、確かにあれは、怖い本だものね」
お母さんが微笑む、
「さあ、お休み」
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