できそこないの貸本
①
次の日、お宮様と花ちゃんは、開店三時間前に遊びに来ていた。
「あの、その、本は、どうなりましたか?」
「ちゃんとあるよ」
「内容をもう一回見せて」
お宮様は、一生懸命紙をめくる。
「ちゃんと、普通の新着の本と同じように、新着棚に置くから安心して」
「うん」
二人は、売れると確信があるようだった。
(そんなに甘くないのに)
心の中でそう思った。
「みんな早いわね、それじゃあ、本の並べるのを手伝ってくれる」
「はい」
二人は、居ても立っても居られない様子だった。
「花ちゃんは、これを右の棚に置いてくれる?」
「はい」
「愛猫物語は、一巻から順番に並べてね、順番が違うと間違えて借りる人がいるから、気を付けて」
「はい」
「オススメの本の所に花道先生の新刊を並べて」
「はい」
みんなせっせと働いている。すべては、借りる人を見るために。
(そんなに甘くない)
心の中でそう思った。
「どうしたの、青? しかめ面して」
「ううん、何も」
あえて明るくいた。
(みんな、がっかりしないといいな)
心の中でそう思った。
「それじゃあ、もうすぐ開けるから」
「待ってました」
ガラッと戸を開けると、十人程が立っていた。
「お待たせしていました。開いていますよ」
中に入った人が、本をペラペラめくりながら見出した。
「私たちの本も見てくれる人がいるかな?」
「どうだろう」
ワクワクしている二人に対して冷めてしまう。私は、ダメなのだろうか?
一人の男の人が本を手に取った。
(売れるかな?)
すぐに戻して行った。
「まだまだよ」
「うん、今の人がたまたま合わなかっただけだよ」
二人は、口々にそう言う。
「愛猫物語、最新刊貸出ね」
「おう」
おじさんがそう言って、名前を書いて行く。
「またのお越しを」
「「またのお越しを」」
全員でそう言う。
「これから、借りる人がいるはず」
「うん」
二人は、まだ、始まったばかりなので、希望に満ち溢れていた。
(大丈夫かな? 売れないって事はないよね?)
不安になって行く。
そして、三時間後、お昼の時間が来た。
「ああ~、結局借りる人は0人だったか」
花ちゃんが珍しく大声を出す。
「手に取る人はいるんだけど、誰も借りてくれないね」
「ね~」
私は、ひかえめにそう言った。
「きっと、怖い話より、恋愛が読みたかったとかだよ」
「そうだね、きっとそうだよ」
(まさか、私たちの実力不足なんて言えない)
心の中で罪悪感が貯まって行く。
「まあまあ、みんな、最初の一人は、意外なところからくるものよ」
お母さんは、優しくそう言う。
「そうですよね」
「お腹すいていたでしょう、おにぎり食べて」
「ありがとうございます」
「中には、何が入っているのかしら?」
お宮様がびくついて取るので。
「梅干しとかじゃない」
「そ、そう、梅干しね」
お宮様が食べ始めたので、食べると。
「おいしいね」
花ちゃんがそう言った後。
「すっぱーい」
お宮様がシュンとしてそう言った。
「私の家の梅干しは、こんなに酸っぱくない」
(高い物って酸っぱくないんだ)
ふと、そう思った。
「もっと、甘いのよ」
「あら、それなら、よかったじゃない」
お母さんは笑顔でそう言う。
「酸っぱい物がいい? どこがいいのですか? 嫌な思いをしたのですよ」
「ええ、だって、庶民の味を知れたのですもの、いい事じゃないの」
「まあ、そうですね」
お宮様も納得した。
そして、また三時間、人が入れ替わ入ってくるが、借りられる気配はなかった。
「どうして借りてくれないのよ~?」
お宮様は、発狂しかけた。
「あんなにがんばったのに、なんでなのよ」
「貸本は、がんばりと出来は比例しない物なのよ」
お母さんは、優しくそう言う。
「三か月かけて書いたって、一冊も借りられなかったり、はたまた、一日で書いたものが大人気、分からない世界なのよ」
「そうなんですか」
「ええ、そうよ」
結局、その日は、一冊も借りられず、店を閉めた。
「ダメだったね」
「うん」
「明日には、売れるって」
「そうだといいね」
お宮様も、落ち込んでいる。
☆ ● ☆
その夜、お母さんと話をした。
「やっぱり、実力不足だね」
「そうでしょうね」
「お母さんは、何でみんなにそう言わないの?」
「自分で気が付かなければ意味がないのよ」
「そうなの?」
なんとなく言ってしまった方が早い気がしてしまう。
(でも、お母さんが言うんだから大丈夫だよね)
今まで、何年も貸本屋を経営してきたお母さんが言うのだから。
心配と不安はあるが、お母さんを信じることにした。
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